第十話 そろそろ皆さん夏休み

「なんだよ~~尾形おがたにはおみやあって、俺にはないのか?」

原田はらださんからは宿代って言われたからな」

「ひがむなひがむな」


 夕方、訓練を終えたらしい山南やまなみさんと斎藤さいとうさんと尾形さんが、隊員さん達をひきつれてやってきた。買うのはいつものスポーツドリンクと麦茶だ。


「いらっしゃいませ。今日もお疲れ様でした」

「ちょっと、聞いてよ御厨みくりやさん。山南と尾形ってばひどいんだよ。習志野ならしのでもらった手土産てみやげ、俺の分はないんだってさ」

「あー、あのビフカツサンド」


 それとは別にレタスとキュウリとブロッコリーのサラダが入っていた。サラダと一緒に入っていたドレッシングがとてもおいしかった。あのドレッシングがどこで売られているのか、是非とも知りたい。


「え、御厨さんももらったんだ?」

「はい。おいしかったです」


 私がうなづくと、斎藤さんはレジ前のカウンターに突っ伏す。


「なあ、あんまりじゃないか? なんで俺だけ食べられないんだよ」

「もうすぐ夕飯だ。空腹ならあとちょっとのしんぼうだろ」

「斎藤、ここは邪魔だから、移動しろ」


 そう言いながら、山南さんが斎藤さんを冷蔵庫へと引きずっていった。


「だからそういう意味じゃないんだって。まったく友達がいがないよな、お前達」

「原田さんからは尾形の嫁さんにと言われたんだ。尾形に渡したわけじゃない」

「だが、尾形も食べたんだろ?」

「朝飯でな。うまかったし嫁も喜んでた」

「朝からビフカツサンドって、お前達の胃袋はどうなってるんだよ~~」

「我が家は朝からカレーでも問題ない家だからな」


 そんな三人の会話を聞きながら、他の隊員さんのお会計をすませていく。そして今日はやけに静かなのに気がついた。


―― あれ? 加納さん達はどうしたんだろ ――


 そう言えば、いつもなら泣き言を言いながらお店に入ってくるコーヒー牛乳さん、そしてそれをなだめる青柳あおやぎさん、馬越まごしさんの姿が見えない。昨日はあんなに元気にパラシュート体験していたのに。まさかやりすぎて、熱中症にでもなったんだろうか。


「山南さん、加納かのうさん達の姿が見えないんですけど」


 麦茶を手にレジにきた山南さんに質問をした。


「ああ、加納達は今日から夏季休暇なんです。これから順番に休みを取っていくんですよ」

「お前らの休みの時は台風でも来て営内待機になってしまえ」


 横で斎藤さんが低い声で呪いの言葉をささやく。


「縁起でもないこと言うな。最近の台風はでかくなってシャレにならないんだから」

「食い物の恨みは怖いんだからな」

「お前は子供か」

「食い物の恨みに大人も子供もない!」

「あのー……今日の夕飯に持ってきてるんで、一切れ食べますか?」


 山南さんと尾形さんのお休みが潰れてしまっては大変なので、ちょっと考えてから提案してみた。とたんに斎藤さんの目が、少女漫画の登場人物なみに輝く。


「御厨さん、餌付けしたらダメです」

「でも、山南さんと尾形さんの休みが潰れたら気の毒ですし。それにけっこうな量が入ってて、まだ食べきれてないんですよ」

「しばし待たれよ!」


 斎藤さんはパンが並んでいる場所へと走っていくと、ツナとタマゴサンドを手に戻ってきた。


「スポーツドリンクとサンドイッチでお会計を頼みます。で、これとビフカツサンドをトレードしませんか? 物々交換ということで! これなら問題あるまい?」

「斎藤、お前なあ」

「先にお会計をすませますね。お支払いの後、こっちでちょっと待っててください」


 お支払いのすべて行列が終わってから、三人に見張りに立ってもらってバックヤードからランチバッグを持ってきた。


「保冷剤を入れてるんで、ちょっと冷たいかもしれないんですけど、大丈夫ですか?」

「食堂にあるレンジでチンします」

「なら大丈夫ですね」


 一つずつラップに包んできて良かった。一切れ分を出すと、斎藤さんが買ったサンドイッチと交換する。


「ありがとうございます。それに比べてお前達ときたら」

「お前が図々しすぎるんだよ。御厨さん、本当に申し訳ない」


 尾形さんが苦笑いしながら私に頭をさげた。


「いえいえ、お気になさらず。これで二人とも夏休みは安泰ですね」

「だと良いんですが」


 ビフカツサンドを手に入れてご機嫌の斎藤さんは、尾形さんと他の隊員さんを引きつれて行ってしまった。


「本当にすみません、御厨さん」


 そんな彼らを見送りながら山南さんがため息をつく。


「いえいえ、本当にお気になさらず。一切れが大きいし量も多くて、食べきる前に痛んだらどうしようと思っていたので。消費するのを助けてもらえて、逆に斎藤さんには感謝してますから」


 そう言ってから、ああそうだとポンと手をたたいた。


「ところで山南さんが持って帰ったほう、サラダも入ってました?」

「入ってました。圧倒的にビフカツサンドのほうが多かったですが。それがなにか?」


 山南さんが首をかしげる。


「サラダにドレッシングが入ってたでしょ? すごくおいしかったので、どこで買ったのかなって知りたくて。山南さんなら何か知ってるかなって」

「あー、あれはたにさんの手作りだと思いますよ」

「そうなんですか? ざんねーん」


 これでお取り寄せできる可能性もなくなってしまった。無念だ。


「そんなに気に入ったんですか?」

「そうなんです」

「なるほど。じゃあ次に原田はらださんと話した時にでも、ドレッシングのレシピのことを聞いておきます。尾形の嫁さんも似たようなこと言っていたので」

「気長に待ってますから、覚えていたらで良いのでお願いします!」

「ただし、それが門外不出もんがいふしゅつの機密あつかいだったらすみません。ビフカツサンドのレシピもそれらしいので」

「もちろんです」


 私がうなづくと、「では」と言って山南さんは行ってしまった。


「……」

 

 静かになったお店の中で妙な気分になる。なにか物足りない。なにかやり忘れてる気分。商品棚の整理整頓も、少なくなった商品の補充もやり終えた。他になにかすること残ってたっけ?


「あ。これ絶対、コーヒー牛乳さん達のいつものアレを聞いてないせいだよね」


 泣き言を含めたあの三人のやり取りも、すっかり生活の一部になってしまっていたとは。恐るべしコーヒー牛乳さん!


「けど夏休みが終わった直後の加納さんの泣き言、なんとなく想像つくかな」


 もう家に帰りたいとか早くお正月休みになってほしいとか、きっとそんな感じだろう。なんとなくそれを聞くのが楽しみになってきた。そんなことを考えながらニマニマしていると、師団長さんと司令さんが仲良くお店に入ってきた。カバンを手にしているということは、今日はもう帰宅するということだ。


「いらっしゃいませ。今日はもうお仕事は終わりなんですか?」

「そうなんだよ。今日はめずらしく残業なしの日なんだ。しかも師団長、明日から夏休みなんだよ」


 司令の永倉ながくらさんが心なしか腹立たし気に言った。


「休みと言っても、子供達もそれぞれ独立してるし、家でのんびりするぐらいなんだがね」

「そうなんですか。しっかり休んでくださいね」

「ありがとう、そうするつもりだ」


 そう返事をする師団長さんの背中を司令さんが押していく。


「さあ、師団長、けしからんから俺にアイスをおごってくださいよ」

「お前だって来週から夏季休暇だろうが」

「それとこれとは別ですから」


 そう言いながら、二人はアイスやシャーベットが入っている冷凍ボックスへと向かった。


「ところで永倉、いい機会だから言っておく。俺はチョコミントは嫌いなんだ。俺に差し入れをするなら、次からこっちのバニラとソーダ味を頼む」

「チョコミント、おいしいじゃないですか」

「チョコレートの部分がおいしいのは認める。だがミントはダメだ」


 断言しているのを聞いて思わずクスッと笑ってしまった。


「好き嫌いはダメでしょ」

「やかましい。文句を言うならおごらないからな」


 楽しそうにあれこれ言いながら、アイスを選んで持ってきた。買うのは師団長さんがお気に入りの、バニラアイスとソーダ味シャーベットが入っている商品だ。


「そこで食べていくから、スプーンもお願いします」

「長椅子で食べるんですか?」


 少し大きめのスプーンを渡しながら質問をする。


「そうなんだよ。本当はオフィスでゆっくり食べたかったんだけどね。残業がない時ぐらい早く出てってくれてって、副官に追い出されちゃったんだ。ひどい話だろ? 俺、師団長で駐屯地では一番偉いのに」


 師団長さんがぼやいた。


「部屋でいつまでもグズグズしていると、電話がかかってきて仕事が増えるからでしょ。たまには副官孝行もしてやってください」

「と、うちの副師団長が言うのでね。そこでアイスを食べて、師団長の尊厳が失われる危険をおかすわけだ」


 お支払いを終えると、二人はお店前の長椅子に落ち着いてアイスを食べ始める。


「ま、ここで体の中を冷やしていくのは賢いやり方かもな」

「なに言ってるんですか。師団長はここから涼しい車で送迎でしょうが」

「そういうお前だって送迎されるだろうが」


 しばらくするときちんとした制服を着た人がやってきた。どうやら車の運転を任されている隊員さんのようだ。車の準備ができましたと報告して敬礼をする。


「御苦労。すぐに行く」


 その人達が小走りで行ってしまうと、師団長さんと司令さんはそれぞれお店に戻ってきて、凍ったお茶のペットボトルをそれぞれ一本ずつ買った。どうやら運転をする隊員さんへの差し入れらしい。


「じゃあ御厨さん、また休み明けに」

「お疲れさまでした。夏休み、ゆっくりしてくださいね」

「はー、やれやれ。僕はまだ明日も仕事ですよ」

「夏休みまであとちょっと。がんばりましょう!」


 二人は空になったアイスのカップをゴミ箱に捨てると、そろって正面玄関へと歩いていった。


 そろそろ皆さん、夏休みのようです。

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