小話

ジャムパンと牛乳

「ねえ、お爺ちゃん。なんでこんなにジャムパンが多いの?」


 お店の棚に商品を置く手伝いをしながら、向こう側の祖父に声をかけた。


「んー?」

「ジャムパン。なんでこんなに多いのって聞いてるの。うちの一番の売れ筋のパンって、アンパンだったよね?」


 そのアンパンは、見るからに数が減っていた。あまり人気がないクリームパンより少なくなっている。どうして?


「春先から、急にジャムパンの売り上げが伸びてな。それもあって、いつも多めに発注してるのさ」

「こんなに仕入れちゃって、残らないの?」

「不思議なことに残らないんだなあ、これが」

「誰がそんなに大量に買い込んでるんだろ……」

「さあて。こっちが気がつかないだけで、小隊単位で買っているのかもなあ」


 他のパンの、三倍ぐらいの広さをとっているジャムパンを見つめながら、誰が買っているのか、少しだけ興味がわいた。


「ねえ、お爺ちゃん。今日一日、レジをしても良い?」

「ううん? ワシはかまわんが、夏期講習があると言ってなかったか?」

「夏期講習が始まるのは来週から。今週はヒマだし、お店、手伝えるよ?」

「そうか。なら、今日は慶子けいこにたのもうか」

「任せなさ~い!」


 そんなわけで、今日一日のレジを任された。


 ここは都内にある、陸上自衛隊の某駐屯地。私の祖父は、隊員さん達の生活雑貨や様々なものをあつかう店舗を、駐屯地の中にかまえていた。とはいっても、それがもともとの本業ではなく、いろいろなご縁があって、ここのお店を任されるようになったということだ。


「ジャムパン、どんな人が買いに来るのかなー」


 その答えは、お昼をすぎてすぐに判明した。



+++



「あ、慶子ちゃん、ひさしぶり。夏休みのバイト?」


 お昼ご飯の時間になると、午前中の訓練を終えた隊員さん達がやってきた。レジに立っている私を見て、ニコニコしながら声をかけてくる。


「はい、そんなところです」


 本当の目的は、ジャムパンを大量買いする人の正体を確めるためだけど。


「爺ちゃんからは、ちゃんとお給料もらいなよ?」

「わかってますよ~、私もただ働きする気はさらっさらないので、その点はご心配なく~」


 営業スマイルで応対していると、後ろの倉庫兼事務所から、祖父が怖い顔をして出てきた。


「うお?! 爺さん、いたのか!」


 その場にいた全員が、一瞬で半歩うしろにあとずさる。


「いたのかじゃない。ワシの孫にちょっかい出したら、しょうちせんぞ」

「爺さん、怖すぎ! 俺ら、慶子ちゃんが店を手伝ってるのを、ほめてるだけでしょ!」

「買うものかったら、さっさと仕事に戻れ」

「今、昼休みだっつーの」

「なんだって? ああ? よく聞こえんな。なんて言った?」

「俺達、客なのにひどくね?」

「ああん?!」

「こっわ! 全員、撤収! じゃあ慶子ちゃん、またねー」


 みんな祖父の迫力に、クモの子を散らすように、走ってお店を出ていった。


「お爺ちゃん、お客さんにあれはないよ?」

「いつまでもレジの前でたむろされたら、こっちの商売あがったりだろうが」

「まあ、他のお客さんに邪魔になるのは、たしかに良くないけどねー」


 そう言いながら、順番を待っていた他の隊員さんのお会計をする。今のところ、ジャムパンを買った人はいない。


「甘い顔をすると、すぐにつけあがるからな」

「ま、お客様は神様じゃなくて、ただの人間だものね。人間が神様あつかいしてもらおうなんて、百万年は早いよね~」

「そういうことだ」


 しばらくして、数名の隊員さん達がやってきた。さっきの人達とは別の部隊の人だ。


―― もしかして、この人達だったりして ――


 さりげなく、その人達が店内をウロウロしている様子をうかがう。真っ先にレジ前にやってきたのは、その中でも一番年下っぽい人だった。階級章は陸士長さん。


「いらっしゃいませー」

「これ、お願いします」


 愛想よく営業スマイルを向けたけど、その人は、生真面目な顔のまま、リンゴジュースを置いた。値段をレジに打ち込んでいると、その人の後ろから手がのびてきて、ぼとぼととパンを落としていく。


「えっと、これも、お買い上げですか?」


 目の前に散らばったパン ―― しかもジャムパン! ―― を指さした。


「……いえ、自分は……」

「言ってるだろ、リンゴジュースだけではダメだ、仰木おうぎ。ちゃんと食え」


 うしろからパンを落としたのは、普通科に所属している陸曹長さんだった。


「ジャムパンなら食後でも食えると言っただろ?。とにかく、お前はまずはしっかり食え。食って体を作るんだ」

「……はあ」


 言われてみれば、仰木さんと呼ばれた陸士長さんは、随分と小柄だった。身長は私よりもずっと高いけど、他の隊員さんや陸曹長さんと比べると、かなり華奢きゃしゃだ。


「食わないと、体に肉がつかないぞ?」

「ですが陸曹長、自分はしっかりと食っています。これ以上、ジャムパンを食べたら、筋肉以前にぜい肉になって横に伸びる可能性が」

「そこはがんばって、筋肉にするしかない!」


 そう断言され、陸士長さんは困惑した表情を浮かべた。


「がんばる……」

「そうだ、がんばるんだ! がんばって食って、トレーニングを続けるのみ!」

「……」

「がんばれ仰木! お前には才能があるんだ。空挺を目指すんだろ? なのに体格差だけで、よその小隊の連中に出し抜かれても良いのか?」

「それは良くないですが……」

「だったらジャムパン食って、筋トレだ!!」


「あの!」


 私が口をはさむと、二人は驚いた顔をこっちに向けた。どうやら目の前にいた私のことを、すっかり忘れていたらしい。


「申し訳ない。すぐに支払いを」

「いえ。ジャムパンだけでなく、牛乳も一緒にどうでしょう? 体を作るには、カルシウム摂取も大事かと!」

「なるほど! 仰木、ちょっと待ってろ」


 そう言って陸曹長さんは、冷蔵庫がある場所へと戻っていく。そして牛乳瓶を手に戻ってきた。


「今日からはジャムパンと牛乳だ!」

「……」

「心配するな、牛乳は俺のおごりだ。出世払いにしておくから、死ぬ気でがんばれ!」

「死ぬ気でがんばる……」


 陸士長さんは、なぜか困惑した表情のまま、私を見つめる。もしかして、余計なことを言ってしまっただろうか。でも、ジャムパンだけでは、あまりにもバランスが悪すぎる。やはり牛乳も飲まないと。


「あの、牛乳を飲むとお腹がゴロゴロになる、とか?」

「……それは大丈夫ですが、朝昼晩にジャムパンと牛乳を追加で食べるとなると、ちょっと……」

「朝昼晩……」


 アンパンが売れ筋一番から脱落したのは、間違いなくこの人達、じゃなくて、この陸士長さんにジャムパンを食べさせている、陸曹長さんのせいだ。


「朝昼晩、毎日三個ですか」

「これでも妥協しただろ。本来なら、夜食にも食えと言いたいところだ」

「毎日四個、だったんですか」


 驚いて思わず聞き返す。


「さすがに胃の調子がおかしくなるので、夜食はかんべんしてもらいました」

「寝る直前はさすがに、牛さんになっちゃいますからね~」

「ていうか、いくら好きでも毎日四個はちょっと……」


 陸曹長さんは、陸士長さんの言葉に不満げな顔をした。


「なら、アンパンにするか?」

「……いえ、ジャムパンでお願いします」

「それと今日から牛乳を追加だからな!」

「ジャムパンと牛乳……」

「カルシウムは骨を強くしますからね。空挺さんに行くなら、骨の強化はうってつけだと思いますよ?」

「はあ……」


 私が言葉をそえると、陸士長さんは魂が半分抜けたような顔をして、返事をした。



+++++



「いらっしゃいませー、今日もジャムパンと牛乳、ありがとうございます!」

「どうも……」


 そして次の日の昼休み、その陸士長さんはやってきた。ジャムパンを手に取り、渋々といった感じで牛乳を冷蔵庫から出している。


「祖父にも言っておきましたから、牛乳も品切れになることはないですからね、安心して毎日食べて飲んで、頑張ってトレーニングをしてください!」

「お気づかいどうも……」


 この仰木さんという陸士長さんが、うちのジャムパンと牛乳のおかげもあって、習志野ならしのの空挺団に行くことになるのは、もう少し先のことだ。

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