恋もバイトも24時間営業?
鏡野ゆう
本編 1
第一話 バイトなのに転勤
「なり手がないんですか……」
休憩中、うちの店のオーナーの奥さんから、知り合いが経営しているコンビニのバイトが、なかなか集まらなくて困っているという話を聞いた。
「うちは高校生でもOKなんだけど、そこのお店は高校生はダメなのよ。それもあってね」
「へえ……今どきそんな年齢制限があるなんて、珍しいですね。ここからだと、原チャリで二十分ってとこか……ってことは……」
頭の中に地図を思い浮かべ、自宅からのルートをたどってみる。
「どう? 行けそう?」
「そうですねえ……ま、うちのアパートはあっち寄りで逆に近くなりますから、通う分には問題ないと思います。電車での移動になっても、便利そうな場所だし」
「じゃあ、面接を受けてくれる?」
「わかりました」
奥さんの言葉にうなづいてから、あることに気がついた。
「コンビニのバイトが転勤なんて、初めて聞きました」
「しかも、うちとあそこは別会社のコンビニだしね」
たまたま、オーナーの奥さんどうしが同じスポーツジムに通っていて、なんとなく世間話をしているうちに、お互いにコンビニのオーナーをしていることがわかって意気投合。相手のお店のバイトが長続きせず、シフトの管理が大変という話になったらしい。そしてバイト要員として白羽の矢が立ったのが、そのコンビニに一番近い場所に住んでいる私だった。
「こっちのシフト、大丈夫ですか? うちだって、そんなに余裕のある人数じゃないですけど」
「なんとかなるわよ。あっちよりずっと多いから。うまらないようなら、私がかわりに立つから大丈夫」
奥さんはそう言ってから、そうそうと言葉を続けた。
「ここは間違えないでほしいんだけど、私達は、あやちゃんにやめてほしくないんだからね?」
「わかってます。話を聞いているうちに、あちらのオーナーさんが気の毒になっちゃったんですよね?」
「そうなのよ。うちも、バイトさんが来てくれない時の苦労はわかるからねー……」
そんなわけで、次の日、私はそのコンビニに向かうことになった。
+++++
どうして店舗に直接いくかって? 理由は簡単。バイトさんが少なくて、今日はオーナーさんが、終日お店にいる日だからだ。
「おー……本当に、自衛隊の敷地内なんだ……」
原チャリで向かったのは、とある陸上自衛隊の駐屯地。私の新しいバイト先は、なんと、駐屯地の中にあるコンビニらしい。
「あのー……」
原チャリを押しながら、門の奥に立っている自衛官さんに声をかけた。
「はい、なんでしょうか」
キビキビとした口調で答え、こちらにやってくる。
「あの、面接にー……」
「入隊希望者のかたですか?」
「いえいえいえいえ! コンビニのバイトの面接です。今日は、オーナーさんがお店にいらっしゃるということなので、うかがったのですが」
入隊なんてとんでもないと、首を横にふりながら用件を伝えた。心なしか残念そうな顔をした自衛官さんに、お名前は?と質問される。
「お名前をうかがえますか? 来訪予定者で確認しますので」
「あ、はい。
「少々お待ちください」
警備室に戻った自衛官さんは、ノートのようなものをパラパラとめくり、首をかしげると、こちらに戻ってきた。
「あの、もしかして、みくりや、とは、こんな字を書きます?」
空中で文字を書いている。それは何度も見た、私と初対面の人がやるしぐさだ。
「あ、これですよね」
リュックの中からお財布を引っ張り出し、そこから免許証を出して、相手に差し出す。
「ああ、これこれ、この字です。御厨さん、間違いなく、今日の来訪予定者に含まれています。どうぞ、お入りください。バイクは左の駐車場にどうぞ。コンビニはここから右に真っ直ぐ行って、突き当りを左、三つ目の建物の一階ね」
「わかりました。ありがとうございます」
頭をさげると、原チャリを言われた場所へと押していき、そこにとめた。
「右に真っ直ぐ、突き当りを左、と」
案内板もなにもないので、迷わないように、門で言われた道順を呟きながら歩く。しばらく歩いたところで、ザッザッザッと妙な音がした。しかも後ろから。振り返ると、屈強なお兄さん達が走っている。
―― 訓練、かな? ――
邪魔にならないように道の脇に移動すると、お兄さん達はスピードを落とすことなく、そのまま私の前を通りすぎていった。ただ、何人かの人は、探るような目つきで私を見ている。
―― 自衛隊さんの敷地で、ピンク色のリュックを持って歩いていたら、たしかに場違いだよね…… ――
そんなことを考えながら、遠ざかっていく集団を見送っていると、先頭を走っていた自衛官さんが列からはずれ、「そのまま走り続けろ」と集団に命令してから、こっちに引き返してきた。
―― あ、あれ? もしかして不審者あつかい? ――
門で受付をしてもらっていたから安心していたけれど、そうでもなかったのだろうか。
「ちょっと、そこの人」
「は、はい?!」
「まさか、入隊希望者? それだったら、行く場所はこっちじゃなくて」
「入隊希望じゃなくて、コンビニの面接です!」
「あ、そう」
あからさまにガッカリした顔をされた。門にいた人といい、この人といい、どれだけ入隊してくる人を待ちわびているんだろう。
「……すみません、入隊希望じゃなくて」
「いやいや、こっちのことはお気になさらず。コンビニなら、そこを曲がって」
「三つ目の建物の一階ですよね?」
門で教えてもらったことを繰り返すと、おじさんはうなづいた。
「そのとおり。では気をつけて。ああ、一人、エスコートをつけよう」
「はい?! そんな危険な道のりじゃないですよね?!」
見たところ、平坦なアスファルトの道だ。特に変わった仕掛けがあるようには見えない。それとも、それは私が気がつかないだけとか?
「我々が世話になっている店の、貴重なバイト希望者だからな。なにかあったら一大事だ。
おじさんは大きな声で誰かを呼んだ。すると、かなり離れた場所を走っていた集団の中から、一人、隊員さんが私達のほうへとダッシュで走ってきた。そしておじさんの横でピタリと止まると、気をつけの姿勢になる。
「はい! お呼びでしょうか!」
「こちらの御婦人を、コンビニまで送ってさしあげろ。送り届けたらすぐに戻ってくるように」
「了解しました!」
隊員さんが敬礼をした。おじさんはその人を見てうなづくと、私を見おろす。
「では、面接の健闘を祈る。いや、なかなか決まらないから、是非ともここで働いてくれると嬉しいんだがな。では」
おじさんは敬礼をして、走っていく集団へと駆け足で戻っていった。
「では、ご案内します」
遠ざかっていく集団を見送っていると、横から声をかけられた。
「あのー、ここの中にいる限り、気をつけることなんて、無い気がするんですけど……」
「承知していますが、これは命令ですから」
「命令、ですか」
「はい。上官命令です」
上官命令ということは、さっきのおじさんが、この人の上官らしい。ということは、ここで私がダダをこねて困るのは、私ではなくこの人なのだ。
「わかりました。ではお願いします」
「はい」
私達は並んで歩き出す。
「あのー……」
「なんでしょうか」
私が声をかけると、その人は、まっすぐ前を見たまま返事をした。
「どうして、こちらのコンビニのバイトさんは、長続きしないんでしょうか?」
「コンビニのオーナーさんに、聞いていらっしゃらないんですか?」
「紹介で面接を受けに来たんですが、まだ一度もオーナーさんとは顔を合わせてなくて」
「なるほど」
その人は、少しだけ考え込む素振りをみせた。もしかして、言えないようなことが?!
「あの、まさか、お化けが出るとか、そういうのじゃないですよね?」
「いえ。それはないと思います。自分はここに五年ほどいますが、そういう話は一度も聞いたことがないので」
「そうですか。それは良かった」
それを聞いて、ホッとする。自慢じゃないけど、その手の話は苦手だったからだ。
「先輩に確認してみます」
「いえ! けっこうです! 確認しなくていいですから!」
「そうですか?」
「はい!」
なんとなく見上げると、その人の口元がヒクヒクしている。
「あの、もしかして、からかってますか?」
私の言葉に、そのヒクヒクがピタリと止まった。
「いえ、そんなことはありません。真面目にお答えしてます。どうして長続きしないか、というご質問ですが」
「……ああ、そうでした。その事情、ご存じですか?」
「おそらくですが、応募してきた本人にとって、思っていたような場所じゃなかったというのが理由かと」
「んんー?」
どういうことかわからず、首をかしげる。
「自衛隊の敷地内にあるコンビニに応募してくる人間には、マニア生活の延長のように考える人もいるんです。そういう動機で応募してきた人は、自分が想像していたようなバイト生活ではないと知って、長続きしないのですよ」
「……はあ」
やはりよくわからない。私がわかっていないことに気がついたのか、その人は少しだけ笑った。
「ま、そのへんはオーナーさんからお話があると思いますので、よく聞いておいてください。別になにか変なものが出るとか、変な隊員がいるとか、そういう理由ではないので。……あのドアから入ったら、すぐコンビニがあります」
その人が建物を指でさした。
「ありがとうございました。訓練のお邪魔をしてしまって、申し訳ありませんでした」
「いいえ。これも上官命令ですのでお気になさらず。では、失礼します」
おじさんと同じように敬礼をすると、その人はダッシュで走っていく。その先にはグラウンドのような場所があって、さっきの集団が待っていた。その人が合流すると、なにやらワイワイガヤガヤしていたけれど、すぐにおじさんがなにか言って、そのまま整列して走っていってしまった。
―― ああいうところは、高校の時の体育会系と変わらないかも、自衛隊の人って…… ――
そんなことを考えながら、建物の中に入った。
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