第二十話 コーヒーブレイク
「あー、やっぱり缶コーヒーより、こっちのほうが断然うまいねえ」
「今まで、よく缶コーヒーで満足してたよな、俺達」
「こっちの味を知ったら、もう缶コーヒーには戻れないな」
隊員さん達が晩ご飯を食べに食堂に行くはずの時間、
「良かったです、満足してもらえて」
「ありがとねー、
「いえいえ。一円でも今日の売り上げになってくれれば。ねえ、
慶子さんが、バックヤードからひょっこりと顔を出した。
「いつもご利用ありがとうございます。ここではどうかしらと思っていたんだけど、おもいのほか利用者が多くて嬉しい誤算ね」
「コンビニ様様ですよ」
「山南はここのおかげで、カノジョまでできたしな」
「いちいち一言多いんだよ、お前は」
山南さんが
「意外な伏兵の出現に、少なからずショックを受けている女性隊員も、いたかもしれないな」
「私、伏兵だったんですか? もしかして山南さん、狙われていたとか?」
思わず質問をしてしまった。山南さんが少しだけギョッとした顔をしたけど、斎藤さんと
「どうだろうねえ。ここにも少ないなりにお年頃の女性はそれなりにいるから、狙っていた子はいたかもしれないね」
「こいつ、カピバラモードの時は、それなりに紳士に見えるからね。当社比ってヤツだけど」
斎藤さんと尾形さんの言葉に、山南さんはブンブンと首を横にふる。
「俺はそういう存在からのアプローチは、一度も受けたことないですから!」
「でも、
最初の頃、若い隊員さん達が言っていたことを指摘した。
「それは根拠のない噂話です!」
山南さんの後ろで、斎藤さんと尾形さんがニヤニヤしている。あのニヤニヤはどういう意味なんだろう?
「安心していいよ、御厨さん。少なくとも入隊してからの山南は、ほぼカピバラモードだったから」
「そうそう。こいつの意味不明の武勇伝も、その当社比のカピバラモードのせいで、勝手に周りが盛り上がった話だから」
「あー……なんとなく理解できました」
つまり、山南さんが気づかないうちに玉砕してしまった女性達が、それなりの人数いたということなんだろう。
「山南さんがカピバラさんのままで良かったです」
「まあなんていうか、御厨さんと山南の組み合わせもカピバラっぽいからね。お似合いで良かった」
「それ、ほめてます?」
なんとなく引っかかりを感じて斎藤さんの顔を見る。
「ん? うん、ほめてるつもり。なあ、尾形」
「もちろんほめてる。本当にお似合いだと思うよ。ただまあ、お互いにカピバラすぎて、すでに熟年夫婦の雰囲気になっている気はするけど」
「あの、それ、本当にほめてます?」
「うん、そのつもり」
二人は邪気のない顔をしてみせた。
「ま、不釣り合いって言われるより良いですけどね……あ、そうだ」
慶子さんと
「実は仰木さんご夫妻から、山南さんに
習志野駐屯地の夏祭りという言葉が出たとたん、三人がなんとも言えない変な顔をした。そして三人がそろって、お店の奥に立っていた慶子さんに目を向ける。三人の視線に気がついた慶子さんは、ニッコリとほほ笑んで首をかしげてみせた。
「なに? だって、近場であるイベントって言えば、もうあそこの夏祭りぐらいでしょ? 御厨さん、陸自のイベントに行ったことないみたいだから、ぜひにと思ったんだけど」
「その日はバイトも休みにしてもらえるそうなんです。山南さん、どうでしょう。あ、尾形さんと斎藤さんもどうですか? りかさんとえみさんも誘って」
山南さん達三人は同じ部隊だから、同時に休むことは難しいかもしれないと思いつつ提案する。
「終業後に集まることは可能でも、昼間に三人そろって休みをとるのは、ちょっと難しいかもしれないね」
「だよなあ。でも、あれを見た御厨さんの反応は見てみたいよなあ」
「だよな」
尾形さんと斎藤さんの口ぶりは残念そうだけど、なぜか顔がニヤニヤ状態だ。しかも「あれを見た」私の反応?
「あの、「あれ」とは? 山南さん?」
山南さんの顔を見る。
「あー……」
「あやさん、それは見てからのお楽しみってやつよ。ねえ、山南君? そのほうが絶対に楽しい思うのよ?」
慶子さんがニコニコしながら言った。
「まあ、そういうことですね」
「え、ちょっと! すごく気になるんですが!」
「じゃあ、頑張って休みをもらえるように頼んでおきますから、今年の夏祭りに行きましょう。できたらネットとで調べないでもらえると助かります。やっぱりあれは、知らないで見たほうが楽しいと思うので」
山南さんがクギをさしてくる。帰ったら調べようと思ったのに!
「今からゴマをすりまくって頼みこめば、三人そろって休暇とれるか?」
「袖の下をたんまり用意すれば。あ、御厨さん、袖の下といっても金銭じゃないからね? その点は誤解しないように」
尾形さんと斎藤さんは山南さんの横で、コソコソと相談を始めた。二人がコソコソしていると、遠くからいつもの泣き声が聞こえてきた。
「なんで代休がないのぉぉぉぉ? 運動会の後って代休があるのがデフォじゃないかぁぁぁ、なんで俺達にはそれがないのぉぉぉ? つらすぎるぅぅぅ!!」
やっぱりお休みがないことでメソメソしている。甥っ子さんにはたのもしいオニイチャンかもしれないけれど、やっぱりコーヒー牛乳さんはこうでないと!
「おーおー、
斎藤さんが笑った。ちょっと前までは、この三人に声をかけられたら直立不動になったものだけど、最近はそのままメソメソしていてることが多い。慣れるのも善し悪しだなとは、尾形さんの言葉だ。
「医務室にはいーきーまーせーんー!
「おいおい。御厨さんは山南のカノジョなんだぞ? 少しは遠慮しろよ」
「いーやーでーすぅぅぅ!! バイトさぁぁぁぁん!!」
コーヒー牛乳さんが泣き声をあげた。それを見ていた三人はやれやれとため息をつく。が、いきなりその三人が立ち上がり、姿勢を正して敬礼をした。
「いやいや、そのままそのまま」
「もう勤務時間は終わっているんだ、楽にしていろ」
やってきたのは、基地司令の
「なんだ、加納陸士。今日はなんでメソメソしてるんだ? 代休がないのがつらいと言っていたように聞こえたが?」
「え、あの、その……」
師団長さんの質問に、コーヒー牛乳さんはしどろもどろの状態になる。
「まあ確かに、通常の隊員とは違って訓練課程途中のお前達にとっては、式典の後も訓練が続くからつらいだろうな。それは理解できる。だが、それはここのバイトさんも同じだぞ?」
師団長さんはそう言って私を見た。
「御厨さん、明日も朝からシフトに入っているね?」
「あ、はい」
学生さんは学校が終わってからのバイトなので、私は朝からだ。
「普段よりたくさん来ていたお客さんの相手をして、お前達が飯を食って風呂に入っている間も店に立っている。そして明日も朝からここで仕事だ」
「……おつかれさまです」
コーヒー牛乳が私の顔を見て、メソメソ顔のままポソッと言った。
「それぞれがそれぞれの場所で、自分の職務をきちんと果たしているんだ。お前もここに来たからには、最低でも修了式まではやりとげろ」
「ま、泣き言を言うのは別にかまわんよ。男は黙ってガマンするなんて古いからね。そのために、医務室でのカウンセリングもあるわけだし」
司令さんがうなづく。
「それで? お前の元気の
「……コーヒー牛乳を飲む、です」
「なら今日はそれは俺がおごってやる。それを飲んで明日からも訓練にはげめ」
師団長さんはそう言うと、コーヒー牛乳さんの肩をつかんでお店の中に入っていった。コーヒー牛乳さんはいきなりのことに、目を白黒させてアワアワしている。
「おお、加納陸士はとうとう、師団長にまでコーヒー牛乳をおごらせることに成功したぞ」
「なかなかすごいな。簡単にできることじゃないぞ」
そんな二人を司令さんと山南さん達は、なんとも言えない顔で見守っていた。
「どれだ?」
「……これです」
「小さいヤツか? 大きいほうじゃないのか?」
「えっと……大きいほうです」
「俺がおごると言ったんだ、遠慮するやつがどこにいる」
師団長さんは焼きプリンとコーヒー牛乳を手に、レジにやってきた。
「永倉、お前は自分で買え。お前のおごりは今日はなし」
「はいはい、わかってますよ。それは自分で買いますからご心配なく」
私はまったく見ることができなかったけど、今年の創立記念式典と一般開放は無事に終わった模様。
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