第十八話 創立記念式典 2

 午前中は創立式典と訓練展示がある。だから昼までは、それなりにヒマなんだと思っていた。だけどその考えは甘かった。まだ式典の時間だというのに、お客さんは増える一方だ。


―― 考えたら一般の人には、偉い人の祝辞なんて関係ないもんね…… ――


 一般の人達の見たいものは、どちらかと言えば展示されている自衛隊の車両とかだし、展示訓練は式典が終わってからだ。観閲行進が終わってしまえば偉い人の祝辞が続くし、その間にお客さんがお店に押し寄せてもしかたがない。


―― にしても多すぎ ――


 航空祭の人出に比べたら、かわいいものだと言っていたけどとんでもない。じゅうぶん多すぎだ。さすがに制服を着た隊員さんの姿は見ないけれど、きっとお客さんの中には家族の人もいるだろう。


―― あ、りかさんとえみさんも来てるのかな ――


 ここに来ていたとしても、この状態を見たらさすがに声をかけるのは無理かもしれない。


慶子けいこさん、スポーツドリンクとミネラルウォーターの在庫が危ないかもしれない」


 バックヤードで品出しをしていた旦那さんの仰木おうぎさんが、レジに立っていた慶子さんにそっと声をかけてきた。


「あら、そんなに? まあ確かに出てるものね」

「今日は暑いし、最近は熱中症対策のニュースがたくさん流れているからな」

「午後からの追加発注にねじ込まなきゃ。申し訳ないけど、必要だと思うもの、メモ書きで電話の横に貼っておいてくれる?」

「了解した」


 一般開放が終わるのが夕方の四時。それまでは飲み物だけが、どんどん出ていきそうな勢いだ。


―― まだ修羅場しゅらばってはいないけど、ここの人出をなめてたよー…… ――


 そんなことを頭の中でつぶやきながら、行列になっているお客さんをさばいていく。



+++



 式典と訓練展示が終わると、会場にはそれに参加したヘリも展示されるらしく、それ目当ての人も増えている。とにかく人が多い。そして相変わらず、飲み物があきれるぐらい売れていた。


「私達は中にいるからわからないけど、外はかなり暑いみたいね」


 追加発注の手配をした慶子さんが言う。言われてみればお客さんの中には、首にタオルを巻いた人や、うちわでパタパタとあおいでいる人の姿も見える。もう完全に夏状態だ。


「お先でした。仰木おうぎさん達、お昼にいってください」


 先にお昼ご飯で抜けていたバイト君達が戻ってきた。


「じゃあ、お願いね。午後からの入荷は、コンテナごとあっちの小会議室に搬入してもらって。はい、カギをあずけてくわね」

「わかりました」


 カギを受け取ったバイト君達とバトンタッチをして、慶子さんと旦那さん、そして私の三人で食堂に向かう。


御厨みくりやさん、ここの飯を食うのは初めてなんだって?」

「はい。いつも匂いだけなんです。だから今日は楽しみです。自衛隊さんが作るご飯!」


 仰木さんの質問にうなづいた。


「そうかー。昔は業務隊の隊員が朝昼晩と作っていたんだけど、最近は外注がほとんどでね。ここもそうなんだよ」

「そうなんですか? なんでもできちゃう自衛隊さんだから、ご飯作りも自分達でしているんだとばかり」

「もちろん訓練の一環としてはあるんだよ。ほら、災害派遣とかでは自衛隊が炊き出しをしてるだろ? いざ災害派遣となった時、作れなかったら困るからね」


 そう言われて、災害がおきた地域で自衛隊の人が炊き出しをしている、ニュース映像を思い出した。


「今はやることが増えたわりに、人間が少ないってのもあってね。やむを得なく、外注にするところが増えてるわけだ」

「なるほどー。皆さんが、私にまで入隊の勧誘をしてくる気持ちがわかってきました」


 もちろん、入隊する人が一人二人増えたからといって、どうなるという話でもないんだろうけど。


「だけど良いこともある」

「どんな?」

「味の当たりハズレがなく、いつも飯がうまい」

「え。それって、隊員さんが作るとおいしくないってことなんですか?」


 それって、作る人にとっても、それを食べる人にとっても、あんまりなんじゃ?


「俺達が若いころは、なり立ての隊員が作った時は味が薄かったり濃かったり、いろいろな味になったものさ」


 仰木さんが懐かしそうに笑った。


「それってすごく気の毒な状態じゃ?」

「まあ昔は、そういうこともあったって話だよ。今はそんなことないよ。ま、予算的に厳しくて、どこも苦労しているみたいだけどね」

「私達、ごちそうになって良いんですかね? 心配になってきました」

「大丈夫、大丈夫。一人二人食べる人間が増えたからって、隊員達が困ることにはならないから。それはそれ、これはこれの予算だよ」


 本当に?と心の中で首をかしげながら、アハハと笑う旦那さんについていく。食堂に入ると、お昼ご飯を食べる隊員さん達でいっぱいだった。私達はその中の、パーテーションで区切られたスペースを使わせてもらう。


「一応、隊員さんとは別あつかいなんですね」

「まあ、部外者には違いないからね」


 食券を持っていき、ご飯が乗せられたトレーを受け取る。けっこうな量で、食べられるかどうか心配になった。


「けっこうガッツリですね」

「ちゃんと食べておいたほうが良いと思うわよ? 今日はまだまだ先は長いし」

「ですよねー」


 慶子さんの言葉にうなづきながら、席につくと「いただきます」をする。


「これ、大臣さんも食べてるんですね」

「そう考えると、私達もちょっと偉くなった気分になるわね」


 そんなことを話しながら食べていると、いつものように泣き声が聞こえてきた。


「え? この声って、まさかのコーヒー牛乳さん?」

「あらあらあら?」

「なんのことだ?」


 しかし、聞こえてくる声はいつもより幼いものに聞こえる。どちらかと言うと、幼稚園児的な声だ。


「やだあぁぁぁ、りんごじゅーすがいいぃぃぃぃ」


「コーヒー牛乳さんじゃないみたいですね」

「コーヒー牛乳さんの他に、リンゴジュースさんが爆誕したのかしら?」

「だからなんの話だ?」


「まったくもー。そんなこと言ってる場合じゃないだろ? ちゃんと飲まないと」

「これやーだぁぁぁぁ!」

「しかたないなあ……ちょっとここで待ってろ」


 そんな声がして、食堂にコーヒー牛乳さんが駆け込んできた。


「あれ? やっぱりコーヒー牛乳さんだった」

「声の主は違うみたいだけど」

「慶子さん、俺にもわかるように説明してくれ」

「ああ、あのね」


 慶子さんが旦那さんに説明を始め、私はコーヒー牛乳さんを視線で追う。コーヒー牛乳さんは厨房ちゅうぼうの前に立つと、奥にいたオバチャンに声をかけた。


「あのー、すみません、ここに入るぐらいの氷と、塩を少々わけてもらえませんかー」


 奥にいたオバチャンがニコニコしながら出てくる。


「あらまあ、加納かのう君、今日はまた珍しいモノをほしがるのねえ。お昼ご飯で飲むの?」

「いえ、これは俺が飲むものじゃなくて。甥っ子に、即席のスポドリを作らなきゃいけなくて」

「あらまあ。今日は暑いものねえ。その口だと、氷は小さくしないとダメね。ちょっと待っててー」


 持っていた空のペットボトルに四分の一ほど水を入れ、オバチャンが持ってきた塩を一つまみ入れて、シャカシャカとふる。そして小さく砕いてもらった氷を入れた。さらにそこにリンゴジュースを注ぐ。


「ありがとうございました!」

「いいのよー」


 作っているのを見たところ、塩気が含まれた薄いリンゴジュースのようだ。


「あれでスポドリなんですかね」

「まあ、理論的には間違いなくスポーツドリンクだろうね。味がリンゴなだけで」


 仰木さんがうなづいた。コーヒー牛乳さんはペットボトルをシャカシャカとふりながら、食堂の入口へと足早に戻っていく。そこへ他の隊員さん達が入ってきた。


「お、加納。外にいるの、お前の家族? もしかして息子?」

「違いますよ! 姉と姉の子です。甥っ子ですよ!」

「ちゃんとリクルート活動しろよー?」

「幼稚園児相手になにをしろと?」


 すれ違った先輩隊員さんにからかわれ、コーヒー牛乳さんは顔をしかめながら出ていった。


「はい、これ飲んで!」


 そしてそんな声が聞こえてくる。


「……」


 泣き声が聞こえてこないところを見ると、コーヒー牛乳さんが作ったリンゴ味の即席スポドリで、相手は納得してくれたらしい。


「なかなか応用がきくな、あの新人君は。感心、感心」

「でしょー? 山南やまなみ君達も、あの子は見込みがあるって言ってるのよ」

「本人にはその気がないみたいですけどね」


 いつも辞めたいと泣いているし。


「そこをうまく言いくるめて、曹候補試験を受けさせるところまで持っていくのが、上官の腕のみせどころなんだよ」

「えー? そうなんですか?」

「実のところ俺も、その口車くちぐるまに乗せられて、空挺くうていまで行ってしまったクチだから」


 仰木さんの言葉に、慶子さんがウフフと笑った。


「もちろん嫁の後押しもあったんだけどね。あの時はたしか、ジャムパンと牛乳だったかな」

「なつかしいわねえ」

「仰木さんも泣いてたんですか?!」

「まさか! 泣きはしなかったが、なんだかんだと言われて、辞めるタイミングを逸したのは間違いないかな」


 仰木さんも慶子さんも、なんでもないような顔をして笑っているけど、辞めたいのに辞めさせてもらえないなんて、自衛隊って恐ろしいところでは?と思わないでもなかった。

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