第2話 魔獣の沈黙
「襲撃って……!」
そんなこと一大事じゃないか、どうにかして防がないと。
「活動の跡を見ていくと、少しずつこの村に近づいていることが分かる。馬車の襲撃ができたのも、村をどこかから観察して得た情報から知ったのではないかと考えられている。」
「午後からは、村の周りをもう一度見て回り、怪しいものがないか確認しようと考えている。」
「それなら、俺たちも一緒に言った方がいいんじゃないか?」
アナベルと村の警備隊だけでは心配だ。相手がどれだけ居るかも分からないうちは、慎重に動いた方がいい。
「それでは、村が手薄になってしまう。何より、村人たちを必要以上に不安にさせるわけにもいかないだろう。魔獣を捉えて聞くか、何かその証拠になるものを見つけないと、大きく動くことはできない。」
「それに、こちらが必要以上に動いてしまうと、魔獣側に気づかれてしまうことも考えられる。それで奴らの動きが速くなってしまうのは避けたいからな。」
アナベルとディアドラの意見を聞けば、焦りすぎていた自分に気づけた。まだ動くのは早すぎる、今日の内に何か見つかれば、明日にでも動くことができるのに。
「だけど、俺たちはあと3日しかいないから……早く新しい情報が欲しいな。」
「そうだな、可能であれば滞在中に解決したいところだ、」
「午後は人海戦術で、村の人にも協力してもらう予定です。かならず奴らの尻尾を掴んでみせます。」
午後からの練習は、午前の反省を生かし個人で行うもの。俺はそれを一つ一つ見ていき、何か聞かれたり気になったりすれば答えていく。
アナベルの警備隊は昼食後すぐに村の外へ出て行ってしまった。ディアドラは午前と同じくクレンの稽古に付きっ切りである。遠巻きに見ている村人もいるほどの戦いになっているのは予想外だ。
「アルドさん……少しいいですか?」
「うん? ああ、何でも聞いてくれ」
話しかけてきたのはリゲル。かなり深刻そうな顔をしているが、午前の模擬戦から予想はついている。
「日々の鍛錬は、毎日朝、必ずやっています。周りの人に比べても遜色ないほどに。
ですが、どうしても力がつきません。クレンのように才能が無ければ、兵士として活躍することはできないのでしょうか。」
思いつめた顔で聞いてきた。迂闊なことも、嘘をつくことも言っちゃだめだ。リゲルの伝えることは……
「確かに、ケルンみたいな力は君にないかもしれない。それでもさっきみたいに知恵を使って闘うことはできるはずだ。俺も最後まで君の作戦は見抜けなかった、あれは強敵でも通じるように考えられた__」
直接伝えるにはあまりに厳しい事実だ、だからこそ良かったことを伸ばすという風に考えて……
「それでも、アルドさんには通じませんでした。それじゃ駄目なんです、クレンのように強く、アルドさん達にも負けないようになりたいんです!」
志が高いことはいいかもしれない、でも高すぎるとなると心配だ。
「そんな作戦、そう簡単には思いつけないだろう。それに、俺だって簡単に負けられない。」
その姿勢が本気に感じられたから、俺もきつく言いすぎたかと思ったが。リゲルの顔からは呆気にとられ、すぐに立ち直った。
「はい、今は通じません。それでも通じるようになりたい、そのために僕には何が必要でしょうか?」
「…………」
それでも、先のような戦い方で敵を倒すようになれるか。作戦は悪くなかった、続行する胆力もある。それでも……
「俺より強い人もたくさんいるんだ、模擬戦みたいな作戦だけじゃ…………勝てない。」
それも分かっていたのか、俺に言われて決心がついたように感謝を伝えるとすぐに練習に戻っていった。
あの答えでよかっただろうか、リゲルの心配はなくなったように見えるから……少し気にしておくぐらいがいいだろう。一人にばっかり注意していたら、贔屓になっちゃうからな。
「よし、他に聞きたいことがある人――。」
「はいはーい、私!」「俺も俺も、アルドさんに聞きたいことが__」
「お疲れ、ディアドラ」
「ああ、戦闘の質自体はきつくないが、ずっとあの調子だからな。」
クレンは先ほど、親と思われる人に連れられて去っていった。親が来てからは静かになったし、唯一逆らえない存在かもしれない。苦手なのは静かな人だったりするのか。
「アルベは、まだ帰ってきていないか。」
「もうすぐ日が暮れるし、そろそろ帰ってくるだろう。入り口で待って居ようか。」
村の入り口は両脇に火が灯されていた。入り口の目印になるよう置かれたものだ、そばで木が崩れる音を聞きながら、アナベルたちの帰りを待つ。
「クレンとの稽古を見て思ったけど、凄い成長速度だな。朝とは見違えたよ、細かいところだから最後の方は疲れて粗くなっていたけど。」
「体力ばかりは年相応だな。それ以外は兵士以上の強さになっていると思う。今まで彼女に教えられるような者がいなかったのが、残念だと思ってしまうぐらいだ。」
どうやら小さい時からあれだけの力を使えていたらしく、本気で遊んだりしたことが無かったらしい。
「だからずっと、一人で鍛錬をしていたらしい。」
「どうりであんなに強いわけだ。」
「ケルンの方は、考えだした作戦を実行するのは得意みたいだけれど、本人に力が足りないんだ。今のままじゃ、兵士として活躍するのは…………」
「それを、分かってはいるだろう。だからあんなものを持っていたのだからな。」
あんなもの、何か変なものを持っていたのかと聞くところで、大勢の足音が聞こえてきた。
「村に着いたぞ、一度荷物を整理したのち村の中心に集まることを忘れるな。」
警備隊の隊長らしき人の掛け声を聞いてから、村の方々に向かって別れ始めた。アナベルも俺たちに気づいてこちらにやって来る。
「お疲れ、アルベ。何か分かった事はあったか?」
「ああ、魔獣の痕跡は見つかった。村の近くまで来ていると考えていい。今日の晩からは見張りの数を増やすことが決められた。」
見張りを増やすということは、すぐにも敵が来ておかしくない状況にいるのか。思っていたよりも事態は深刻だ。
「俺たちも見張りに加わった方が…………いや、新しく人を入れてもよくないか。」
「そうね、ここに来てから日もまだ浅い。信頼までできていない状態で、無理に入るのは控えた方がいいでしょうね。」
「村の人にはすでに伝えているのだな」
「ええ、先ほど別れた警備隊の人が伝えているところよ。私たちは明日以降の動きについて、会議に参加してほしいとだけ言われているわ」
アナベルとディアドラは騎士団の戦い方を知ってはいるが、それが警備隊にも正しい物とは限らない。無理にやり方を変えるのは今からじゃ無理だ。
「俺たちも、そろそろ向かおうか」
村の中心には数人で話し合っている者、一人でいるものなど。先ほど見た警備隊の半数の人がすでに集まっていた。残りの人はまだ魔獣の事を伝えに出ているのだろう。
「俺たち、リゲルの親父さんに遅くなること伝えた方がいいかな」
「村中に伝令が回っているのだから、必要ないだろう。それに、そろそろ始まるみたいだぞ」
気付けば警備隊のほとんどが村の中心に集まっていた。隊長の言葉を皮切りに会議が始まった。
「今日の調査で、村の近くにある森の中から魔獣のいたと思われる痕跡が発見された。それも隠されていなかったことから、我々に知られても構わないと考えていることだろうと推測される。
つまり、奴らはすでに準備を済ませているのだと考えて不思議ではない。そのため一刻も早く奴らを捕縛、掃討するための準備が必要になる。」
「村に攻めてくる前に倒すことはできないだろうか。」「こちらの居場所は丸わかりなのに対し、奴らの住処は点で分からないのだ。」
「魔獣を捕まえて、どこにいるか吐かせるのはどうだ?」「最後に魔獣が見られたのは二日前。あとは馬車の襲撃以降、まったく見つかってないとさ。」
各々が意見を言いながら会議は進んで行くが、これと言った打開策は出てこない。
「隊長殿、少しよろしいか」
「何だ、ディアドラさん、だったか。何かあればあなたたちからの意見も聞きたいのだが……」
隊長は俺たちの意見も聞きたいようだけど、ディアドラは何か思いついたのか。
「奴らが攻めてくる前に、こちらから攻撃を仕掛けるのは現状不可能だ。居場所が分からないまま闇雲に動くわけにはいかないからな。」
「では、他にどのような作戦が…………」
「明日からの動きだが、二部隊編成にするのはどうだろうか。
片方は村の警護をし、もう片方は魔獣の住処を捜索する。戦力の分断は避けられない以上、危険でも部隊を分ける方がいいと思うが。」
「それなら、村をみんなで守る方がいい。わざわざ探しに行かなくても、騎士団が来るまで待てば…………」
「その騎士団は、いつ来るのだ?
明日ならいい、二日後でもなんとかなる。もし長引けば、こちらの戦力はどんどん落ちてくるのだからな、防衛のみでは勝てる気がしない。」
警備隊の意見を、ディアドラは真っ向から切り捨てた。騎士団の要請は、既に出しているのか。
「隊長さん、騎士団への要請はもうしたのか?」
「走らせたのは、今朝からだ。王都まで行って、編成してここに来るまでに何日かかるかは正直分からない。今は、騎士団も人手不足だからな。」
そうなのだ、騎士団の方も人員は足りていない。騎士団長アナベルの失踪以後、内の問題も満足には片付いていないのだから。
「それに、ここは聖騎士の村だからと、後回しにされることも考えられる。そうなると、考えているよりずっと時間が掛かることを考えた方がいいと、俺は思う。」
隊長の意見によって、ディアドラに意見を言った人も納得したように座りなおした。
しかし、そうなるとディアドラの考えが通ることになるが…………
「もし二つに分けるとして、具体的にどこまで考えているんだ?」
「それについては私から。」
アナベルが代わって立ち上がった。
「今日の訓練と調査をしていて、外に行くべき人と村の警護にあたる人の、おおよその目星はついている。
それを元に、隊長とともに配置を考えたいのだが、どうだろうか」
アナベルの言葉に、全員が押し黙る。考え込んでいるようだが、アナベルの判断力や統率力は、並のものではない。だから、きっとアナベルを信頼してくれる人がいるはずだ。
「俺は、アルベさんとディアドラさんの意見がいいと思う。」 「俺たちも、他にいい考えが出ないしな、その作戦で構わない。」
ぽつぽつと、賛成の声が上がってきた。よかった、みんなで魔獣対峙に挑めそうだ。
「それじゃ、明日以降の部隊分けについてだが…………」
隊長の言葉で、再び静かになる。その後は各自の持ち場について話し込んでいった。
夜は月明かりしかない森の中から、一人の男が出てくる。悠然とした姿は並々ならぬ威圧感と共に見た者へ畏怖を叩き込まんとさえするようであり、だが同じ道を歩まんとする者へは信頼を与えるものであった。そうだと分かるほどの力量を持っていながら、目にはどこか迷いがある。
「…………」
黙ったまま、魔獣が眠りにつく場所に足を向ける。見張りをしている者から会釈を受けながら、入り込むとそこにはやや広くなった洞窟に何人もの魔獣達が眠っていた。
難民に近い、元居た場所にいられなくなった魔獣達を手元に置くのも、そろそろ限界か。
「さて、どうするかな」
「そうですぞ、本来貴方様はこういったことは苦手でしょう?」
横から年老いた声が響いてくる。
「そうだな、しかし必要だったのだから仕方あるまい。どうしても、王として導く存在が無ければなかった。それも、俺が決めたものだがな。」
「わざわざ鬼の道を望んだのは、あくまで自分だと、おっしゃいたいのですな。」
静かながら、声には微かに怒気が含まれているようにも聞き取れる。この老翁は、男が負うとして立つのは受け入れられなかったようだ。
「まあ、俺がなれたのは鬼止まり、王にはなれなかったな。」
鬼と王なら、言葉も近いのだけれどなと軽口を言い、豪快に笑い飛ばす。声は小さかった。
「その優しさが残っているなら、まだとどまれる場所は無いものでしょうか」
老翁は、今度は悲しげに言った。傍若無人とは違う、己の中にある思想のみに従ったわけでもない。周りと自分を比べながら、冷静に下した答えが人間との闘い。
老翁にはそれが信じられなかった。かつては人間との和解を望んだというのに、今では人間との争いの中心に居るのだから。
「昔の話だ、というのは噓だと前に言われたな。なら簡単だ、俺がそんなことを考えていたのは、知らなかっただけ。
村の外には人間がいると聞いてはいたが、ここまで数が多く、バラバラだと思いもしなかった。俺の力なり姿勢なりでどうにでもなると思ったんだがな…………」
長い沈黙とともに、瞑った目の奥には過去にいた情景が見えているのかもしれない。
「そこから色々知って、決して俺たちを赦さない人がいることも分かった。理由は理解できても、俺はそうならねえと決めていたんだが。
結局、同じところに来ちまった。」
既に汚してきた、感覚など必要なくなるほどに。
「その道はあくまで自分で選んだものだと、おっしゃるのですな。」
「ああ、俺にも許せないものがあった。だからもういいのさ、俺は求められるものも考えた上で行動し、みんなを正しい場所に送ってやる。
何をしてでもな。」
男は、洞窟を出ていった。月を眺めに山にでも登りに行くのだろうか。あるいは、上から村を眺めるのかもしれない。
攻め落とす用意はすでに完了している、あとは正しい瞬間を選ぶまで。
戦いの時間は近い。結果は想定できないほど、複雑な状況になってしまった。村の馬車を襲撃するのはもう少し後にするはずだったのに、一部の魔獣が我慢できずに仕掛け、結果敗北した。対して向こうの被害は軽微、行きずりの旅人三人が何とも強い。遠くから出なければ見つかっていたほどに。
戦力は下がったが、村を落とすには十分なはずだった。旅人の稽古で劇的な変化はあり得ない、問題はあの旅人。明らかに戦力として特筆するべきもの、恐らく王一人では3人相手に勝てないかもしれない。
それでも、長は決して避難してきた者に戦わせようとはしなかった。望む者にのみ武器を与えたが、もともと慕っていた者ほど前線に出させていた。
それを、武器が少ない、どうせ死ぬものに持たせるものはないなどと言っていたが……それも理由の一つに過ぎない。
「あなたは、自分で思っているほど鬼でもなく、むしろ王の在り方に近いとさえ、私は思いますがな。」
洞窟には老翁の言葉が軽く響き、やがて意味の解けた音になった。
月明かりの元、一人の男が洞窟の上にある山の頂上に座っている。まどろみを感じながら村に視線を向けていた。一人村を見つめる目には、拭いきれない感情が映っていた。
「だが、俺も許せんのだ。」
聞くものは誰もいなかった。
朝早く、宿屋の扉を開けて出てきたのはアルドとディアドラであった。互いに装備を付けすぐにでも探索に向えるように準備が終わっている。
「アルド、昨日確認した地図を貸してくれないか。出発前に少しでも確認しておきたい」
「ああ。」
取り出された地図にはいくつかのバツ印と丸が書かれていた。元々あった周辺の地図に昨日アナベル達が探索し、魔獣の痕跡があったところにバツを。そこから想定される魔獣の住処に丸を付けられている。
「この地図の、今日は崖近くの洞穴とあとは……」
「こっちの森に隠された窪みになっているところだな。どちらも外から中が見えづらい」
今日の探索で怪しい場所を半分、そして明日の探索では残りの半分を回ることになっている。比較的近い場所に固まっている海側を纏めて探索することで、二日で魔獣の拠点を見つけようという作戦だ。
昨日、アナベル達と遅くまで話し合った結果、やはり攻撃に出る方がいいだろうという考えでまとまった。相手の居住地を見つけておかなければ監視することもできないというのが、大きいな決定打になった。
「それじゃ、そろそろ行こうか」
「ああ、もうすぐ出発の時間だ。行こうアルド」
ディアドラと共に、警備隊が集まり始めている村の入り口まで歩いていった。
入り口には警備隊の面々が並び立っている。村の外に出るための準備はすでに完了していたらしい。
顔は決して穏やかではない、それも当然だ。これから魔獣の住処を探しに行くのだ。決して楽な仕事ではないし、いつも行っているような見回りとは違う。
「アルドさん、ディアドラさん。おはようございます。
もうすぐ出発となりますが、宜しいでしょうか」
「構わない、なるべく早く突き止められるのであればその方がいいからな」
ディアドラの意見に同意して、すぐさま出発した。まずは森の中にある洞窟の方へ。
「歩いている途中に寝るんじゃないぞ、アルド」
「な、そんなことしないって!」
警備隊の人たちも思わず笑いながら、薄明かりが少しずつ差し込めていく森の中を進んで行った。
日はすでに真上まで上がっている。森の中でなければかなりの暑さで探索にも影響が出ていたと思われる時間帯になった。
けれども、未だに魔獣の住処は見つかっていない。
「森の方は、外れだったな」
「ああ、住んでいたような痕跡も無かった。後は崖際の方だが……」
「読みを間違えたと判断するのは、まだ早いがな」
「ああ。明日のアナベル達の探索もある。それがだめだったらまた最初から考えよう」
先ほど昼食は済ましてある。探索も予定よりかなり余裕をもって進めている。いつ魔獣側から奇襲されてもいいように。
もしかしたら、すでに周りに魔獣達は潜んでいるのかもしれない。その環境下ではかなりの集中力が必要になる。
警備隊はたまに冗談を言ったりしながらも歩みが遅くなったりしない。
「そろそろ次の目的地だ」
その一言だけで警備隊の雰囲気が引き締まる。当然アルドもより周りへの警戒を高めた。
ゆっくりと森の中を進んで行く。事前の情報では森を抜けたところに洞窟はあるらしい。
段々と、森の空気に違う匂いが混じってきた。潮の香りが入り込んできた後は波が鵜とつける音も聞こえてくる。かなり海に近いところにその洞窟はあるらしい。
森を抜けるまであと少しというところで、空気の変化を感じ取った。海が近づいたからではない、何か別の存在が潜んでいることを全員が理解した。
足取りは先頭のディアドラを筆頭にゆっくりとなる。もうあと少しで洞窟だが、先に周りの魔獣を何とかしなければ。
歩みが完全に止まった、全員が一斉に装備を整え魔獣との闘いに備える。森の中でも少し開けた場所で止まれたが、向こうはどこからやって来るのかわからない。
周りをよく観察し注意する。息は浅く緊張で身体が強張るが、動けないほどではない。
「‼」
前方で甲高い音が鳴る。突如出てきた魔獣の大男を、ディアドラの剣が受け止めていた。
既に魔獣形態をとっている大男の一撃で、ディアドラの踏む地面が大きくめり込む。だがすでに、ディアドラの反撃は始まっていた。
「ぐうおっ⁉」
大きく吹き飛ばされる魔獣の大男。翻した剣閃で武器を払い、足元から隆起した土石で巨体を吹き飛ばす。
「ディアドラ!」
「こちらは平気だ、それよりも周囲の警戒を!」
突然の奇襲で意識を取られ、周囲への警戒を怠った。
再び意識をあたりに向けると、森の中にはもう何人かの魔獣の気配を感じ取れる。
「囲まれていた……! 先にこっちから片付けるぞ!」
「我々は先に周囲の魔獣を掃討、後にディアドラへの加勢を行う!」
森に隠れていた魔獣達が出てくる。どれも武装した姿ではあったが、血走った眼でこちらを品定めするようにじっとしている。
動かない、木や茂みを利用し隠れている事は解っていてもうかつには近づけない。障害物が多すぎる。
「総員、魔術での攻撃に移れ! 当然、火は使うな!」
隊長の檄が飛んだ。魔術を使っての戦闘はアルドにはできない。
今まで取っていた横長に並ぶ陣形から、術師を真ん中に、それを囲むように他の者が守るという円形へと移行する。
「俺はこちらに向かって来る魔獣を倒します!」
「助かります、こちらだけで守り切れるとは思えないので……ッ⁉」
隊長が持つ盾に矢が突き刺さる。間一髪のところで間に合ったが、うかうか話もしてられない。
「こっちに隠れている魔獣達は、俺たちで相手をするぞ!」
ディアドラに向かって行く魔獣は幸いなことに見当たらない。再び飛んできた矢を切り落とす。
同時に、風の魔術による一撃が茂みに隠れていた魔獣を仕留めた。
「うるらあッ!」
振り下ろす大斧に正面から剣で受け止める。衝撃は最初とは比べ物にならない。
「おいおい、勢いが足りねんじゃねえか? 女騎士サン?」
「ぬかせ。お前の方はだいぶ派手だが、随分と息切れしているな」
たとえ一振りでも生身に受ければ命にかかわる一撃も、鍛えられた技術と魔術による強化があれば恐れることはない。
冷静に相手の攻撃をいなしつつ、こちらの一撃を一つ一つ加えていく。
「__そこだ!」
横なぎに身体を払う大斧に合わせ上体を逸らす。魔獣の大男がもう一度振りかぶろうと考える時間さえ与えない。
振りかぶった先の斧に蹴りを叩き込んだ。魔術による強化を受けたその一撃は、魔獣の力をもってしても耐えられない。
「ぐ……⁉」
吹き飛ばされる斧。
大男は取りに行こうと体を向けるより早く横に動こうとし__かけ始めていた速度を強引に止めた。
斧との、決して遠くはない距離の中間に魔力の流れを感じ取る。
罠。戦いの最中に仕込まれたものか、あるいは今なのか。だが踏み込む直前で魔獣の本能が察知したのは間違いない。
「__、__あぶねえな」
踏み込めばただでは済まなかっただろう。大きな隙を晒せば、その瞬間が戦いの終わりになる。
「思っていたより冷静だな。
だがどうする。武器もない状態でまだ戦うのか?」
もはや勝利することは叶わない。それが分からないほどの短絡思考でないことはこの戦いのうちに分かっている。
それでも一向に口を閉ざす大男に、一つの提案を投げかけた。
「もし、このまま降伏するというのなら……いくつかの懲役刑のあとに魔獣大陸に返すということも考えている」
昨日までの会議では、まだ村人たちの意見と対立する考えではある。だが異時層での魔獣族はかなり弱体しているのが現状だ。
これ以上魔獣族との不必要な争いを避けるための行動が必要になるというのが、アルド達と考えた意見。
「__、そんなこと、聞いて従うと思ってんのか……!」
明確な拒否と共に、人の胴体もあろうかという剛腕をふるう。
「…………そうか……」
振るわれた豪腕をすんでのところで回避し__すれ違う最中にその胴体を切り崩した。
地に膝を着き、倒れる。その音と共に
「ああ、我らが、魔獣の長に、栄光を__」
前のめりに倒れた後は、二度と動かない。
「ディアドラー!」
遠くから、アルドの声が聞こえてきたのはそのすぐ後だった。
警備隊と共にディアドラが戦って居た場所へ向かう。森の先にある少し開けた地面は、隆起と陥没がところどころに繰り返されている。そしてそこに佇んでいたのは、ディアドラだけだった。
「ディアドラ、無事でよかったよ」
「ああ、この手合いの者とは何度も戦ったことがあるからな。他の魔獣を抑えてくれて助かった、礼を言う」
「そんなことは……正直、この魔獣がこちらの戦いに加わっていれば、全滅も有りえました。
アルドさんと、ディアドラさんがいてくれて、本当に助かりました」
深く頭を下げる隊長に少したじろいでしまう。
反対に、冷静に受け止めたディアドラの顔はどこか煮え切らない。
「どうしたんだ、ディアドラ。何か気になることがあるのか?」
「そこの魔獣が倒れたときに、魔獣の長という言葉を言った。それが少し、気になっている」
魔獣の長。名前の通りであれば魔獣達を治めているのだろう。
「ってことは、どこかに長が隠れているのか。でも一体どこに……」
洞窟の奥に目を向けても、ここからでは中の様子は見てとれない。実際に近づかなければ分からないままだ。
「長の罠があるかもしれないが、ここでじっとしていてもしょうがない。中に入るしかないだろう」
「俺もそう思う。最初は俺たち二人が先頭になっていくから、警備隊の人は後ろを警戒しながら来てほしい」
隊長は一度考え込んだ後、了承した。
洞窟の中は薄暗く、何が出ても不思議ではないと感じさせるほどに不気味であり、中あからは冷えた空気が流れている。
「慎重に進むぞ……」「ああ、ここから先が敵の本陣だと考えるべきだ」
ディアドラと共に中に入り込もうとするとき、後方から声が聞こえてきた。
後ろにいる警備隊ではない、さらに遠く森の方向から聞こえてくる。
「誰だ?」「村の者、だな。だがどうして」
走り込んできたのは、ウルアラの住人。息を整えるより先に、叫ぶように言葉を発した。
「ウルアラに、魔獣が攻めてきた! 村の入り口と、森の方で二つ、戦いが始まっている! 加勢に来てくれ!」
村人の話した内容に、場にいる全員が一瞬、鎮まった。
「すぐに村に戻るべきだ。」
ディアドラがいち早く動いた。既に村をどのように援護するのか考えているのだろう。
「だが、いまから村に戻るのはかなり時間が掛かる。我々の装備では特に……」
警備隊は、決して身軽な装備を着込んではいない。盾を持ちながら村まで全力で走ったとして、村を守るために闘う体力は残されていない。
「それに、まだ魔獣がこの洞窟にもいるはずだ。そっちも対処しないと、外の魔獣が倒れていることに気がついたらまた移動してしまう!」
「では村を見捨てるというのか⁉」「そうじゃない、だがここに潜んでいる魔獣にも__」
「落ち着けッ!」
溢れていた会話は、体長の一言で収まった。
「村への人員投与は最優先、だが魔獣をここから逃がすこともしてはならない。この二つを同時に、かつ早急に対処しなくてはならない。」
現状の問題を明確に、そして次にどうするか。
「俺とディアドラが、先に村の戻るのはどうだ?」
「……そうだな、それで警備隊の者はこちらに残り魔獣の監視を行う」
これでどうだ、と隊長に聞く。
「…………やはり最善は、そうなってしまいます。
ですが、村の一大事をあなたたちに任せてしまうことに……」
悔しさか、申し訳なさか。あるいはそのどちらともが、隊長だけでなく警備隊の総意なの
だ。
「任せてください、俺たちが必ず村を守ってみせます」
「ああ、必ず守ると誓おう。それに、この洞窟こそ魔獣の本拠地だということを忘れるな。
どんな罠が仕掛けられているのかも分からない。慎重に進んでくれ」
「任せてください! 魔獣を逃がすことなく制圧してみせます!」
「任せたぞ。ではアルド、すぐに村に戻るぞ!」
「ああ!」
村人と共に、村へと続く道を全力で戻っていった。
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