第七話 意外と冷静な分析?

「バイトさん、土曜日に山南やまなみ三曹とデートしたんですか?」

「デートじゃないですよ、映画に行っただけですー」

「バイトさーん、土曜日、山南三曹とデートしたって本当ですかー?」

「デートじゃなくて、一緒に映画を見ただけですー」


御厨みくりやさん、土曜日に山南と見た映画のことだけど」

「だから映画に行っただけなんですよ!! あ、すみません」


 同じ質問ばかりで荒ぶる私の前で、目を丸くして立っていたのは、基地司令の永倉ながくらさんだった。


「うん。その映画。実は気になっているんだけど、見た感想はどうだったかなーって」

「ああ、そういうことですか、すみません」

「朝からずっと同じ質問でもされていたのかな?」

「そうなんですよー。皆さん、情報伝達が早すぎです。しかも間違って伝わってますし!」

「ああ、デートじゃないのにってやつか」


 アハハハと司令さんが笑う。まあ、映画館でここの女性隊員さん達と顔を合わせてしまったのが運の尽きだとは、山南さんの言葉だ。彼女達の情報伝達の早さは尋常じゃないらしい。


「そのポイント、あまり力説すると山南が落ち込まないかな」

「山南さんだって、途中で顔を合わせたお知り合いに同じようなこと言ってましたから」

「そうなのか。うん、まあ当人同士が納得してるならそれで良いけど」

「?」


 首をかしげる私に向けて、司令さんは謎の笑顔を向けた。


「それで? 映画はどうだった? 前評判は良いみたいなんだけど」

「ネタバレしないような感想を言うのは難しいですけど、私は面白かったですし、山南さんも満足してました」


 そこは二人の共通した感想なので間違いない。


「そうか。だったら次の休み、嫁と一緒に見てくるよ」

「是非、楽しんでください。あ、そうだ。せっかくお店に来たんですからプリンはどうですか? いつのもの焼きプリントとホイップクリームのプリン、まだありますけど」

「せっかくだから買っていこうかなー」


 司令さんはスイーツの棚に向かう。そしてプリンではなく、その横にあったプリンアラモードを手にとった。


「いつものより大きいのがあるよ」

「そうなんですよ。期間限定のプリンアラモードです。ちょっとお高いですけどね」

「いいね、これ。今日はこれにする。大野おおの師団長はこれ、もう買った?」

「いえ。それ、今日から入荷なんで、まだ買っていらっしゃらないと思います」

「じゃあ、師団長の分も買っておこう」


 そう言いながら、二つ持ってこっちに戻ってくる。


「独り占めせずに師団長さんの分も買うんですね」

「そりゃまあ、あっちは上官だから。たまには部下として、貸しを作っておかないとね。ていうか、一番乗りで買ったと自慢してやるんだ」


 ニヤッと笑った。


「あー、そういうこと」


 ここの二人も色々と楽しそうだ。司令さんはそれの他に、おやつ用の無糖紅茶を何本か購入して、ニコニコしながらお店を出ていった。「人の噂も七十五日って言うから、しばらくのしんぼうだよ」と言い残して。


「人の噂も七十五日と言うけど、さすがに二ヶ月以上も言われ続けるのは、ちょっと困るかなあ……」

「噂がどうこうという以前に、僕はそれ、もうデートでは?と思いますけど」


 ボソッと声がしたので飛び上がる。レジの正面にある商品棚の向こう側から、顔を半分だけ出して、こっちをのぞいている隊員さんがいた。


「あの、なんでそんなところから?」

「え、お話の邪魔になってはいけないと思って。相手は基地司令でしたし」


 そう言いながら、こっちに出てきたのはコーヒー牛乳さんだった。もちろん手に持っているのコーヒー牛乳のパック。今日も買いにきてくれたのだ。これでコーヒー牛乳の連続売り上げ記録も、無事に更新された。


「すみません、お待たせしてしまって」

「いえ。話している相手が基地司令ですし、そうなったら僕達のような下っ端は、おとなしく待つしかないですから」

「ごめんなさいー。あ、ストローいりますか?」

「お願いします」


 コーヒー牛乳さんは、お金をはらってストローを受け取ると、さっそくパックにストローを刺す。そしてチューッと吸って飲みながら、すごく幸せそうな顔をした。


「あの、やっぱりあれはデートなんでしょうか?」

「だと思いますねえ」


 コーヒー牛乳さんはうなづく。


「人の噂も七十五日についてはどう思います?」

「バイトさん、山南三曹とは二人っきりではなくても、ツーリングに行ってますよね? ってことは、けっこうな頻度で情報の上書をしてますから、七十五日が経っても、きっと忘れてもらえないと思います」

「ガーン」


 そこまで考えていなかった。ちょっとショックかもしれない。


「イヤなんですか?」

「イヤというか、仕事中にあれだけ言われると、ちょっと荒ぶりますよね」

「バイトさんとはここでしか顔を合わせないですし、その時はバイトさんは仕事中なわけで、ま、しかたないですね」

「意外と薄情ですね」

「そんなことないですよ。事実を言ったまでです」


 そう言うと、再びコーヒー牛乳をチューーッと吸った。


「俺は薄情じゃないですよ。事実を言ったまでですし、忘れてもらえなくなる原因も述べました。薄情なのは、俺と同じ班の連中ですよぉぉぉぉ」


 いきなりその場でヨヨヨと泣き崩れる。


「訓練がつらくてもう無理だって言ってるのに、がんばれがんばれ言うばかりでぇぇぇ! 俺はこんなにつらいのに、ぜんぜん親身になってくれないんですよぉぉぉぉ!! ひーどーいー!!」


 泣きのスイッチが入ってしまったようで、お客さんがいないのをこれ幸いに?と、コーヒー牛乳さんはレジ横のカウンターで突っ伏して泣き始めてしまった。


「えー、あのー? でも、せっかく入隊してきたんですから、続けるかどうかは別として、訓練が終わるまでは頑張ってみたらどうかな、とか?」

「それがつらいのにぃぃぃぃ!! バイトさんもわかってくれないぃぃぃぃ!!」

「す、すみません。訓練の体験もしたことなくて、どんなに大変なのか、皆さんの話しぶりからしかわからなくて……」


―― うわー、これはどうしたら良いのかな? いつも一緒の候補生さんを呼んできてもらったほうが良いのかな…… ――


「えーっと、とにかく大好きなコーヒー牛乳は品切れしないようにしますから、がんばってください!」

「がんばれないぃぃぃぃぃ!!」


 ダメだ、こりゃ。


「あ、医務室にいないと思ったらこんなところに。加納かのう、なに店内でくだまいてるんだよ。バイトさんに迷惑かかるだろ? 営業妨害だぞ?」


 やってきたのは、いつもコーヒー牛乳さんをなぐさめている候補生さんだ。


「だって周りは自衛官ばかりで、誰も俺のこと本気でなぐさめてくれないんだよぉぉぉ!! 今日は新見にいみさんもいないし、俺、バイトさんになぐさめてもらうぅぅぅ」

「なに言ってるんだよ。そんなことしたら迷惑だろ? ここは医務室じゃなくてコンビニなんだから」

「いーやーだー! ここでなぐさめてもらうぅぅぅぅ!!」

「あの、新見さんって?」


 そう言えば、訓練中の候補生さん達の足の裏が大変なことになった日、コーヒー牛乳さんの口から出ていたような気がする。文脈からすると看護官さんか医官さんのようだけど。


「この駐屯地の看護官さんです。俺達が怪我をした時などにお世話になっているんですが、なんて言うか、加納にとっては保健室の先生みたいな存在でして。いつも愚痴を聞いてもらっているんですよ」

「へえ。看護官さん、そんなこともされているんですねー」


 本当に保健室の先生みたいだ。


「まあ、職務の範疇はんちゅうではない気はするんですけど、いつでも話を聞くよと言われて、甘えさせてもらってるんです」

「それは皆さんもということですか?」

「いえ。加納だけですね」

「あー……」


「おい、加納!!」


 いきなり野太い声がして、コーヒー牛乳さんだけでなく、その場にいた全員が飛びあがった。


芹沢せりざわ二佐!!」

「なんだ! 医務室に来るだろうからと待機していたのに、加納! いつまでたっても来ないと思ったら、こんなところでメソメソしていたのか!」

「あの、どちら様……?」


 初めて見る顔に、その場にいる候補生さん達にヒソヒソと質問をする。


「ここの駐屯地の医官をされている、芹沢二佐です。新見さんの上官みたいなかたですね」

「ああ、なるほど」

「おい、今日は医務室での愚痴りはないのか!」


 お医者さんとは言えさすが自衛官さん。声は大きいし体格もかなり立派で、ちょっとやそっとでは壊れそうにない感じの人だ。


「……新見さんがいないなら良いです。新見さんにだけ愚痴ります」

「は? なんだって? 聞こえないぞ?! こんなところでメソメソして、コンビニの店員さんを困らせるな! それとお前達もだ! 買い物もしないのに、わらわらと無意味に集まるんじゃない! さあ、行くぞ! 聞いてやるから気がすむまで愚痴れ!」


 そう言うと、コーヒー牛乳さんの襟首をつかみ、そのまま引きずっていく。ほんと、さすが自衛官さんだ。


「いぃぃぃやぁぁぁぁぁ!! 俺、行きたくないぃぃぃぃ!!」

「なにを言っている! 俺は新見から頼まれていたから、わざわざ医務室で待っていたんだぞ。なにがイヤだ! ちゃんと愚痴れ!」

「だれかぁぁぁぁぁ」


 私達はポカンとしたまま、芹沢二佐に引きずっていかれるコーヒー牛乳さんを見送る。


「ちゃんと愚痴れというのも新しいですね」

「ですよねー……」


 アハハハとその場にいた全員が笑った。

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