第二話 いざ面接、そして採用

 建物の中にあるコンビニは、いつも見ているコンビニとはちょっと違っていた。もちろん、普通のコンビニと同じで、お菓子やカップラーメン、そして日常で使う物も並んでいる。だけど、店内の一角があきらかに異質だった。


「はー……これが駐屯地内のコンビニの品ぞろえ……」


 そこにならんでいる商品をながめていると、年配の女性が、バックヤードから出てきた。私の顔を見てにっこりすると、カウンターの向こうから出てくる。


「もしかして、バイトの面接に来てくださったかた?」

「あ、はい。御厨みくりやといいます。今日はよろしくお願いします」


 頭をさげた。


「ここを任されている仰木おおぎです。バックヤードは狭いから、あっちに座りましょうか」


 仰木さんはそう言うと、お店のバックヤードではなく、お店の前にある談話スペースのような場所をさす。


「お店にいなくて大丈夫なんですか?」

「今の時間、駐屯地にいるほとんどの人は仕事をしているか、訓練をしているかなの。見える場所にさえいたら大丈夫よ」

「なら良いんですが……」


 並んで椅子に座ると、リュックから履歴書を出す。


「こちらが履歴書になります」

「はい、たしかに。いま、読ませてもらっても良いかしら?」

「どうぞ」


 仰木さんが履歴書に目を通し始める。


「あら、もう学校は卒業してるのね」


 言われると思ったと、心の中で溜め息をついた。短大を卒業してから半年。今の私は、就職もせずに、呑気にバイトをしていると思われても、しかたのない状況だった。


「あー……いわゆる就職浪人というやつです。内定がとれたと思ったら、そこの会社が、急に業績が悪化したとかでリストラ始めてしまって。それで内定もなかったことに」

「あらまあ。それは気の毒に」


 仰木さんは気の毒そうな顔をした。


「それもあって、学生時代からバイトをしていたコンビニで、そのままお世話になっていたんです」

「なるほどね。でもそうなると、もう次の就職活動をしなければいけないんじゃないの?」

「それはそうなんですが……」


 バイト先のアットホームな空気が好きで、そのまま居ついてしまいそうな状態だった。それではいけないと、自分でもわかってはいるのだけれど……。


「自衛隊、32歳までなら入隊できるそうよ。あなたの年齢なら、まだ十分に猶予はあるわよね。就職先候補の一つにしてみたらどう?」

「え?!」


 ここでもまさかの勧誘とは。駐屯地内のコンビニの人にまで言われるなんて、自衛隊って、どれだけ人が足りていないんだろう。それとも、ここだけが特別、飛び抜けて人が不足しているんだろうか……?


「あの、私が自衛隊に入ってしまったら、こちらのお店が困るのでは? バイトが足りないんですよね?」

「そうだった! いつも人事の人から、入隊者数が増えないって愚痴を聞いているものだから、ついリクルートしちゃった!」


 舌をペロッと出して笑い出す。


「自衛隊さんも大事だけど、まずはうちのお店のバイトの確保よね。今のは忘れてちょうだい! それに、就職先が見つからないから自衛隊はどう?なんて、自衛隊さんに失礼よね! さっきのは二人だけの秘密よ?」

「わかりました」


 履歴書を封筒に入れると、仰木さんは私のほうに体を向けた。


「じゃあ最後に、一つだけ質問するわね。就職うんぬんは別として、御厨さんの、自衛隊に対しての印象はどうなのかしら?」

「どうとは?」


 いまいち質問の意図がつかめず、首をかしげる。


「んー……なんて言うのかしら、好きとか嫌いとか?」


 その言葉に、あらためて考えてみる。


 今まで、近くに自衛官をしている人はいなかった。もちろん、短大の友達にも、自衛官になった人はいない。つまり、私の生活の中にある『自衛隊』は、ニュースに出てくる程度の存在だ。だから、好きとか嫌いとか、そういうことを感じるほどの身近なものではなかった。


「私の中の自衛隊さんって、テレビの向こう側の存在なんです。今のところ、大きな災害にも遭遇したことはありませんし。だから、好きとか嫌いとか、そういうのを感じることすらできないというか」


 私の答えに、仰木さんはにっこりとほほ笑んだ。


「正直で大変よろしい」

「あの、好きでないとダメですか?」

「そんなことないわよ。下手に好きすぎて興味津々きょうみしんしんだと、色々と困ったこともあるから」

「そうなんですか?」


 そう言えば、ここに送ってくれた隊員さんが、そんなことを言っていたような。


「あ、もしかしてそれって、バイトさんが長続きしないっていうのと、関係あることなんですか?」

「そうなの。私達の仕事はね、お店で商品を売ることなの。その点をね、わかっていない人も多くて」


 困ったことよねと笑う。


「さっき、ここまで送ってくれた自衛官さんが言ってました。マニアの延長みたいな考えで応募してきた人は、自分が想像していたバイト生活じゃないから、長く続かないって」

「そういうこと。自衛隊さんにとっては、好きで興味がある人がいるのは、ありがたいことだと思うのよ。でも、その活動を見たいなら、バイトではなく、駐屯地の創立記念に来てもらうのが一番ねってこと」


 それから交通費や時給のこと、そしてお店の営業時間についても教えてもらった。街中にあるコンビニは基本24時間営業だけど、ここは朝の7時から夜の10時までらしい。これはどうやら、門限や消灯時間と関係しているようだ。それと、さっきの話にも出た創立記念日や一般開放がある日は、ここもイベント仕様の陳列になるので、その前後はできるだけシフトに入ってほしいことなどなど。


「基本的な仕事は、他のコンビニと変わらないわね。扱っている商品の中に、自衛隊の人達が使う物があるだけで」

「なるほど」


 その商品に関しても、扱いは他のコンビニと大差はないということだった。最近はレジの性能もあがり、最初に商品のコードを読み込ませて登録しておけば、大抵のことはレジが勝手にやってくれる。つまり極端な話、人間がするのは、商品出しをして、バーコードリーダーでコードを読み取るぐらいなものなのだ。まあ、それがなかなか、骨の折れる仕事ではあるのだけれど。


「シフト的には、どこに入るのが良さそうですか?」

「今いるバイト君は、ほとんど大学生さんなの。だから授業があることが多い、その時間帯に入ってくれると助かるかしら。長期の休みは、要相談ってとこね。御厨さんはこちらが地元?」

「実家を出てアパート住まいですけど、実家は同じ市内ですから、夏休みも融通がきかせられると思います」


 そう言うと、仰木さんはホッとした様子だった。


「じゃあ、その時にまた、相談させてちょうだいね」

「わかりました。いつから始めましょうか。ここのお店のやり方もあるでしょうから、しばらくは誰かについてもらうと助かるんですが」

「そうね。だったら、明後日の朝からどう? その日は私が朝からここにいるから、そのつど、教えてあげられるわ」

「わかりました。お願いします」


 思わぬところで一日、空きができた。明日はゆっくり寝られそうだ。


「それと、業者用の入門許可証を作るから、写真を一枚、履歴書に貼ってある写真が余っていたら、それでかまわないから、次の時に持ってきてね」

「はい。あ、お客さんが来られたみたいですよ?」


 お店に、制服を着た人が入っていくのが見えた。


「あら、駐屯地の司令さんだわ」

「え。ここで一番偉い人ですか?」

「まあそうとも言うわね。せっかくだから紹介しておくわね。これからもきっと、顔を合わせることになるだろうから」

「ええ?!」


 戸惑う私の手をとると、そのままお店へと引っ張っていく。


「いらっしゃい、永倉ながくらさん。今日はなにをお求めかしら?」

「ああ、そっちにいたんですか。今日はねえ……そちらは?」


 その自衛官さんが、私に視線を向けた。


「新しくバイトに来てくれることになった、御厨さん。御厨さん、こちらはここの駐屯地の司令さんで、永倉さん」

「御厨です。よろしくお願いします」


 ペコリと頭をさげる。


「永倉です。見ない顔だと思ったら、ここの新しいバイトさんか。てっきり、うちへの入隊希望者かと期待したのに」

「残念でした。陸自さんより、うちの店の人員不足のほうが深刻なんですからね。良い子だからって、そっちに引っ張ろうなんて考えないように!」

「心得ました。仰木さんは私の先輩の奥さんでね。この年になっても頭があがらないんだ」


 二人の親し気なやり取りをながめていた私に、その人は悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべて、そう言った。


「はいはい、おしゃべりはそこまで! 司令がフラフラしていたらダメなのは、私にもわかりますよ。さっさと買うものを決めて、自分のお部屋に戻りなさい」

「だったら、新しく出たプリン、今日はまだあるかな?」

「残念でした。それは朝一番に、師団長の大野おおのさんが買い占めていかれましたよ」


 それを聞いた司令さんは、悔しそうな顔をした。


「あー、またかー! まったく、師団長の素早さときたら! じゃあ、いつもの焼きプリンを一つで……レジ袋は不要です……」


 見るからに屈強な自衛官さんが、プリン一つの存在に一喜一憂するなんて。とても不思議な光景だ。私が見ている前で、お支払いをすませる。そしてスプーンとプリンを受け取ると、心なしか嬉しそうな顔をして、そのまま廊下を歩いていった。


「普通にお買い物をしていかれるんですね……」

「驚くほど普通でしょ?」

「はい、驚くほど」

「そういうわけだから、明後日あさってからのバイト、よろしくね」


 仰木さんはニッコリとほほ笑んだ。


 面接を終え建物を出ると、原チャリをとめていた駐車場に戻る。門に立っていた自衛官さんが、こっちを見ていることに気づいた。さっきと同じ人だ。バイクを押して警備室の前まで行くと、その人に頭をさげる。


「バイト、採用されました。明後日あさってから、こちらでお世話になりますので、よろしくお願いします」

「それは良かった。オーナーさんに、入門証のことは聞きましたか?」

「はい。その時に作ってもらえるみたいで、明後日はまたここで、確認してもらわないといけないと思います」


 自衛官さんは了解しましたと、うなづいた。


「今日中に来訪者リストに追加されると思うので、当日、ここに立っている者に名乗ってください」

「はい。では失礼します」

「ご苦労様です。気をつけて」

「ありがとうございます」


 門を出ると、そのまま家路についた。いよいよ、新しい場所でのバイト開始だ。

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