第三話 しごおわ後の楽しみ
その日の夕方。いつものように店前で水分補給をしていたコーヒー牛乳さん達が、飛び上がるように立ち上がって
「こっちのことは気にしないで、ちゃんと水分補給を続けろ」
そう言いながらお店に入ってきたのは師団長の
「いらっしゃいませー」
「うん、
こちらへの返事も超適当な口調だった。そして師団長さんはこっちに顔を向けることなく、まっすぐアイスが入っている冷蔵ケースへと向かう。師団長さんが垂れ流す不穏な空気に、山南さん達も首をかしげながら店内をのぞき込んでいる。私と目が合うと、なにやらクチパクをしながら師団長さんを指さした。
―― 師団長はなにをしてるんですか? ――
―― アイスを物色中です ――
クチパクに加え、身振り手振りで説明をする。それで通じたみたいで、
「まったく」
なにやらブツブツ言っているのが聞こえてきた。ますます不穏な空気になってお店の前は静まり返っている。私も物音を立てないようにレジ横でジッと立ったまま、動くに動けない。
―― め、めちゃくちゃ緊張するんですが!! ――
「ああ、これだよこれ。こっちなんだよ~~俺が食べたいのは。まったく
司令さんの名前まで出た。全員が
「スプーンもレジ袋もいりません」
「はい、ありがとうございます。今日は暑いですから、飲み物もアイスもたくさん売れますね。そう言えばチョコミントはどうでした?」
「あー、それねえ」
師団長さんがものすごくイヤそうな顔をした。
「あ、他の隊員さんがいるところで質問したらいけませんでした?」
山南さんが何度もお遣いを頼まれていたから特に気にしていなかったけど、まずかっただろうか?
「いやいや、それはもう今更だしかまわないんだ。そうじゃなくて、永倉は副師団長も兼任していて俺の片腕なわけなんだよ」
「ああ、はい。そう聞いてます」
それとチョコミントアイスと何の関係が?と首をかしげる。
「片腕なんだからさ、師団長である俺がチョコミントが好きじゃないことぐらい、覚えとけって話なわけだよ」
「お好きじゃなかったんですか? 私はてっきりお好きなんだと思ってました」
師団長さんはとんでもないと手を振った。
「アイスを買っておいたからどうぞと言われてさ。仕事が終わってワクワクしながら冷凍庫を開けたんだよ。そしたらあれだろ? もうガッカリだよ。そりゃ、チョコミントが食べられないわけじゃないんだけどね」
師団長さんは大きくため息をつくと、カードを読み取り機にタッチした。
「しかも謎な汗拭きシートも置いていくし」
「あ、それ使ってみました?」
「いや、まだ使ってない。見るからに怪しいじゃないか。もしかしたらトラップかもしれないと思って、そのまま放置で触ってない」
「トラップって」
「机に置いたままだよ。あれ、絶対トラップだろ?」
「さあ、そこは私に聞かれても」
司令さんの悪い顔を思い出す。しかもイヒヒと笑いながら買っていたし。もしかしたら、本当にトラップが仕掛けられているのかもしれない。
「しかもピンクでピーチって書いてあるんだ。どう考えてもトラップだろ? ピーチだよ?」
「さあ、どうなんでしょー」
「今からあいつを呼び出してちょっと問いつめるつもりだ」
思わず小さく「ひぃぃぃぃ」と声が出てしまった。多分それは今の言葉を聞いていた山南さん達も一緒だったと思う。
「それに、師団長の俺をガッカリさせたことに関して穴埋めをしてもらわないと」
物騒なことが起きそうな予感しかしない言葉をつぶやきながら、師団長さんは行ってしまった。そしてしばらくその場は、凍りついたように静まり返っていた。それから2分ほどして、やっと全員が大きく息をはいた。
「びっくりしたよぉぉぉぉぉ」
「
山南さん達が師団長さんが行ってしまった廊下の先をのぞいている。
「さすがに驚いた」
「司令、なにしたんだよ」
「チョコミントのアイスを買ったそうです。あまりお好きじゃなかったみたいで」
私が教えてあげると、三人は「なるほど」という顔をした。
「たしかに師団長はチョコミントのアイスは好きじゃないですね。ラムネ味とかソーダ味が好きなんですよ」
「それでさっきのアイスなんだな。さすがお遣いカピバラ。よくご存じで」
「一言よけいだぞ、
「ピーチがトラップとか言ってたのはどういう?」
さらに
「それも司令さんです。ピーチの香りがする汗拭きシートを師団長さんにって、チョコミントアイスと一緒に買っていかれたんですよ」
さすがに悪い顔をしていたとは言えなかった。三人は商品が置かれている場所に向かった。そして棚を見てうなづいている。
「なんだか師団長の部屋で楽しいことになりそうだ。山南、お前のぞいてこいよ」
「なんで俺が。見たいなら自分で行けよ。俺は行かないからな」
「これってそんなにすごいのか? 師団長がトラップを警戒するぐらい」
山南さんと斎藤さんが小突きあっている前で、尾形さんが首をかしげながら商品を手にとった。
「使ったことないんですか?」
「メントス系はまだ一度も。こっちのデオドラント系の野郎用ってのは買ってるんだけどさ」
それを聞いた斎藤さんがニヤッとなった。その顔はさっきの司令さんそっくりだ。
「じゃあ使ってみろよ」
「え、やだよ。だってトラップなんだろ?」
「山南、せっかくだし売り上げ貢献で」
斎藤さんが尾形さんが持っていた汗拭きシートを取り上げ、山南さんに渡した。
「なんで俺が買わなきゃいけないんだよ」
「あとで返すから。尾形が」
「なんで俺!」
「まったく。これ一つ。レジ袋不要です」
「いつもありがとうございます~」
お会計をしている山南さんの後ろを、尾形さんが引きずられるようにして出ていく。
「あの、一体なにが始まるんですか?」
「斎藤の息抜きみたいなやつですかね」
「斎藤さんの息抜き」
お支払いをすませると、山南さんはため息をつきつつ二人の後を追った。斎藤さんは尾形さんを長椅子に座らせると、なぜか後ろから
「じゃあ使ってみようか、尾形。新しい世界が開けるぞ」
「なんだよそれ。おい、なんで俺を
「その命令は却下な」
尾形さんの命令を斎藤さんが無慈悲に打ち消した。
「いけ、山南」
「すまんな、尾形」
「まったくすまなく思ってないよな、お前」
「まあな」
「冷静に認めるな」
汗拭きシートの封を切ると、一枚出して広げる。そしてそれを尾形さんの顔に押しつけて、ゴシゴシとこすり始めた。
「うわー……」
顔へのご利用はお控えくださいと書いてあるのに、思いっきり顔をゴシゴシやってる。大判だし山南さんの手も大きいから、シートはほぼ尾形さんの顔を覆っている形だ。あれじゃあ、息を止めてスース―感を和らげるのは無理かも。
「お、おまっ、ちょっ、やめろって!」
ジタバタしている尾形さんを無視して顔をこすり続ける山南さん。ここからは背中しか見えないけれど、山南さんのことだから、すごく真面目な顔をしてゴシゴシしているに違いない。それを斎藤さんはニヤニヤしながら見ている。少し離れた場所に固まっているコーヒー牛乳さん達は、上官三人の様子にドン引き状態だ。
「いいかげんにしろって!!」
尾形さんがとうとう大暴れをして斎藤さんの腕を振り払った。そして山南さんの手をはらいのける。
「まったくなんて商品だよ、これ。師団長が警戒するのも納得だな。司令はわかってて買ったのか?」
「そりゃそうだろ。まあ司令のことだから、師団長の顔に貼りつけるぐらいはしそうだけどな」
尾形さんは手で顔をパタパタとあおいだ。そして足元に落ちているシートの袋を拾い上げて裏を見る。
「おい、これ顔はやめとけって書いてあるじゃないか」
「俺はいつもこれで顔を拭いているが特に問題はないぞ? 山南は?」
「俺も問題なし」
二人の返答にあきれ果てた顔をした。
「お前達、これ使って平気なのか。信じられんな、どんな分厚い皮膚をしてるんだ」
「まあそれなりに鍛えられているかな」
「そういう問題か?」
尾形さんはため息をつきながら、袋を山南さんに押しつける。
「気に入らなかったのか?」
「俺は今までのでいい。お前達は使ってるんだろ? だったら残りはお前達で使えよ」
「桃の匂いを俺達が使うのか」
「使いたくないなら最初からそれを選ぶなよ。同じ商品のシリーズに無臭のもあっただろ」
ブツブツ言いながら立ち上がる。
「スース―しすぎで顔が寒いぞ」
「暑い外に出たらちょうど良くなるんじゃね?」
「
息抜きをして満足したのか、斎藤さんはご機嫌な様子でコーヒー牛乳さん達を引きつれて食堂へと行ってしまった。
「お騒がせしました、
「お騒がせしましたとか。今のお前がそれを言っても、まったく説得力がないんだけどな」
その後を山南さんと尾形さんが続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます