第3話 魔獣襲撃

アルドさん達探索組が向かって暫くしてから、村の中での訓練が始まっていた。


 「今日は、何人かの部隊に別れて集団での戦いを想定した訓練を行う。こちらで決めてもいいが……」


アルベさんという方が、今日は指揮を執っている。騎士のようにしか見えない立ち振る舞いをしているが、あくまで旅人だというのだから少し怪しく見えてしまう。


 いや、怪しく見えるのはそれだけが理由じゃない。


 「……クレン、聞いているか? それぞれ舞台に別れてと言ったのだけれど……」


 気が付けば、周りに集まっていた人はすでに消えている。それぞれ決められた場所で訓練をするらしい。


 「眠れませんでしたか、それとも何か考え事を?」

 「少し、考え事をしていました。心配かけてすみません」


 アルベさんの心配する顔を見るのは、とても申し訳なく思ってしまう。


 「あの、聞きたいことがあるんですが……」

 「どうしました? 何でも聞いて構いませんよ」


 「アルベさんって、もしかしてアナベル団長じゃないでしょうか」


 アルベさんの顔が、ほんの少しだけ強張ったことに気づいてしまう。


 「やっぱり__!」

 「……いえ、確かに彼女のことはよく知っています。ですが、私は貴方が知る騎士団長アナベルではないのです。」


 少しだけ悲しそうな顔をして、はっきりと否定する。

 嘘は、ついていないようだった。


 「でも、でもどこか面影が多すぎるというか……最初はあのディアドラさんの方かと思ったんですけど、本当に似ているのはアルベさんの方だと思って……」


 話しているうちに、誰に向かって話しているのか、アルベさんに何が言いたいのか分からなくなってくる。

 頭の中が纏まらないまま話していると、頬に何かが触れた。


 「……何か、あったのですね。恐らくは騎士団長アナベルに関わる、何かが……」


 泣き出してしまった私に顔を。布で拭ってくれていた。


 「でも、アナベル団長は私の事を連れて行ってくれなくて、それに私の言うことも聞いてくれなくなって……」


 噴出した感情に任せて、すべて吐き出してしまう。

 騎士団長が突然消えたこと。どうして私を騎士団に入れてくれなかったのか。


 他にもまだ、アナベルに言いたいことが沢山あった、聞きたいことが沢山あったのに


 「どうして、何も言えなかったの……」


 何度もこの村に来てくれていた。そのたびに話して、騎士団に入れてくれと頼んだがどれも断られてしまった。

 闘ったこともあるけれど、結局一度も勝てなかった。でも最後には成長したなと褒めてくれた。


 「アナベルさんは、もうずっとどこに居るのか分からなくて……でもいつか帰ってきてくれるって、思ってて……」


 そうして、ずっと泣いていた。久しぶりに泣いたなと、あとになってから思った。




 暫くして、もう出し尽くしたと思ったのか、あるいはこれ以上泣かないようにと体が働いたのか。ぴったりと涙が止んだ。


 「落ち着いたかい?」

 「……はい、……ありがとうございます」


 泣いている間、いつの間にか抱きしめて背中を撫でてくれていた。アナベルさんはそんなことを、一度もしてくれなかったと頭の隅で思い出す。


 「……すっきりしました。久しぶりに泣いて、冷静になれたと思います」

 「本当か? それの割には、まだ聞きたいことがありそうな眼をしているが……」


 どんな眼だろう、きっと腫らしてみっともないんだろうなと思いつつ。本当にアルベさんは何でも分かってしまうのかもしれないと、少し怖いようにさえ感じた。


 「幸い時間はある、部隊のそれぞれで訓練してもらっているからな。

  だから私に話してくれないか。君がどんなことに悩んでいるのか」


 広間に吹く風は、海と森の二つの空気を纏っている。清涼に満ちた風が心落ち着かせる。


 「今、分からないんです。ずっとアナベルさんみたいに強くなろうとしてた。

  あの人のおかげで救われた人はたくさんいたし、私も強くなれたら色んな人を守れるだろうって。

  でも、アナベルさんは魔獣の村を焼き討ちにしたと聞きます。逃げ惑うばかりの魔獣もみんな……それが正しいことなのか。アナベルさんがそんなことをしたなんて……」


 話していて、また泣きそうになった。

 だが、それよりもアルベさんが何と聞くのかが何より気になった。


 「……ああ。騎士団長アナベルが行った魔獣への仕打ちに間違いない。

  彼女は、今君が言ったことを確かに行った」


 その言葉で、思考が止まる。

 止まった思考の中で、腑に落ちるものがあった。


 「だから、私を連れて行かなかったんだ。私は、そこまで強くなれないから……!」


 非情にはなり切れない、弱い自分など不要。私が決してできないことが分かっていたから連れていかなかった。


 「……一つ、私が言えることがあるとすれば。

 騎士団長は、君が弱かったり作戦の邪魔になるから連れて行かなかった、だけではないと思う。」


 アルベさんの目は真剣に、こちらを正面から見据えて話す。


 「彼女の考えが分かるわけではないが、君を巻き込みたくはなかったのだろう。

  君が、どれほど想っていたかは想像に難くない。であれば当然、彼女も君の事を想う。

  そんな君に、自分と同じことをしてほしくはなかった、私はそう考えるわ」


 アルベの言葉に、ほんの少しだけ救われる。

 でも、心のどこかにいる自分を赦せない自分が、まだ引かない。


 「じゃあ、アルベさんは一体何が、正しいことだと思いますか?」


 ひどく抽象的で、中身のない質問。あるいは騎士団長として何をすべきだったか、すべきではなかったかを聞くのが、良かったかもしれない。


 「正しさは、人それぞれだが……揺るぎないものとして、弱気を守ることは絶対だと思う。

 それは、誰であってもできるはずの事、だから忘れないように、こころに残しておかなければいけないものだ」


 これで、答えになっているだろうか。少しはにかんで言った。


 アルベさんには、自分なりの考えがある。

 私はまだ、見つけられていない。


 「ありがとうございます! 少し考えます」

 「そうね、それが__」


 いい、と続く言葉に重なるように。入り口から誰かの怒号が飛んできた。


 「おるうらっ! どけえ村人ォ!」


 広間まで聞こえるほどの怒声に、突き飛ばされたように走って入り口に向かう。


 入り口には、巨大な槍を持った魔獣と幾人かの魔獣達が揃っていた。

 警備隊と、訓練中であった一部の村人が応戦している。


 「クレン、準備して!」

 「はい!」


 すぐさま抜剣し、戦闘の態勢を取ろうとする__その時。


 「ぐがぁぁあああああ_____!!」


 森から鳴り響く怒声。広間から聞こえた時よりも遠いのに、放つ圧倒的な存在感。

 今目の前にいる槍持ち寄りも、森にいる大声の魔獣の方が強い。


 「アルベさん、今の声⁉」

 「向こうの方が本命、そう考えるしかないな」


 「おお、長が暴れておられる。あれなら俺がいなくても何とかなりそうだが……」


 豪という風が吹くほどに、大きく槍を回す。


 「俺は俺で任せられているんでな……長の右腕として、その役を果たすまで!

  というわけだな」


 少し、いやかなり言葉遣いが怪しいが。それよりも、その武器の方が問題だ。

 大槍。長さは人の丈を優に超えている。あんな武器を持った相手と戦ったことはない。


 「クレン、あなたは森の方に向かって!

  ここは私と警備隊で何とかする。この村で一番強いのは、あなただから」


 アルベの言葉は、正しい。最も強いのは自分だ、だからこそ今行かなければ。


 「私も、すぐに片づけて加勢するから。行って!」


 繰り出される閃撃を、盾によっていなす。その隙を見て森の方向へと向かった。


 「一匹、逃がしちまったなあ~。まあでも、何ができるってわけでもないものな」


 「それはどうかしらね。あの子はまだ幼いところもあるけれど__」


 剣と盾を構え、身の丈二倍はある異色の魔獣に宣言する。


 「クレンなら、その長にも負けはしない」




 疾走する音が聞こえたのは、運が良かった。いや、ここのところずっと、運だけはいい。

 アルドさん達が来てくれなければ、俺は今でもこうやって戦える機会なんて訪れなかっただろうから。


 「何の音だ?」「一つじゃないぞ!」


 森の奥から聞こえてくる音。戦闘訓練でも装備をしっかりと持っていたことも、僥倖だ。


 茂みから、何体か飛び出してきた。その姿は、魔物ではない。

 人にはない力と能力を持つ者、魔獣が現れた。


 「魔獣だ!」「どうする、連携は__」


 「盾持ちは前に、攻撃を受け止めてください!

  飛び道具や、火以外の魔術が扱える方は後方から援護を!」


 飛ばした指令に、従ってくれるか。そんな心配は露と消えた。


 「おう!」「任せな!」「余った奴はどうする?」


 ほんの数日だというのに、自分の指揮に従ってくれている。

 ならば、答えなければ。一人の死者も出してはいけない。そのために__


 「全体! 村への道を戻りながらの迎撃を!

  また、近接攻撃が可能な者は盾持ちの後ろに備えてください!」


 これで、陣形としては組めているはず。後は__


 「__ほかに手の空いている方はこちらに来てください!」


 既に、前の方からは金属音が響いている。戦いは始まっているのだ。


 「集まったのは、4人ですね。では、これから伝令を頼みます。」


 地図を広げて、見せる。村人であれば、おおよその位置は必ずわかるだろう。


 「この丸がついてある三つの場所が、今日探索している予定のところです。3人はここにそれぞれ向かってください。

  もしいなかった場合は村に戻って、次の指示を聞いてください。

  最後の一人は、先に村に行きこの事情を伝えてください。可能な限り警備を強化してから、手の空いている人をこちらに回すよう伝えてください。」


 矢継ぎ早に話してしまったが、4人とも理解していた。すぐに散り散りに駆け出していく。

 今できるのはこれまで、後は……


 「少しずつ、タイミングを見ながら村に近づく……!」


 これが最も大変かもしれない、村までの道に伏兵が張られていないかも考えるべきか?

 いや、今は目の前の魔獣を__


 「__なんだ、何を手古摺っている」


 声が響き渡る。けっして高い声であったり、透き通るような声ではない。

 真逆だからこそ、響く。全くの正反対の声。威圧と覇気の籠められた声が響いた。


 「お前らじゃ、足手纏いにしかならねえのかな。このままじゃ負けるぞ」


 魔獣であることは間違いない。のだが、魔獣達を手伝おうといった気が感じられない。

 いったいなぜ、この場所に居るのかと思わせるほどに。


 「もういい、下がってろ。力の使い方もなっちゃいねえのは、魔獣としてどうなんだって話だが……」


 背中にある、人と同じ大きさの大剣に手をかける。それは、まずい。


 「全員、全力で防御を!」

 「ぐがぁぁあああああーー!!」


 咆哮。聞いただけでも意識が飛びそうになる。

 それに加えて、あり得ない衝撃が身体に届いた。


 「う__⁉」


 吹き飛んできたのは、警備隊。盾はすでに手放されているが、前に居た全員がここまで吹き飛ばされた。


 骨が、きしんだ感覚。恐らくヒビか、折れている。


 砂塵が晴れる前に、状況を確認しなくては。大剣の魔獣が来る前に!


 「大丈夫、ですか?」


 吹き飛んできた人に声を掛ける。血は、あまり流れていなそうだ。

 持っていた盾はどこかに吹き飛ばされてしまっている。次は防げない。

 最も、たとえあったとしても、構える人がいない。すぐそばに他の盾持ちも倒れている。


 しっかりとした確認ではないが、死んではいない。

 剣や槍を持った人も一緒に吹き飛ばされてしまっている。


 これでは、次は防げない。


 どうする? どうやってあの巨体から繰り出される攻撃を防げばいい?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

師匠越え @amina

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る