第九話 みんな甘いものが好き
尾形さんいわく、自分達の身内と付き合いだした相手(この場合は私)を冷やかすのはご
そのへんの謎ルールについては、そのうち山南さんに詳しく教えてもらおう。
「もぉぉぉぉぉ!! 本当につらいんだようぅぅぅぅぅ!! もう午後からがんばれないぃぃぃぃ!!」
そして今日も、元気なコーヒー牛乳さんこと
「一日の前半お疲れさまですー。午前中の訓練は何をしたんですかー?」
レジ前で泣いているコーヒー牛乳さんに声をかける。これも最近は、お決まりの挨拶になっていた。
「格闘技の訓練ですぅぅぅぅ。教官が
「だけどそのわりには、うまく投げ技にもっていって、教官を軽く投げ飛ばしてたじゃん、加納」
一緒にお店にやってきていた
「そうなんですか?」
「怖いから離れたかっただけですぅぅぅ!」
「あまりにもあっさり投げられて、教官がショックうけてたぞ?」
そう言ったのはコーヒー牛乳さんと同じ班のもう一人、
「それはすごいですね! ちなみに午後からはどんな訓練を?」
「いよいよ自衛隊らしくなってきましたよ。今日は初めて小銃を撃つ訓練をするんです」
青柳さんが教えてくれた。
「そうなんですね。事故のないように、慎重に訓練をしてくださいね。もちろん加納さんもですよー?」
「訓練もうやだぁぁぁ、自衛隊やめるぅぅぅぅ」
「まーた始まった」
馬越さんがため息をつく。こんな泣き言を言っているけど、結局はやめそうにないよねって思えてくるから不思議だ。
「今はこんなふうにピーピー泣いてますけど、なんやかんやできっと、こいつが一番、命中率高いと思います」
青柳さんが、飲み物が置いてある冷蔵の棚に向かいながら言った。
「そうなんですか?」
「はい。手榴弾の
なんとなく想像がつくのはなぜだろう?
「もしかして加納さん、自衛官にすごく向いているのでは?」
「むいてませぇぇぇぇん!! 日本中で一番むいてませぇぇぇぇん!!」
だったらどうして入隊しようと思ったのだろう。それをここで質問しても良いものだろうか? それともこの質問は地雷が大爆発を起こすから、触れないでいるべき?
「でもほら。訓練が終わったら、医務室の
「新見さん、しばらく出てこないんですよねえ……」
青柳さんが困ったように笑った。
「え、そうなんですか? 出張とか? あ、まさかの転勤とか?」
「新見さん、先週から産休に入られたんですよ」
「新見さんて女性隊員さんだったんですね。私、てっきり男性かと」
それで最近は、ここでメソメソする時間が長いのかと納得する。
「ああ、なるほど。それで
「せーりーざーわーにーさー、こわいぃぃぃぃぃ」
「あらら」
先週の引きずっていかれた時の様子からすれば、コーヒー牛乳さんがおびえるのも当然のことかもしれない。
「ほら、午前中のコーヒー牛乳は俺がおごるから、いい加減に泣きやめよ」
そう言って青柳さんは、いつものパックより小さいコーヒー牛乳の持ってきた。
「いつもより小さいサイズじゃないか」
「おごりにもんく言うなよ。午後からだって訓練だし、大きいのを一日に2本も飲んだら、さすがに体に悪いだろ?」
レジでお金を払うと、ストローと一緒にコーヒー牛乳さんに渡す。
「ぜんぶ訓練でカロリー使ってるし」
「あーもう! だったら午後からのコーヒー牛乳も俺がおごるから! 今はこれで我慢しろ!」
「約束だぞ?」
「わかった!」
「大きいサイズだからな?」
「約束する!」
青柳さんはやけくそ気味に声をあげる。それを見ていた馬越さんがゲラゲラと笑った。
「お前達、まーたここにたむろしてるのか? いいか、ここは厚生施設であって、くだをまく居酒屋じゃないんだぞ?」
「まったく。食堂で姿が見えないと思ったら。ここでメソメソしてたのか」
「はやく昼飯を食ってこい。ちゃんと食っておかないと、午後からの訓練に支障が出るぞ?」
「「「わかりました!! 昼飯を食べてきます!!」」」
三人は元気な声で返事をして敬礼をすると、ダッシュでその場から入っていった。
「やれやれ。最近はすっかりここの常連だね、あいつら」
「そりゃ、加納さんがコーヒー牛乳のヘビーユーザーさんですから」
「さっき持っていたのは、いつもより小さいパックだったみたいだけど?」
「午前中はあれで我慢しろって言われてましたよ」
「まったく。腹を壊したらどうするんだ、あいつ」
「全部カロリー消費するそうです」
それを聞いた三人が顔を合わせて笑いだす。
「その言葉に説得力があると思えるのは、なぜなんだろうな」
「おかげで店の売り上げが若干あがってます。コーヒー牛乳様様です。皆さんは何しにこちらに? お昼ご飯は食べたんですか?」
お昼ご飯を完食するには、ちょっと早い時間な気が。
「まさか、冷やかしだけで来たなんて、言いませんよね?」
「もちろんですよ。ここは我々の大切な更生施設です。ちゃんと買い物をするつもりで来ました」
山南さんはしごく真面目な顔でうなづく。
「だったら良いんですが」
「じゃあ選んできますね」
三人が向かったのは、プリンなどが置かれているスイーツの棚。お使いを頼まれた山南さんがそこに向かうのは何度も見ていたけど、斎藤さんと尾形さんがそこに行くのは珍しいかもしれない。
「もしかして、ご飯が足りなかったんですか?」
「そんなことないですよ。今日は珍しく斎藤と尾形が、デザートを食べたい気分なんだそうです。ちなみに俺もですけど」
そう言いながら三人が手にとったのはプリンアラモードだった。平日はめったに出ないせいもあって、あの三つで売れ切れだ。
―― あ、ちょっと待って。ここに司令さんと師団長さんが来たら、戦争が勃発するんじゃ?! ――
「お前達がこの時間にいるなんて珍しいな」
イヤな予感に限って当たるのだ。やってきたのは師団長の
「師団長さん、残念ですけど、プリンアラモードは売れ切れです」
「どうやら、そうらしいね」
焼きプリンもあるし、クリームあんみつもある。まさか上官権限でプリンアラモードを取り上げるなんてことはしないよね? そんな私の心の声が聞こえたのか、三人が悪い顔をした。
「いやあ、訓練だけでなく昇任試験の勉強ともなると、頭がカロリーを消費しておりまして。今日は久しぶりに、スイーツを買って食べようと思った次第です!」
「大変です、昇任試験。なんだかんだで、年をとったせいか脳みそが硬くなっておりまして!」
「たまにはお使いではなく、自分でも食べてみたいと思っておりましたので。お先に失礼します!」
師団長さんに向かってうやうやしく敬礼をすると、それぞれがお支払いをすませていく。
「スプーンはいりますか?」
「お願いします。食堂で食べると外野が寄ってきて手を出すので、そこの長椅子で食べていきますから」
食堂は食堂で大変らしい。スプーンを三本出し、それぞれに渡した。山南さん達はお店の向かい側にある長椅子に落ち着くと、その場でプリンアラモードを食べ始める。
「いくら師団長でも、一口ちょうだいは聞きませんから」
斎藤さんがニヤリと笑いながら言った。
「そんなこと言うものか。安心してゆっくり味わえ。言っておくがな、お前達に昇任試験を受けろというのは、俺の意向だけじゃないんだからな? そこは勘違いするなよ?」
「「「承知しておりまーす」」」
三人が声をハモらせて返事をする。
「やれやれ。プリンアラモードは山南達にとられたか」
「夕方からの入荷商品の中に、二つほどあったと思いますけど?」
それを聞いた師団長さんは腕時計を見た。
「いつもの時間だったかな?」
「はい。ただし今日は私が三時までで、夕方は別のバイトさんなので気をつけてください」
「ま、無理だったらその時はあきらめるさ。あきらめも肝心だからね。じゃあ、今はなにを買おうかなあ」
師団長さんはスイーツの棚に向かうと、クリームあんみつを手にとった。本当にここにいる皆さんは、甘いもの好きな人が多い。それだけ普段から色々な部分で、カロリーの消費をしているということなのかな。
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