第二十話 バイクでオフ会?

山南やまなみさん!」


 師団長さん主催のツーリングを明日にひかえ、やっと山南さんを捕まえることができた。「師団長命令」が出されてからも、山南さんはおつかいでお店には来ていたけれど、なかなか話すタイミングがつかめなかったのだ。


「ああ、御厨みくりやさん。いよいよ明日ですね。お天気も良さそうだし、気温もそれなりに上がりそうですよ」


 私の呼びかけに立ち止まり、振り返る山南さん。そして相変わらずの敬語。言葉づかいはどうやっても改まらないと、最近では半分以上あきらめている。


「それは良かったです。じゃなくて」

「じゃなくて?」

「明日、なにか持っていくべきものはあるのかなって、それを聞きたくて」

「特にこれと言って」


 あっさりとした答えが返ってきた。


「そんなことないでしょー。まあ、服装に関してはわかってますけど、お弁当とか飲み物とか。お天気が良いならカッパはいらないかな。とにかく、そんな感じのものです」


 山南さんは、ああなるほどと、うなづく。


「あまり大きな荷物を持ってきたら、大変なのは御厨さんですからね。まあ、財布とスマホと小さなペットボトル1本ぐらいで大丈夫なのでは? 休憩も何度か入れますし、食事は目星をつけた店があるので、気にしなくても問題なしですよ」

「だったら、いつものリュックより小さいので入りそう。あ、メットは自分のを持っていったら良いですか?」


 その質問に、山南さんは私の頭を見た。どうやら大きさをはかっている様子。


「こっちにも予備がありますが……ちょっと御厨さんには大きいかな。いつも使ってるのを持ってきてもらうと、助かります」

「了解です」

「他に質問は?」

「その敬語、まだ続きます?」


 私の言葉に、山南さんは笑い出した。


「まいったな。もうあきらめてくれたと思っていたのに」

「あきらめてませんよ。そっちが努力するって言ったから、黙って様子見しているだけです」

「これでも努力してるんですけどねえ……」

「一体どのへんが?」


 その点は山南さんもわかっているらしく、困ったなあと頭をかいている。


「ま、別に良いんですけどね。敬語だろうがタメグチだろうが、山南さんは山南さんなんだから」

「それって、もう努力しなくても良いということですか?」

「いいえ。努力しますと言ったのは山南さんなんだから、努力はしてください。それとも、あきらめて降参します?」


 山南さんは「降参」という言葉にピクリと反応した。


「ははーん、誰かに入れ知恵されたかな……?」

「なんのことですか」

「降参するかって言えば俺が努力を続けるって、誰かに言われたでしょ?」


 わかってますよと言いたげな顔をする。だけど私には、なんのことかさっぱりだ。


「本当になんのことか、さっぱりですよ」

「さて、どうかな。御厨さんの後ろには、仰木おうぎさんだけでなく、尾形おがた斎藤さいとうがいるから油断がならないなあ」

「なにも言われてないですって」

「そういうことにしておきます」


 山南さんは、軽くあしらうような返事をした。


「本当にそうなんですって」

「はいはい」

「なんですかー、そのいい加減な返事はー!」


 本当に、なにも言われてないのに!


「御厨さんより俺のほうが、仰木さん達との付き合いが長いってやつですよ」

「あ、私が言ってること、信じてませんね?」

「御厨さんのことは信じてますよ。自分の想像だと、御厨さんはあの三人のうちの誰かに、気づかないうちに吹き込まれたんでしょうからね」

「ちょっと、なんですか、それ!!」


 山南さんは笑いながら、じゃあ仕事があるのでと、廊下を歩いていく。


「もう! 私、本当に入れ知恵なんてされてませんからね!!」


 最後に大声で言うと、山南さんは背中を向けたまま、片手をヒラヒラさせた。



+++++



 当日、集合場所に向かうと、すでに山南さんがバイクをとめて待っていた。思わず遅刻した?!と慌てて時計を見ると、まだ集合時間十五分前でホッとする。早めに来たと思っていたけれど、自衛隊さん的には、これでも遅すぎるぐらいみたいだ。


「おはようございます! 今日はお誘いいただき、ありがとうございます!」


 走っていくと、私に気がついた山南さんが、ほほ笑んだ。


「いえいえ、こちらこそ。無茶な師団長で申し訳なく」

「そんなことないですよ!」

「いやいやいやいや。今ここにいるのは自分達だけなので、そこは正直にどうぞ」

「そんなこともあるかもです」

「ですよねー」


 自分達のやり取りに、思わず声をあげて笑ってしまう。


「もしかして、お待たせしちゃってました?」

「そんなことないですよ。こっちで調達するものがあったから、早めに来ただけなんですよ。師団長と奥様は、近くのコンビニで飲み物を調達中です」


 山南さんのバイクの隣に、大きなバイクがとめてあった。どうやらこれが、師団長さんのバイクらしい。


「御厨さんも、トイレに行っておいたほうが良くないですか? 休憩は入れますが、走り出したらしばらく止まらないので」

「大丈夫です。ここに来る前、駅のトイレですませてきました」

「だったら問題なしですね」


 待っている間に、二人のバイクをじっくり見物させてもらうことにする。


「ところで御厨さん、二人乗りしたことは?」


 師団長さんのバイクも見させてもらっていると、山南さんが私に質問をした。


「こんな大きなバイクでは初めてです。だから大丈夫かなって、ちょっと心配」

「なるほど。師団長のバイクは大きいから、バックレストも大きくて安心して座っていられますが、自分のほうはそこまでではないので。初めてなら、ベルトをつけさせてもらっても?」

「ベルトですか?」

「子どもさんを後ろに乗せる時に、落ちないように前に乗る人間とつなぐベルトがあるんですよ。走ってる途中で、うっかり御厨さんを落としちゃったら大変なので」

「お任せします」


 私も走ってる途中で落とされたら困る。だったら子ども扱いだろうがなんだろうが、ベルトを使ってもらったほうが安心だ。


「ならそれは決まりと。あと、乗ってるときの通信用のインカムを渡しておきますね。途中で気分が悪くなったりとか、どこか痛くなったりしたら、遠慮なく声をかけてください」


 ヘルメットにつけるインカムを渡された。


「けっこう本格的なんですね」

「以前つけずに走った時、トイレに行きたくなった斎藤に頭をはたかれたもので。以後は、自衛のために使うようになりました」

「なんとまあ」


 斎藤さんも、なかなか容赦がないなと笑ってしまう。


「走っている時の注意事項としては、ベルトに頼らずしっかり捕まってもらうこと、それから気分は俺の荷物でお願いします、ぐらいかな」

「ああ、カーブの時の体重移動のことですね。それはわかってます」

「ならけっこうです。ああ、それと実は残念なことが一つ」


 山南さんが人差し指を立てた。


「なんですか?」

「今日のツーリング、実は仰木さん夫婦も参加する予定だったんですよ。残念なことに、直前でキャンセルになってしまって」

「え?! 慶子けいこさん、旦那さんと来るはずだったんですか?」

「はい」

「うっわー、それすごく残念! 慶子さんの旦那さん、是非ともお目にかかりたかったー!」


 そう言いながら、ふと気になった。


「まさか、体調を崩したとか?」

「いえ。旦那さんの仕事で急に欠員が出てしまったらしく、急きょ行くことになったという話でした」


 それを聞いてホッとする。


「そうですかー。噂の旦那さん、会いたかったなー、本当にざんねーん」


 話を聞くだけでもラブラブな雰囲気の御夫婦なのだ。是非とも旦那さんともお会いしたい。それに、どんなバイクに乗っているのかも気になる!


「おはよう、御厨さん」


 そこへ師団長さんが戻ってきた。その横では、リュックにペットボトルのお茶を入れている女性がいる。


百合子ゆりこ、紹介しておくよ。うちの駐屯地のコンビニで働いている御厨さんだ。御厨さん、こちらがうちの嫁さん」

「初めまして。御厨です。今日はお誘いいただき、ありがとうございます」


 頭をさげた。


「初めまして。大野おおのの家内です。きっと無理に誘って、最後には師団長命令!って無茶ぶりしたんでしょう? 本当のこと言っても良いのよ?」

「え」


 声がひっくりかえって目が泳いだ。それは私だけでなく、師団長さんも同じだった。師団長さんがあの様子だってことは、多分、横にいる山南さんも同じような顔になっているはず。


「本当に、ここは体育会系っていうか縦社会よね。たまにはイヤですって、断っても良いのよ、山南君」

「あー、いえ、自分も楽しんで走っているので」

「そちらはどうなの?」


 奥さんが私を見た。


「山南さんのバイクに、乗せてもらいたいなと思っていたのは本当なんです!」


 師団長命令の言葉は飛び出したけれど。


「あら、そうなの?」

「はい。山南さんはどうか知りませんけど、師団長さんに命令を出してもらって、ラッキーだったかも」


 そこは誓って本当だ。


「そうなの。あなたの無茶ぶりも、たまには役に立つのね」

「たまにはってなんだ、たまにはって」


 師団長さんがブツブツともんくを言ったけれど、奥様はまったく気にしている様子がない。さすが師団長の奥様!


「さて、今日は芦ノ湖あしのこまで行こうと思う。初めて参加する御厨さんもいるから、休憩場所は多めに立ち寄ることにした」

「ありがとうございます。気をつかわせてしまってすみません」

「大丈夫。私も年だから、休憩はたくさん入れないと疲れちゃうのよ。無茶な行軍をしなくてすんで、私も助かるわ」


 奥さんが笑った。


「それと二人の体力次第だが、余力があったら御厨さん、ちょっと足をのばして、富士の演習場を見にいくかい? もちろん今は演習をしてないから、ただの広い野原だけどね」

「演習場って、前に山南さん達が行ったあそこですか?」


 たしか大きな演習が行われる場所だったはず。


「それそれ。せっかくだから、どんなところか見ておくのもどうかなって思うんだ」

「どうせなら、富士学校の見学に連れていってあげれば良いのに。演習場よりと離れているけれど、頑張れば行けるでしょ?」


 奥さんが師団長さんに提案をする。


「見学する時間を考えると、さすがに日帰りは無理だろ。俺達も泊りの許可はもらってないからな」

「ああ、なるほど。毎度のことながら、不便なことよね。じゃあ、富士学校の見学は、また今度ってことにしましょう。御厨さん、次を楽しみにしててね」

「はい!」


 富士学校ってどんなところだろう。家に帰ってから調べてみよう。


「次よりまずは、芦ノ湖だ。さあ、行くぞ」


 そんなわけで、私達はツーリングに出発した。

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