第十九話 異業種交流?
しばらくして、講習を終えた隊員さん達が、仕事に戻る前の一息をつくためにやってきた。その中に、白バイ隊員さんの姿もあった。その場にやってきた全員で、バイクで走る時のコツやらなにやらを、楽しそうに話している。こういうところは、自衛官とか警察官と関係なく「バイク男子」っぽい。
「いらっしゃいませー」
それぞれが、思い思いの飲み物を買っていく。
「おごりますよ」
「職務中のそれは、さすがにまずいので」
「ああ、まだ仕事中だった」
「皆さんのおかげで、今日は楽しい講習でした」
「オフで一度、走りに行きませんか」
「うちの白バイ隊、女性もいますが、かまいませんか」
「うちの偵察隊にも、女性がいるんですよ」
「では男女混合ということで」
「そうしましょう!」
どうやら、バイクオフの計画で盛り上がっているようだ。
―― 見たら寿命がのびる白バイ隊員さんて、あの人かなー…… ――
見た感じ、
―― ふむ。寿命、のびるかな。拝んでおこう ――
心の中で手を合わせておく。そこへ白バイ隊員さんが、レモン風味のミネラルウォーターのペットボトルを手にやってきた。
―― おお、買うものもさわやか系? ――
お支払いはICカードだった。考えたら今は職務中。お財布を持っていなくても不思議じゃない。
「あ」
「あ?」
隊員さんが、私の顔を見て声をあげた。
「もしかして、ピンク色の蛍光色を背負うか着るかして、このへんを走ってますか?」
「え? ああ、はい」
リュックもジャンパーも蛍光ピンクだ。最初は黄色にしようと思ったんだけど、さすがに目がチカチカするのであきらめた。最近では、蛍光オレンジでも良いかなと思い始めている。
「ああ、やっぱり。たまに見かけるんですよ、ここの駐屯地の前で」
「そうなんですか」
「ここの門に入る時、左右確認がおろそかになっているのが、目についたもので」
「あ、すみません、気をつけます……」
交通課の隊員さんらしい言葉に、思わず首をすくめた。さすが交通課の隊員さん。よく見ているなと、感心してしまった。
「まあここは、立っている自衛官さんがきちんと見ていらっしゃるので、心配はないと思いますけど。なにごとにも、万が一ということがありますので」
「はい、気をつけますー……」
まさかここで注意を受けるとは。目立つ色も考えものだ。別に違反をしているわけではないけれど、ちょっと色を考えよう。
「バイトさん、白バイさんとお知り合いなんですか?」
次にお会計をしに来た隊員さんが声をかけてきた。この人は、山南さんと同じところにいる隊員さんだ。
「いえ。たんに蛍光ピンクが目立っていて、白バイさんの目についたってやつですかね」
「たしかにあれは目立ちますよね。初めて見た時は、なんじゃありゃって驚きましたから」
「え、そうなんですか? だったら言ってくださいよ~」
最初にジロジロ見られていたのは、やはりそういうことだったのだ。いまさらだけど、蛍光ピンクはやめた方が良いだろうか?
「いやいや。別に変だとは思ってないので。原チャリで走るから、大型トラックから見えやすいようにしてるんだろうなって、みんな納得の色ですから」
「そうですかー?」
「バイトさんのトレードカラーのようなものですから、いまさら変えないでください」
「えー……」
やめようと思っているのに、変えないでくださいと言われるなんて。さてはて、どうしたものか。
「ところで、山南三曹のバイクは見ました?」
「はい。講習を見ていたら、ちょうど山南さんが走るところだったんですよ。大型バイクでかっこよかったです。しかも、走りがすごく安定していて、感心しちゃいました」
「ですよね。偵察隊から、お声がかかるぐらいなんですよ」
「偵察隊さんて、バイクを使ってますもんね」
たまに、障害物を越えて走る訓練をしているのを、見かけることがあった。もちろん一般的なカラーリンクではなく、自衛隊独特の緑色の車体だ。
「ま、うちの隊長は、こっちの人間を勝手に勧誘するなって、いつも怒ってますけどねー」
そう言って笑う。
「みなさん、ツーリングとか行かないんですか?」
「行きますよ。休みの都合もあるので、全員は難しいですけど。あ、バイトさんも一緒にどうですか?」
「私はほら、原チャリですから。皆さんについていくの大変だと」
「うちのメンバーにも原付組がいますから、そいつらの時に参加したら良いと思いますよ。あ、それか、山南三曹の後ろに乗せてもらうとか? タンデム参加、大歓迎です」
隊員さんはニコニコしながらそう言った。
「え、バイトさんもツーリングに参加するって?」
後ろから、他の隊員さん達がやってくる。
「今、誘ってるところ!」
「そういうのは、山南三曹を通してじゃないと!」
「それか
なにやら私には理解できない、不思議なルールが存在している様子。
「あの、皆さん、お仕事の時間がまだ終わってないんじゃ?」
私の言葉に、その場にいる全員がハッとした顔をした。
「あああああ、そうだった!! じゃあバイトさん、また今度ーー!!」
慌てた様子でお会計をすませると、全員がダッシュして走っていく。私はその背中を、あっけにとられて見送った。
+++++
お仕事が終わる時間になって、山南さんがお店に顔を出した。
「いらっしゃいませ! 師団長さんも一緒に来るなんて、珍しいですね」
山南さんと一緒にやってきたのは、
「こんにちは、
「そうなんですか? それはお疲れさまでした。ちなみに師団長さんは、どんなバイクに乗られてるんですか?」
「大型だよ。ちなみに1,800。こいつは1,300」
山南さんの肩に手を置いて、ニヤニヤしながら言ったところを見ると、師団長さん的に、そこだけはおさえておきたいポイントのようだ。どちらにしても、原チャリにしか乗れない私にとっては、尊敬してしまう大きさだ。
「大きいバイクなんですね! 二人ともすごーい!」
「残念なのは、せっかく外に住んでいるのに、そのバイクで通勤できないことさ」
「え、そうなんですか? それはまたどうして?」
ここの駐屯地でも、バイク通勤している人は何人も見かける。大型はダメなんて、あまり聞いたことないんだけど、どうしてだろう。
「陸将ですからね。運転手付きの車での通勤なんですよ」
首をかしげる私に、山南さんが説明してくれた。
「そうなんですか?」
私がそう言うと、師団長さんはため息をつく。
「偉くなると、それなりに不自由になるのさ。まったく困ったもんだよ」
「なにを言うんですか。師団長になにかあったら一大事です」
山南さんが、真面目な顔をして口をはさんだ。
「俺は安全運転なんだけどな」
「そういう問題ではないと思います。これは規則ですから。師団長らしく、大人しく送迎されてください」
「……と、うちの山南が申しております」
師団長さんは肩をすくめながら、冗談めかしにそう言った。
「だから、たまの休みには思いっ切り走ることにしているんだ。ああ、スピードを出すって意味ではなく、遠出をするってことなんだけどね。山南、次の休みは付き合えよ? これは師団長様の命令だからな」
「了解しました」
山南さんは、私に目を向けて笑う。
「同じ日に公休をとられてしまっては断れなくて」
「おい、俺の誘いを断るつもりなのか」
「まさか。ありがたく受けさせていただきます」
二人の様子を見ていると、なんだかんだと言いながら、楽しんで走る関係のようだ。
「ああ、御厨さん、君もどうだい。こいつの後ろに乗せてもらって」
「私ですか?」
いきなり誘われて、思わず聞き返した。
「俺は嫁を後ろに乗せるからな。山南、御厨さんぐらいなら、後ろに乗せてもまったく問題ないだろ。野郎ばかり乗せるのもけっこうだが、たまには女性もお乗せしろ」
「師団長、御厨さんにも都合というものがあるでしょう。いきなり誘うなんて無茶ですよ」
「来週の土曜日を予定しているんだがね。どうだろう?」
「……こっちの話は無視ですか」
師団長さんが私に質問をして、山南さんはその横で困った顔をしている。
「土曜日はバイトはない日ですけど、山南さんだって後ろに乗せる相手を選ぶ権利が」
「ないよ」
「ないんですか?!」
師団長さんの言葉にどういうこと?と、思わず山南さんの顔を見た。
「師団長命令ですから」
「ええええ?! でも、山南さんはそれで良いんですか?」
「まあ、集合場所でいきなり、見知らぬ女性を後ろに乗せろと命令されるよりマシかと」
「それってどういうこと……」
過去に、そういうことがあったということ?
「もちろん、御厨さんは部下ではないので、無理に付き合う必要はないですよ。遠慮なく断ってもらってかまいません。なにせ、自分達は
「山南、余計な入れ知恵はよせ」
「でも、御迷惑では?」
山南さんは、見知らぬ女性よりマシな程度だと言った。だったら、ここは断るのが無難な気がする。そりゃあ、大きなバイクに乗ってみたい気はするけれど。
「ほら見ろ、山南。命令されるよりマシなんて言うから、御厨さんが気をつかっているじゃないか」
「え、別に御厨さんを乗せるのがイヤってわけじゃなくて。それに迷惑なんてとんでもない。ただ、いきなりのことですから、御厨さんが迷惑なんじゃ?と思っただけで」
そこで師団長さんが、わざとらしい大きなため息をついた。
「二人して相手の迷惑を心配しているのか。なかなか面倒くさい状態だな。だったら、二人とも俺の命令ってことで、土曜日のツーリングに参加しろ。山南はライダーとして。御厨さんは山南のタンデム相手として。たまには異業種交流だ。これは決定事項で異論は認めない。以上!」
「了解しました」
「了解しましたー……」
なぜかその勢いにおされ、私は、山南さんと一緒に、師団長さんに向けて敬礼をしてしまった。
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