第六話 山南さんと愉快な仲間達

 門まで走っていったところで、歩道で何人かの人が、一か所に固まって立っているのが見えた。お店に来たお兄さん達だ。私の顔を見て、なぜか全員が不審げな顔をする。


「お疲れさまですー」


 無視するのも失礼なので挨拶をした。すると、お兄さん達が近寄ってくる。そのまま蹴散らして走り去るわけにもいかないので、一旦停止をした。


「あれ?!」

山南やまなみ三曹に、会いませんでした?」

「まさかのニアミス?」

「一本道なのに、なんで?」

「山南三曹失踪事件?」

「宇宙人に誘拐されたとか?!」

「宇宙人じゃなくて、師団長に捕まったとか?!」

「宇宙人はともかく、師団長はあり得る!!」


 言葉が出るたびに、どんどん話が横道にそれていく。最初の質問は、私が山南さんと会ったか?だったはずなのに、いつのまにか山南さんは、地球の外に連れていかれたことになっていた。


「山南さんとは会いましたよ。多分、もうちょっとしたら、ここに来ると思います」


 自分が走ってきた道路を指でさす。


「え?!」


 全員が声をあげた。


「ほら、私、この通り原チャで、後ろに人は乗せられないですし、さすがに原チャと同じ速さでは、走れないですから、ね……?」


 お兄さん達の顔を見ていたら心配になってくる。まさか、原チャリと同じスピードで走ることが可能とか? いくら屈強な自衛官さんでも、それは無理な気が。


「ふられた、だと?」

「え?」

「送るって言われませんでした?」

「言われましたけど、私、この通り、原チャリ通勤ですので」

「……」


 変な沈黙が流れた。


「山南さんにも、そう言いましたよ?」

「で?」

「で?とは?」

「山南三曹はなんと?」

「このへんは交通量が多いので、気をつけて帰るようにと」

「ええええええ?!」


 全員がものすごい声をあげる。その声に、門前で立っていた自衛官さんが、私達に視線を向けた。


「あの、ここで騒ぐのはダメなんじゃ……?」

「本当に、山南三曹はそう言ったんですか?」


 こっちの話はまったく耳に入っていない様子だ。


「……はい」

「あっさりと?」

「はい」


 その場にいるお兄さん達は、信じられないという顔をした。


「信じられない」

「あの三曹が」

「武勇伝はガセだったのか」

「えー、ガッカリだ」

「あのー……?」


 こっちの存在をすっかり忘れている様子に、どうしたら良いのかと途方に暮れる。


「お前達、そこでなにしてるんだ……」


 後ろから山南さんの声がした。


「三曹、ここは武勇伝発動じゃないんですかー?」

「一撃必殺とか、見敵必殺は、どこいったんすかー!!」

「……なにを言ってるんだ、お前達」


 あれこれ言ってくるお兄さん達に、山南さんはすっかりあきれている。そして私がその場にいることに、あらためて気がついたようだ。


「ああ、すみません、足止めをしてしまって。ここは自分がおさめるので、帰ってください」


 とたんに、お兄さん達からブーイングがおきた。そして口々に「ありえない」と言っている。


「ありえないとはなんだ、ありえないとは。ほら、道をあけろ。往来の人達に迷惑をかけるんじゃない。御厨みくりやさんも、どうぞ、帰路についてください」

「……けんてきひっさつって、なんですか?」

「御厨さんまで……」


 額に手をやって大きな溜め息をつく。


「バイトさん、明日も出勤ですか? 時間は?」


 お兄さんの一人が、私にたずねた。


「土曜日と日曜日はお休みもらってます。学生さんが入ってくれているので」

「自宅はここから遠いんですか? 原チャリでないと通勤不可能?」

「いえ、電車で二駅ですから、特に支障は」

「なら、今から歓迎会、どうですか?」

「はい?」


 その言葉に、私だけではなく、山南さんも目をむいている。


「お前達!」

「せっかく新しいバイトさん来たんです。皆、お世話になるんですから、歓迎会しないと!」


 その言葉に、なるほどと思ったのは私だけで、山南さんは違った。


「今まで、バイトさんの歓迎会なんて、一度もやったことないだろ」

「なにごとにも、初めてというものはあります!」

「貴重なバイトさんです!」

「そうですよ。定着してくれなかったのは、自分達に不備があったせいかもしれませんし!」

「バイトさんの待遇を改善しないと!」


 目の前で、よくわからない謎理論で、私の歓迎会の計画が進んでいる。


「もちろん、おごりです!」

「バイトさんの分は、山南三曹持ちになりますから、バイトさんは心配しなくても良いですよ」

「俺がおごるのかよ……」


 そんなぼやきも無視された。


「あ、もちろん、いかがわしいお店じゃないので安心してください。今夜いくところは、全国チェーンの居酒屋なので!」

「えー……?」


 本当に良いのだろうか? そう思いながら、隣に立ち尽くしている山南さんを見あげる。


「歓迎会、ね。御厨さん、ご迷惑でなかったら、つきあってもらえますか……もちろん、我々のおごりです」


 山南さんは、「我々の」の部分をかなり強めに言った。



+++



 そんなわけで、今、私はお兄さんばかりに囲まれて、ちんまりと座っている。全員が私服だけど、髪を短く刈っているせいもあってか、どうやっても一般人には見えない。


「あのー……」

「なんでしょう」


 隣の席で、半分、魂が抜けたみたいになっている、山南さんに声をかけた。


「皆さん、敬語ですけど、ここでは山南さんが一番偉いんですか?」

「同じ階級の隊員も、いるんですけどね」


 そう言いながら、自分の向かい側に座っている、お兄さんを指さした。さされた人は、グラスを片手にニカッと笑う。


「ちなみに、こいつと、こいつの隣のヤツは、同い年で同じ年に入隊したんですよ。ちなみに階級も同じです。さっきは、他の連中の後ろに隠れて、ニヤニヤしてましたけどね」


 山南さんはそう言って、二人を軽くにらんだ。


「そうなんですか」

「どうも。そいつと同じ中隊にいる尾形おがたです」

「同じく、斎藤さいとうです」


 名乗った二人は、相変わらずニヤニヤしている。


「あ、ところで、けんてきひっさつって、どういう意味なんですか?」

「本当の意味はかなり物騒なんですけどね……」

「サーチアンドデストロイってやつだね」


 尾形さんが説明をしてくれた。


「簡単に言えば、見つけしだいぶっ殺すって感じかな。ま、それを山南の武勇伝に引っ掛けたわけだ」

「なるほど……」


 と、言ったものの、やはりよくわからない。


「ちなみに、その山南さんの武勇伝ってやつは、一体どういうやつなんですか?」


 横で山南さんが激しくむせている。


「若いころは、色々とバカをやったって話ですよ。それに尾びれ背びれがついて、若い連中におもしろおかしく伝わっているんです。武勇伝なんてもんじゃないですよ」

「ご安心ください。普段のこいつは、実に温厚な、カピバラみたいな男です」

「カピバラ……」

「ところでお前達、今日は飲み会には参加しないって、言ってなかったか?」


 怒ったような顔をしながら、二人に人さし指をむけた。


「そりゃあ、お前、面白いことがありそうだって聞いたら、参加したくなるだろ」

「だよなあ。で、参加して良かったよ。実に面白い」

「なにが、面白い、だ。俺はぜんぜん面白くないぞ……」


 どうやら、その面白いことというのは「私の歓迎会」のようだ。


「すみません、歓迎会なんてしていただいて。週末はのんびり飲みたいですよね」

「いや。御厨さんのせいではないですから、お気になさらず。ごらんの通り他の連中は、すでに歓迎会だってこと、忘れてますから」


 私達四人以外のお兄さん達は、みんなで乾杯した後は、好き勝手に飲んだり食べたりしている。たしかにあの様子だと、私の存在は忘れていそうだ。


「出たよ、カピバラモード」

「御厨さん、こいつのカピバラモードに、だまされたらダメだからね」

「そうそう。油断すると、とんでもないカピバラだから」


 尾形さんと斎藤さんが、ニヤニヤしながら口をはさんできた。


「やめろ、そのカピバラっていうのは。……御厨さん、なに見てるですか」

「え、どのへんがカピバラなのかなあって……見た目は違いますよね?」


 カピバラと言えば、のんびりとお湯につかっている姿が浮かぶ。だけど横にいる山南さんは、どう考えてもそんな感じには見えない。ああ、それとも、温泉好きとか?


「温泉が好きとか?」

「え……」

「ほら、カピバラって聞くと、真っ先に温泉につかってるシーンが浮かぶので。あれ、それって私だけですか?」

「いやあ、どうなのかな……」


 微妙な顔をしながら、山南さんはビールのグラスに口をつけた。尾形さんと斎藤さんは、イヒヒヒと笑い、私と山南さんのグラスに、新しいビールを注いだ。


「……ところで、御厨さんは、まったく質問してきませんよね?」


 グラスが半分になったころ、山南さんが話かけてきた。


「なんの質問ですか?」

「自分、いえ、俺達が、どんな部隊に所属しているとか、どんな任務をしているのかとか、そんな質問です」

「あー。実のところ、今まで自衛隊さんと接したことが皆無なので、なにを質問したら良いのかすら、わからない状態で。災害派遣とか海外派遣とか、ニュースでは見たことあるんですけど」


 私にとって、自衛隊というのは、テレビの向こう側にいる人達だった。ここのバイトを始めるまでは。


「じゃあ、逆にこっちから質問します。俺達は、どんな仕事をしていると思ってますか?」


 質問をされたので考えてみる。


「そうですねえ……陸上自衛隊さんだと、戦車を動かしているとか、なんか、こーゆーのを肩にかついでるのとか」


 身ぶり手ぶりで説明をした。


「ああ、それ。正解だよ、御厨さん」

「うん、正しい」


 尾形さんと斎藤さん、そして山南さんが、うんうんとうなづいている。


「そうなんですか?」


 今の説明で私がなにを言いたかったのか、三人ともわかってくれたらしい。


「俺達、そういうのをかついで、撃ってるから」

「イメージとしては、一番、オーソドックスな陸自ってやつだね」


 ちゃんと伝わっていたようで安心した。


「皆さん、そこの所属ってことなんですね?」


 目の前にいる人達を見渡す。


「その通り。俺達は、あの駐屯地の普通科連隊ってところに所属している。ほら、名前からして「普通」で、陸上自衛隊の代表って感じでしょ?」

「それ、機甲科の連中に聞かれたら、ただではすまないと思うけどな……」


 山南さんが愉快そうに笑った。


「ちなみに、キコウカとは?」

「いわゆる、戦車を動かしている部隊のこと。残念ながら、うちの駐屯地にはいないけどね」

「へえ……」


 私が知らないだけで、陸上自衛隊には、色々な部隊というものが存在しているようだ。

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