第八話 あら、いまさらなの?
そして夕方、げんなりした顔の
「今日も一日、お疲れさまですー」
「どうも。色々とご迷惑をかけているようで申し訳ない」
山南さんはレジ前に来ると、深々と頭を下げた。
「ん?」
「映画に行ったことで、色々と言われたでしょ」
「ああ! 午前中すごかったですよ」
その様子からして、山南さんもご同様だったようだ。
「来る人来る人が、山南さんとデートしたんですかって。もしかして皆さん、ヒマなんですかね? 自衛隊さんがヒマなのは良いことなんでしょうけど」
「女子隊員には注意をしておきました。俺はともかく、
「いやー、あれだけの人が押しかけてきた後では、もう後の祭りのような気が」
アハハと笑ってみせた。
「うっかり司令さんにまで怒鳴っちゃって、謝らなきゃいけないのは私の方かも」
「え、まさか司令まで?」
「いえ。司令さんは映画の感想を聞きに来られたんですよ。それを私がついうっかりってやつです」
「ああ、そういうことですか」
もちろん謝罪はしたし、司令さんも気にしている様子はなかったので、そのことで問題になることはないと思う。
「人の噂も七十五日だから、それまでのしんぼうだよっておっしゃってましたよ。ただー……」
「ただ?」
「コーヒー牛乳さんは、ツーリングも行ったりしてるし、当分は噂話は消えないんじゃないかって」
「あー……」
「あ、でもでも! ツーリングは楽しみにしているので、ぜひぜひ誘ってください!」
しばらくツーリングに行くのを控えましょうか?と言いそうな気配だったので、その前にクギをさす。噂が消えないのは困るけど、ツーリングは行きたい。
「ところで、なんでそこで
「ちょうどコーヒー牛乳を買いにきてたんですよ。で、私と他の皆さんのやり取りを見て、そんな意見を」
「なるほど」
山南さんは、何ともいえない顔をしてうなづいた。
「ほら、もうそういうことなんだからさ、二人ともデートしてるって認めちゃいなよ」
「そうだよ。で、もう付き合っちゃいなよ。見たところ相性も良さげだし、お似合いだと思うよ?」
斎藤さんと尾形さんが笑いながら口をはさむ。
「不規則な休みで会えないのが不満だって言われがちだけど、山南と御厨さんなら問題ないじゃん」
「そうそう。御厨さんここでバイトしてるから、平日でも山南と普通に会えてるからね」
「あのなあ……」
二人の言葉に、山南さんがやれやれと首をふっている。
「袖すり合うも多生の縁て言うだろ? 御厨さんがここにバイトにきたのも、何かの縁だろうし」
「そうそう。で、最初に山南に案内してもらったのも、何かの縁なんだろうし」
まるで善人みたいな顔をしてニコニコしている二人。うん、まあ、悪気がないのはわかる。じゃっかん面白がっている部分はあるだろうけど。
「二人とも、最初から山南さん推しでしたよね」
「そりゃ、俺にはカノジョがいるし、尾形には嫁がいるからね。俺達は自分を推すわけにはいかないだろ? 推すとなれば、現在進行形でフリーの山南しかいないんだから。ほんと、こいつは真面目だからおすすめなんだけど」
「真面目なのはわかりました。私にですらまだ敬語ですから」
「「だろー?」」
「いやだから、そこでハモるな」
はーっと、長いため息をつく。
「なんでイヤがるんだよ、山南」
「別にイヤがってるわけじゃないけど」
「だったら問題なしだろ?」
「御厨さんはどうなわけ? 山南とどうよ」
「え、まあ、そのぅ……」
そりゃまあ、イヤな人だったら、ツーリングだって行かないし映画だって誘わない。だけど、あらためて付き合わないかと言われると、これはまた困る。なにがどう困るのか、自分でもイマイチよくわからないけれど。
「もしかして、俺達に言われて付き合うのはどうかなって思ってる? でも考えてみてよ。世のお見合いって、そんな感じでするわけじゃん?」
「なんか、見合いの世話をしたがるお節介焼きオバさんの気持ち、わかる気がしてきたぞ」
「だよな」
斎藤さんと尾形さんは別次元の話で盛り上がり始めた。
「まあさ、二人がそう思ってなくても、周りはとっくに二人が付き合っていてデートしてると思ってるわけだから、いまさら恥ずかしがることないと思うよ」
斎藤さんがニコニコしながら私の顔を見る。
「そうそう。付き合っていることを隠したいのか?ってのも、師団長主催のツーリングに一緒に参加している時点で、もう隠してないから」
二人は相変わらず善人みたいな笑顔を浮かべている。
「さて、俺達は自由時間のつまみでも見てくるから、他のお客さんが来るまで、ゆっくり相談してみて」
「あ、ちなみに。御厨さんに会ってからはこいつ、ずっとカピバラモードだけど、いざとまったらきちんと決める男だから」
そう言いながら二人は、スナック菓子が並んでいる棚へと行ってしまった。そして気まずい空気とともに取れ残された、私と山南さん。お互いに顔をチラ見しながら立ち尽くす。
「……」
「……」
「そのぅ、ツーリングに誘ったのだって、別にやましい気持ちがあったわけじゃなくてですね」
山南さんがいきなり口を開いた。
「それから歓迎会と称した飲み会も、とくに下心があったわけでもなく」
「それはわかってますよ。山南さん、ほんと真面目だし。あの、カピバラモードって?」
「多分あいつらは、俺がヘタレだと言いたいんだと」
「なるほど」
わかったような、わからないような。
「私だって、映画に誘ったの、下心があったわけじゃないですし」
「ですよねー」
「……」
「……」
「御厨さん」
「なんでしょう」
「陸上自衛官って、ほんとうに二十四時間365日なにが起きるかわからないし、デートのドタキャン、いきなり長期間の音信不通なんてのもあるわけで、付き合うには色々と難ありなんですよね」
「本当に大変ですよね、自衛官さんて」
ここでバイトするようになってから、ニュースになるような大規模な災害派遣は今のところない。だけどこれから梅雨の季節、台風の季節。なにより日本は地震の多い国だから、そういうことでの派遣もあるだろう。毎日のようにお店な顔を出す皆さんが、いきなりどこかに派遣されることだってあるかもしれない。
「そんな俺ですけど、御厨さんは付き合っても良いと思ってくれますか?」
「そうですねえ……」
しばらく考えこむ。
「一つだけ条件があります」
「なんでしょう?」
「デートする時に入隊勧誘するのは無しで!」
「えー……?」
なにげに不満げな声をあげた。
「なんですか、えーって」
「いや、だって、そこはほら、司令と師団長の命令もありますし」
「ここで禁断の。上官命令と私とどっちが大事なの攻撃してほしいですか?」
それにこの「司令と師団長の命令」は、命令というには限りなくあやしいものだ。そうでなければ私だって「どっちが大事なの攻撃」なんて言わない。
「まあ上官命令ともなれば、山南さんだって断りづらいのは理解してます。だからデートの時だけはって条件です。これでも私なりに、譲歩してると思います」
「なるほど。ではその条件付きで、お付き合いしていただけますか?」
「あえて言うなら、その敬語もなんとかしてほしいですけど、ま、それはおいおいに?」
「はい。おいおいに」
「では、これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
カウンターをはさんで、お互いに頭をさげる。なんだかお付き合いのスタートとしては随分と変わった挨拶だけど、ま、良いか。
「「決まった?」」
「はい、決まりました!」
私が返事をすると、商品棚の陰からのぞいていた斎藤さんと尾形さんが、ニカッと笑って親指を立てた。
+++++
「そういうわけで、山南さんとお付き合いをすることになったんですよ」
閉店前にレジをしめにきた
「あら、いまさらなの?」
そして返ってきた返事がこれ。
「はい?」
「だって私、二人はもうとっくにお付き合いしてると思ってたのよ? だからこれまで付き合っている自覚がなかったのかと、そっちのほうで驚きよ」
そう言って慶子さんが笑った。
「ツーリングが良い縁結びの機会になったわって喜んでいたのに、斎藤君と尾形君の後押しで付き合うことになったなんて、ちょっとがっかりね」
「えーっと、すみません」
慶子さんは首を横にふりながら笑う。
「謝るようなことじゃないわよ? ただ、ツーリングしている時の二人を見ていたら、もうお付き合いしている雰囲気だったから。人ってわからないものね、色々とビックリだわ。明日、
「え、別にあのお二人に知らせなくても」
どうしてそこで二人の名前が出てくるのか。
「二人なりにヤキモキしていたのよ。山南君、今度、昇任試験を受けるでしょ? 年齢的にもそろそろ営外に出ることを考える時期だし、プライベートが充実するのは良いことだわ」
「あの、別に先のことはわかりませんよ?」
「それはわかってる。そういうのは縁ですものね。御厨さんと山南君の縁が、どこまで結ばれているかなんて、誰もわからないものね」
そう言ってほほ笑むと、慶子さんはレジの清算作業を開始した。
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