第二十三話 来年もごひいきに
「おお、すごく立派」
駐屯地の門には大きな門松が立っていた。
「おはようございます! 立派な
「おはよう。昨日の夕方に立てたんだ。今年の竹は立派で、司令もご満悦だよ」
門前にたっていた隊員さんが、ニッコリと笑う。
「立てるところ、見たかったです~」
「残念だったね。来年の楽しみにとっておくしかないかな」
「気が早すぎて、鬼が笑いすぎて腰ぬかしそう」
「そりゃそうだ」
アハハハと笑う。駐屯地内にある建物の玄関には、すでに
「でも良かったです。みなさん、山に入って一生懸命に探して、竹を伐採しましたからね」
「今年の駐屯地の
「それは良かった!」
「ところで
来訪者リストを確認しながら、隊員さんが言った。
「はい」
「そっか。僕は午前中には勤務が終わるから、これが今年最後の挨拶になるね」
「そうなんですね。じゃあ少し早いですけど、来年もよろしくお願いします! 良いお年をお迎えください」
「そっちもね」
そんな会話をかわしてから中に入ると、いつものように駐輪場まで原チャリを走らせた。建物の前にも、正面ゲートのものより小ぶりな
「いよいよお正月だねえ……」
駐輪場に原チャリをとめると、お店に向かった。
「おはようございます!」
「おはよう。あやさんは今日が今年最後ね」
カウンターで、小銭をレジに入れていた慶子さんが顔をあげる。
「もう
そう感じるのは、きっとバイト先が変わったせいもあると思う。ここに来てからの数ヶ月は、本当にあっという間だった。
「年をとると、ますます早く感じるようになるわよ」
「そうなんですか?」
バックヤードで着替えると、コンテナで運び込まれていた商品の登録作業にかかった。今朝の入荷はインスタントの麺類が多い。
「慶子さん、カップそばが何気に多くないですか?」
端末に登録しながら、そば系がやたらと多いのに気がついた。何気どころか、かなり多い。今までの中でも、一番そば率が高い日かも。
「年越しそば用にね。ほら、夜中は食堂は勝手に使えないでしょ? 残ってる子達が、こそこそと食べるのよ」
「なるほど。
「そういうこと」
駐屯地内の規則はともかく、日本人ならやっぱり
+++++
その日は、お昼休みからお客さんが多かった。ホットドリンクを買う人、カイロを買う人、訓練中に壊れてしまった備品を買う人などさまざまだ。
「バイトさん、今日が今年の最後なんですか?」
レジに来た隊員さんに声をかけられた。
「そうなんですよ。今年は短い期間でしたけど、ありがとうございました」
「来年も続けるんですよね?」
「そのつもりです。まあ、途中から休み休みになるかもですけど」
何気なくつぶやいた言葉に、なぜか周りがシーンとなった。そして急に騒がしくなる。気がつけば、いつもの面々が目の前に押し掛けていた。
「あの……?」
「まさか、バイト、やめちゃうんですか?!」
「まだ一年もたってないのに?!」
「やはり自分達のおもてなしの、力不足だったのでは?!」
「いえいえいえ、そんなことないですよ。そうじゃなくて」
また話が明後日の方向へと飛んでいきそうになったので、あわてて口をはさんだ。
「実は私、ただいま就職浪人中なんですよ。まあ来年、ちゃんと就職できるかわかりませんけどね」
しかもここのお店、思いのほか居心地が良いし。就職しなければという気持ちもあるけれど、ここを辞めたくないという気持ちも強かった。
「うちの駐屯地、期間限定ですが技官採用枠もありますよ?!」
「なぜかボイラー技師ばかりが求人で目立ちますけど、事務職も募集枠はちゃんとありますから!」
「期間限定の採用枠より、ここは思いきって自衛官の道はどうでしょう? こちらにも事務関係の職種はあります!」
「いやあ、それはちょっと……」
「なにやってるんだ、後ろがつかえているぞ。お前達、
全員の勢いにタジタジとなっていると、山南さんが話に割り込んできた。
「あ、山南さん! いらっしゃいませ!」
だけど隊員さん達の勢いは止まらない。今度は私から山南さんに向けて、あれこれ言葉が飛び出した。
「山南三曹がのんびりしてるからですよ~」
「
「ツーリング仲間が一人減るじゃないですか~」
「ていうか! 自分達、まだバイトさんとツーリングしてませんよ! 山南三曹だけずるいです!」
隊員さん達は、山南さんの注意にも負けていない。
「お前達、御厨さんの人生設計を勝手に立てるんじゃない。というか、現在進行形の仕事の邪魔をするな。ここは店先だぞ」
山南さんの言葉に、その場にいた全員がブーイングしながらも、お行儀よく整列した。その横に山南さんが仁王立ちになる。どうやら、余計なことを言わないように隊員さん達を見張るつもりらしい。
「まったく。いつもいつも騒がしくて申し訳ないです」
渋々な様子で隊員さん達がお店から出ていくと、山南さんはため息をついた。
「いえいえ、お気になさらず」
そう言ってから、思わず笑ってしまった。
「?」
「いえいえお気になさらずって、ここでバイトを始めた頃に、山南さんがひんぱんに口にしてたなって」
「あ~、そういえば。御厨さんがここに来て三ヶ月か。ここの雰囲気には慣れましたか?」
「おかげさまで」
さっきみたいな騒ぎは起きるけど、大体は皆さん、お行儀の良いお客さんだ。店内にゴミを散らかすこともないし、棚の商品をぐちゃぐちゃにしないし、あれがないこれがないと、理不尽なクレームを私達に言ってくることもない。本当に助かっている。
「司令さんも師団長さんも、とても気さくですし、すごく楽しい職場です」
「それは良かった」
「もちろん、それとこれとは話が別ですけど」
それとこれとは就職のことだ。
「ですよねー」
「私は今日が今年最後ですけど、皆さんのお仕事は、いつまでなんですか?」
自衛隊さんは、二十四時間365日お休みはないとは聞いている。だけど、隊員さん達には、それぞれ個別に休暇がとれるらしいという知識ぐらいは、今の私も持っていた。
「隊としての年内の訓練は、もう終わっているんですよ。あとは大掃除をして、新年を待つばかりです。俺は地元なので、年が明けるまで、ここに残りますけどね」
「地元さんはお休みが遅いんですか?」
どういうことだろうと首をかしげる。
「実家が遠かったり、単身赴任でここに来ている隊員もいるのでね。長い休暇は、そういう連中からとるようにさせてます。ま、そういうことをしているのは、うちだけかもしれないけど」
「へえ。ちゃんと考えてあげてるんですね」
「ま、普段から様々な制約を受けて生活しているし、それは彼等の家族も同じなので。こういう時ぐらい、家族サービスをできるように取り計らっておかないと」
「なるほどー」
お休みの順番一つとっても、色々と考えられているんだなと感心した。
「ってことは、山南さんは地元っ子ってことなんですね」
「そいうことになりますね。御厨さんもここの近く?」
「はい。アパートは二つ先の駅ですけど、実家はそれとは反対方向の三つ目の駅近くにあるんです」
「一人暮らしする必要もないような」
山南さんは、電車路線図を頭に思い浮かべているようだ。
「そうなんですけど、高校を卒業したら、自立しなさいって言われたもので」
「しっかりした御両親ですね」
「どうなんでしょうねえ……もしかしたら、子供を追い出して夫婦でのんびりした生活をしたかったのかも。……あ、それは父親が定年を迎えるまでは無理かな」
仕事の鬼のような、父親の生活ぶりを思い浮かべながら笑う。
「ちなみに、お父さんはどんなお勤めを?」
「自衛隊さんがいつも、苦しめられてるところだと思いますよ」
「?」
山南さんは首をかしげた。
「トイレットペーパーとか、お醤油とか、ふりかけとか、たまに自腹きらないと消えませんか?」
「あー……もしかして、霞が関のあそこ……」
「そうなんですよ。すみませんねえ、いつもうちの父がっていうか、父が所属している組織がっていうか」
「ま、それも仕事ですから、お気になさらず。じゃあ、今日のバイトが終わったら、実家へ?」
「そうですね。部屋の大掃除をしてから帰ろうかと。きっと就職浪人のことで、あれこれお小言が待っていると思いますけどねー……」
それだけが
「それも親孝行の一環ということで。言われてるうちが花だから」
「そんな親孝行したくないですよ……」
ま、電話をかけてきたり、押し掛けてこないだけマシかなと、思わないでもないけど。
「年明けは何日から?」
「五日からです」
「お正月はゆっくりすごして、年明けの五日には、また元気な顔を見せてください。ああ、これ、実は師団長と司令からの伝言でもあるんですよ。年末のあれこれで忙しくて顔を出せないから、御厨さんに伝言を頼むと言われて」
「そうだったんですか。では、師団長さんと司令さんによろしくお伝えください。来年もどうぞごひいきにって」
「うけたまわりました。御厨さんの言葉、ちゃんと二人に伝えます」
山南さんは真面目な顔をしてうなづく。
「山南さんも、良いお年を。来年は、自分のお買い物でも来てくださいね。私が知っている限り、いつも師団長さんのおつかいでしか、来店してなかったみたいだし」
「今年は、本当になにも買わずにすぎてしまったかな。来年はもうちょっと、ここのお店の売り上げに貢献するようにします」
「よろしくお願いします」
そんなわけで、今年最後のバイトも無事に終えることができた。年明けは五日から。また頑張るぞ!!
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