第五話 いろいろアドバイス
「最近、男子が桃の匂いをプンプンさせてるんですよ」
消灯時間までの自由時間、お菓子やジュースを買いにきた女性隊員さんがぼやき気味に言う。
「そうなんですか? それってもしかして?」
「そのもしかしてです。ピーチの匂いの汗拭きシートを使ってる男子が増えたってやつですよ。そのせいでピーチ商品がなくなるのも早いから、いつもチェックをしておかないといけなくなるんですよね。ほんと、困るんですよね~~」
もちろん、商品すべてが売れ切れ状態になることはめったにない。一つが品切れになっても、どれかしら残っている時がほとんどだ。だから余程のこだわりを持っていなければ、変えなくて困ることはないはず。だけど問題はそこじゃないのだろう。
「お若い世代ほど、女性向け商品だったとしても、買うことにも使うことにも抵抗ないですからね」
「まあ臭いよりはずっと良いんですけど、なんかムカつくんですよね」
そしてここで女性隊員さんが言う『男子』は先輩の男性隊員さん達ではなく、自分達より年下の、コーヒー牛乳さん達あたりの男性隊員さん達のこと。たしかに最近は、コーヒー牛乳さん達がお店前で水分補給をしながら、汗拭きシートを使ってキャッキャッしている時間が増えているような気がする。
「あ、そうだ。バイトさん、明日は
「そうなんですよ。自衛隊さんのイベントに行くの初めてなので、すごく楽しみです」
「日焼け対策はしていったほうが良いですよ。ほとんど野外なので」
天気予報でも明日は一日晴れると言っていた。バイトは屋内なのでそこまで気にしていなかったけど、最近の暑さのことを思うと、女性隊員さんが言うようにしっかり対策をしていった方が良さそう。
「あと、日傘より帽子推奨です」
「そうなんですか?」
明日のお天気だと日傘必須かなと思っていたので、そのアドバイスには驚いてしまった。
「人が多いので傘は移動中も邪魔になるんですよ。それに暗くなったら必要なくなるので荷物になりますし。帽子ならかぶっている限り荷物にはなりませんから」
「良いことを聞きました。明日は帽子をかぶっていきます。えっと野球帽みたいなのでも大丈夫かな」
「問題なしだと思います。あと、ここが意外と日焼けするので要注意ですよ」
そう言いながら首のうしろに手を当てた。
「そこですか」
「日焼け止めを塗るのもですけど、首にタオルかなにか引っ掛けると良いですよ。直射日光が当たらなくなるので、暑さもずっとマシになりますから。それと汗も吸ってくれますし」
「それもありがとうございます。タオルも持っていきますね」
頭の中の『持っていくリスト』にタオルを加える。
「あ、逆に荷物が増えちゃったらごめんなさい」
「いえいえ。あっちに行って持ってきたら良かったってなるより全然良いですから。教えてもらって助かりました」
「なら良かったです。
女性隊員さんはお菓子とジュースでいっぱいになったレジ袋を抱え、部屋に戻っていった。
「……山南さんも男子に含まれてるのか」
先輩の男性隊員は含まれていないと思っていたけど、どうやらそうでもなかったらしい。
「実際のところ、どこまで「男子」あつかいなんだろ」
まさか師団長さんや司令さんまで「男子」あつかいだったり? いやいや、まさか。まさか、だよね?
+++
そして次の日。まだ早い時間だというのにもう暑かった。窓を開けて空を見上げ、今日は絶対に日焼け対策しなきゃダメだと思った。
「このまま気温が上がり続けたら、今日は私がコーヒー牛乳さん状態になりそう」
駅に着いたらコンビニに寄って、スポーツドリンクか麦茶を2本ほど買っておこう。荷物が重くなってしまうけど、飲めば軽くなるし、自分の体調には代えられない。
待ち合わせの時間までにはまだ時間がたっぷりあるので、洗濯機を回してから掃除を簡単にすませる。そして最後に洗濯物を干した。
「これだけ日差しが強いと、夕立でも降らない限り、帰ってくる頃にはパリパリになってそう」
天気予報では、場所によっては夕立があるかもしれないと、お天気のお姉さんが言っている。さて、どうしたものか。ベランダにそのまま干しておくか、出る前に部屋干しにしておくか。実に悩ましい。窓際で悩んでいると、スマホの着信を知らせる音がした。
「?」
誰だろうと画面を見ると山南さんだった。
「あれ、もしかして急にお休みがなくなっちゃったのかな?」
自衛隊ではそういうことがあると聞いていたので、もしかして?と画面を切り替える。
『今日は暑くなるので帽子をかぶってきてください。帽子、ありますか? ないなら持っていきます。あと日焼け対策もしておいたほうが良いと思います』
「おお、当日だけどちゃんと気がついたんだ。さすが山南さん」
昨日は『男子』あつかいされていたけど、やっぱり山南さんは山南さんだった。まあ直前すぎて危なかったけど。それでも帽子がなかったら持っていくとまで言ってくれている。さすが気遣いのできるカピバラさんだ。
「えっと、帽子あります。それから、日焼け止めもしっかり塗りました。飲み物は駅のコンビニで買う予定です、と」
返事を送ると、すぐに『了解しました』と返ってきた。
そうこうしているうちに出る時間になったので、もう一度、リュックの中を確認する。
「これで準備よし! タオルもカバンに入れたし、あと何かあったっけ?」
なにか忘れているような気はするけど、大抵のものは途中で買えるから問題ないと思っておこう。時間になったのでアパートを出た。うん、暑い。これはコーヒー牛乳さんが泣き言を言ってもしかたがない暑さだ。飲み物は駅前のコンビニで買うつもりだったけど、そこまでガマンできそうにない。途中の自販機でミネラルウォーターを買ってしまった。
そして駅前に着くと、案の定、山南さんがもう待っていた。肩にはツーリングの時に持っているボディバックをかけている。私を見つけてニッコリとほほ笑んだむ。
「おはようございます、
「もうお昼ですけど、おはようございまっす!」
「まあ業界用語的なあいさつってことで。移動前に飲み物を買っていくんですよね?」
「ここに来るまでに一本飲み干しちゃいました」
ここに到着する前に空っぽになったペットボトルを見せた。
「喉が渇く前に飲んだほうが良いので、それは問題なしです」
「今日の暑さ、なめてましたよ」
そう言いながら二人でコンビニに向かう。
「なにを買ったら良いかな。私は塩飴は買わない人なんですが、山南さん的におすすめの飲み物はなんですか?」
「そうですねえ……」
山南さんが冷蔵庫の前で首をかしげながら考え込む。そして冷蔵庫のドアを開けて手に取ったのは、コンビニのプライベートブランドの麦茶だった。
「俺個人としてはこれですね。コンビニのプライベートブランドなので安いですし、量も多い。重たいのが難点ですが」
「そう言えば前に、スポーツドリンクは味があまり好みじゃないって言ってましたよね」
「甘すぎると逆に喉が渇くので」
「なるほど」
「だけど御厨さんは、小さいサイズのほうで良いと思います。飲み切れるとは思いますが、持ち歩くには重たいので。なくなったらその時に補充しましょう」
そう言いながら、最初に手にしたボトルより一回り小さい標準サイズを差し出す。
「スポーツドリンクでも良いんですが、麦茶なら常温になってもまずくないですし」
「ああ、それはそうですね。そこまで考えてなかったです」
冷たい間に飲み切ることばかり考えていたので、その指摘は目からウロコだった。
「で、お昼ご飯どうします?」
お会計をすませてお店を出てからたずねた。電車に乗ってしまうと、途中で駅から出るのはそれなりに面倒だ。乗る前に食べるか、降りてから食べるか、どっちが良いだろう。
「そうですねえ。こっちで食べていったほうが良いと思います。あっちはそれなりに混むでしょうから。御厨さんは何か食べていものはありますか?」
そう質問されて考える。頭に真っ先に浮かんだのは、うちのお店でも並び始めた冷やし中華だった。
「これだけ暑いと、やっぱりあれですかね、冷やし中華始めました的な」
「いいですね。ここの近くでよく行くラーメン屋があるんですが、冷やし中華の貼り紙がしてあったって上官が言ってました。うまいって評判も良い店なんで、そこに行きましょうか」
「おお、それは楽しみです。あ、でも山南さんは良いんですか、それで。もっと肉肉したものを食べたいなら、そっちでもかまいませんよ?」
陸上自衛官さんだし、もっとお腹にたまるものが良いだろうか? 冷やし中華では満足できないのでは?と、リクエストしてから心配になった。
「いやいや、今日は訓練に参加してないので、そこまで肉を食いたいとは思ってないですよ」
「本当に? 別にかまいませんよ? もっと肉肉してても」
「そういう御厨さんこそ、ラーメン屋の冷やし中華で良いんですか? もっとおしゃれなお店に行きたいのでは?」
「いえ、冷やし中華を希望します! もう頭の中は冷やし中華なので!」
それを聞いた山南さんが笑い出す。
「まあラーメン屋なので、単品でギョウザや唐揚げとかいろいろあります。御厨さんが肉不足で心配なら、そっちを追加で頼みましょうか」
「賛成でーす!」
そんなわけで私達は山南さんお勧めというか、駐屯地の皆さんお勧めのラーメン屋さんに行くことになった。ちなみに食べたのは、私は冷やし中華とささ身といんげんの胡麻あえ、山南さんは冷やし中華と餃子。なかなかおいしかったし、お隣の席の人が食べていたラーメンもとてもおいしそうだったので、次はラーメンを食べに来ようという話になった。
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