師匠越え
@amina
第1話 波の音に浚われて
空からの陽光が金に塗られた鐘を輝かす、海からやってきた風が透き通るように森へ抜けていく。どこかから鍛冶の音が聞こえてくるような気さえする。
ウルアラの村は平和な時を刻んでいた。
「ここに来るのも、何だか久しぶりな気がするよ。」
「すまないな、アルド。ここに来るよう無理を言って。」
「そんなことないよ、俺もどうなったか気になっていたことだし。」
ウルアラに来た目的は、この村が無事かどうか心配していたから。異時層であっても故郷に似た景色と歴史を持つこの村が気になるのは当たり前だと思う。
二人同時に暇を貰うまで時間はかかってしまったが、今日ようやく実現したのだ。
「それで、休暇として来てるわけだから、ゆっくりするのがいいけれど……どうする?」
小さい村ではないし、聖騎士の村と言われるだけあって鍛冶屋が多い。子供たちが遊んだり稽古をしているところも見られる、酒場ももう空いているだろう。
「なら、自由行動にしないか。行きたい場所もそれぞれ違うだろう。」
「そうね、じゃあ日が暮れるまえに、鐘の前に集合でどうかしら。」
その意見に賛成し、俺たちは村のそれぞれ別の方向へ歩いていった。
「なるほどなあ、勉強になったよ。」
「おお、また来てくれよ兄ちゃん!」
鍛冶屋から出て時間を確認する。日の入りまではまだあるな……
「うーん、気になるところはあらかた回ったな。後の時間は……」
どうしようかと考えていると、村の中心からアナベルの声が聞こえた。
「ん、どうしたんだアナベル。何かあったのか?」
「いえ、大きな問題は無いのですが。ただ、先ほどからディアドラの姿が見えないのです。
アルドは見ていませんか?」
「俺は、別れてから見てないけれど……ずっと探していたのか?」
もしそうなら、楽しめてないし休養になってない。
「いえ、別れた後再び会ったのですが、同じ場所に行こうとし過ぎてしまったようで……」
「……ディアドラの行く場所にずっと付いていったら、撒こうとするよ。」
「で、ですが。姉妹の仲を深めたいというか、妹の趣味も知りたいというか……どこかに消えてしまったら心配というか……」
ものすごい姉妹愛ではあるかもしれないが、当のディアドラはあまり気にしていないというか。本人はそこまでではないというか。
仕事中や戦闘ではそんなことを感じさせる気配すらないのに、休みだとこうも変わるのか
「そ、それはともかくとして! いなくなったことに気づいてから暫く探しましたが、見つからないのです。」
「それは、確かに心配だな。村の中をどこまで探したんだ?」
「ほとんど全て、聖騎士の墓にも向かってみたけれど、そこにもいなかったわ。」
それは本当なら、村の中にはいない可能性が高くなってくる。
「じゃあ、村の外を探しに__」
行こうと言いかけた時。村の入り口から悲鳴が聞こえてきた。
「今の悲鳴!」
「ええ、すぐに向かいましょう。」
ディアドラは強い、そう簡単に引けを取ることもないだろう。今は村に起こっている問題の方に当たるべきだ。
その考えが纏まるころには、入り口に向かって走り出していた。
「何かあったのか!」
「けが人はいませんか! 簡易な治癒術なら使えます!」
アナベルと共に入り口に到着した。俺は魔物がいた場合に、アナベルは怪我人がいた時と決めていたが、これはどっちだ。
「旅の方、どうか助けていただけないでしょうか!馬車が襲われて__」
「落ち着いて、まずは貴方の治療から。背中を怪我しています。」
必死に走っていて気づかなかったのか、背中を切られていた。出血痕は後ろの道、ウルアラから外に向かう道へ転々と続いている
これを目印にすれば、襲われた場所に行けるはずだ
「アナベル、俺はこの血を追っていく。おばあさん、馬車は道からずれたりしていませんか?」
「ええ、小道の方になってしまいますが。血が途切れていることは無いと思います。
目印として……一際大きな切り株が分かれ道の近くにあります。他に道は無いですからそれで分かるかと。」
「ありがとう、アナベルは治療が終わってから来てくれ!」
「了解した!」
アナベルの声を後ろから聞きつつ、血の跡を辿りながら襲われた地点へ急ぐ。可能な限り早く行かないと
踏みしめられた大きな道を走りながら、目印である大きな切り株を探す。まだ日が落ちていない時間で助かった、迷うこともなければ見落とすこともない
「______あれだ!」
生えている木とは違う、明らかに太い木だったことが分かる切り株。であれば小道は……
「ここだな! 血の跡もつながっている。」
小道に入ってからすぐ、騒ぎ声と金属音が響いてきた。もうすぐ__
「そこだ!」
まさに魔獣の攻撃が子供に当たるという寸前で、何とか割り込むことができた。
馬車は横に倒され荷物は投げ出されているが、下敷きになっているような人は幸運にもいなそうだ。しかし、この状況……
「被害が、少ない……?」
馬車が襲われたとい聞いていたから、間に合わないかと思ったが、負傷者はいても致命傷を受けたような人は見当たらない。
「せえっ! やあ!」
幼い声が退治する魔獣の向こう側から聞こえてくる。同時に吹きすさぶ烈風、木の葉を吹き飛ばしながら、魔獣の巨体が森の奥へ飛んでいく
凄まじい力と、魔力の感覚。とんでもない用心棒でも付けていたのかと考えたが、声から判断できる
「女の子⁉」
魔獣を圧倒しながら今まで闘い続けていたみたいだ。他にも動けなくなっている魔獣が倒れている
それでも子供の体力では長く持たない、このままでは数の差で負けてしまう
「せめてもう一人……!」
アナベルがこちらに来るのは時間が掛かりそうだ。他に誰かいないか……
「あうっ!」
声と共に聞こえてきた金属音と、何かが地面に落ちる音。
「手こずらせやがって! これで終わりだ!」
「危ない!」
目の前の魔獣を切り伏せ直進する、追い詰められている少女との距離はすぐに届かない。
間に合わないと思いかけた刹那、少女の後ろから誰かが飛び出してきた。
「何。誰、だ。」
鋭く容赦ない一撃、最小限の動きで迅速に仕留められる。こんな動きができるのは一人しかいない。
「ディアドラ! 助かったよ。」
「まずは、残りの魔獣を倒すことに専念しよう。話はそれからだ。
君は、動けるのであれば負傷したものに手を貸してやってくれ。」
「は、はい!」
少女は後退しながら、けが人の方に回った。
「行くぞ、アルド!」 「ああ!」
「くそ、ここで、ここで負けられるか!」
鬼気迫る思いが、相対するこちらまで届いてくる。それでも、俺とディアドラ、アナベルがいれば問題ない。
「早く片付けて、けが人の手当てに移るぞ!」
「本当に、ありがとうございました」
深々とお辞儀をするのは、助けた馬車の主人。俺たちの駆けつけが間に合ったことで負傷者数名のみで襲撃を終わらせることが出来た。
「いえ、当然の事をしただけです。」
「何かお礼をと思ったのですが、積み荷は駄目になってしまいましたからどうにも……」
「そんな、本当に大丈夫ですって。」
お礼を受け取るなんて、とんでもない。魔獣を追い返すことはできたけれど荷物までは守れなかったから。そんな余裕はないし、受け取ろうとも思えない。
「でしたら、今日の夜は私の家で歓迎させていただけないでしょうか。お礼もせずに帰らせてしまっては、商人としての名が折れます。」
胸を張り答える。こればっかりは折れてくれなさそうだ
「アルド、ここは招待を受けるべきでしょう。」
「そうだな。ここで断る方が、相手への侮辱にもなってしまう。」
アナベルとディアドラにも諭される、二人の意見ももっともだ。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
「ええ、任せてください! 妻が作る料理は絶品なんですよ!」
馬車の片づけは一端休止し、明日に繰り越されることとなった。日が暮れてしまえばどこから奇襲されるかもわからないのだから。
そのため、俺とアナベル、ディアドラを外側にし、中に村の人を入れる形で村に帰ることとなった。
「そういえば、今回の魔獣の奇襲についてですが、何か分かっていることは無いんですか?」
「それが……今までもこういったことはそれなりにあったんですが、まだ何とかなっていました。
ですが、最近では魔獣の動きも活発になったようでして。村の近くでも見たという情報が集まっています。」
それも、ウルアラだけに限った話ではないそうだ。
「しかし、先ほどの魔獣たちの強さ……もし使い捨てだと考えれば厄介だな。」
「どうして使い捨てだと思うんだ? 数も少なくなかったけれど……」
ディアドラの意見に疑問を返す。魔獣の数も強さもしっかりしていた、普通の馬車を襲撃するには十分な戦力だと考えられる。
今回は偶々、ただの村人とは思えないほどの力量を持って行った少女がいたからこそ、失敗に終わったが。
「どれも似たような強さだったこと、ああいった襲撃ならリーダーとなる存在がいていいはずだ。けれど、戦った者の中には見られなかった。」
「それは、もう女の子が倒していたっていうは、考えられないか?」
「なくはない、が。あまりにも低い可能性だと踏んでいる。統率を取るリーダーならそうやすやすと倒されはしないはず。それに奴ら、戦っていて狼狽えた様子はなかっただろう?」
ディアドラに言われて、先ほどの戦闘を振り返る。思い返せば、最初から最後まで必死に闘っていたように感じられた。必死になっているのは当然なのだけれど、どちらかと言うと……
「なんだか、追い詰められているようだった気がするな。」
「そうなのですか、アルド、ディアドラ。」
「ああ、真剣とは少し違うのかもしれない。」
「それに、仲間が次々とやられたら自分だけは助かろうと投降や逃亡を試みるはず。それをしなかったのは……
リーダーはあの場におらず、与えられた命令をこなしていただけではないかと、私は考えている。」
統率する者も現場には姿を見せず、ただ馬車を狙ったわけではないのだとしたら、その可能性の方が高いと考えられる
「もしそれが本当なら、そのリーダーはすさまじい能力を持っていることになりませんか。そこまで魔獣たちから信頼を得るなど……
こちらの方で情報が手に入らないか走ってみます。もしこの村に攻められてきたら……」
敵の戦力を把握しておくのは大事だと、ディアドラが言ったところで、村にたどり着いた。帰り道に襲撃を受けることは無かったが、それが逆に不安を感じさせる。俺たちと村の戦力を分断している今こそ、攻め時だったとも考えられけど……
「アルド、今は必要以上に考えても仕方がない。」
「そうね、もう少し情報を集めてからでないと正しい行動も取れないでしょう。」
「ああ。今は無事に帰れたことを喜ぼうか。」
村の入り口には万が一に備えての準備が整っていたが、敵が来なかったことに皆安堵していた。
村人たちからも再び感謝の言葉をいただき、このまま盛大にもてなそうという流れになりかけつつも、何とか阻止することができた。
「______」
「……そういえば、ディアドラ。村を出る前にアナベルが探していたけれど、いったいどこに行ってたんだ?」
「何、少し森林浴にな。」
「なるほど。だから馬車の方に直接迎えたのか。」
視線を感じつつ、話を続けようと思ったのだが。元々話し上手じゃないし、ディアドラも必要以上に話すことはしないからなあ、話が続かない。
アナベルは治療を行った人達のところに行っている。怪我をした人たちがどうなったか、どうしても気になると言って行ってしまった。
「アナベルにも説明しといたほうがいいと思うぞ、村中探し回っても見つからないって心配していたから。」
「それはねえ__っ! 心配のしすぎだ。それに、近辺の魔物や魔獣に後れを取るような私ではない。」
「______」
持たせていた会話も、そろそろ限界だ。帰り道、歩いている時からずっと感じていた視線の正体はもう分かっている、のだが。
「なあ、アルド。先ほどから視線を感じるのだが、これは……」
「ディアドラを見てるんだろう、俺に言われても。」
ディアドラ、絶対に子供が苦手だから俺に押し付けようとした、間違いない。
俺が聞いてもいいけれど、本人はディアドラと話したいようだし……
「やっぱり、ディアドラが答えてくれないか。あんなに真剣に見てくるんだし、俺が聞きに行くのは違うと思う。」
「…………そう、だな。しかし、目が少しアナベルに似ているというか。子供ながらに強い眼差しで見られているとな……」
確かに、あまりに真剣な人には話しかけづらいというのは分かる。あの女の子は子供としては成熟しているというか、振り切っているというか。
子供らしくない、のではなく子供離れしているというべきか。
「__分かった、行ってくる。」
覚悟を深く決め、後ろからこっそりついてきていた少女に向き合った。
「その、少女よ。あまりじろじろ見られると恥ずかしいのだが。」
「はいっ、ごめんなさい!」
「いや、謝って欲しいのではなくて……先ほどから私を見ていたようだが、何か聞きたいことがあるのか?」
「…………」
緊張で上手くしゃべられないみたいだ。
「ディアドラ、もうちょっと優しい言葉使いで話してあげた方が…………」
「いえ、大丈夫です! それで、聞きたい事なんですが!」
これは緊張しきっていて、逆に大丈夫なタイプの子なのか。
「私も、さっき助けてもらったみたいな剣術を使えるようになりたいんです!
どうか、教えていただけませんか!」
なるほど。剣術を教えて貰いたいのか、ディアドラはどう答えるんだろう。
「確かに、教えることならできる。だが君にはこのような剣術はふさわしいとは思えない。
君が魔獣たちを圧倒したのは聞いていたが、それは魔力を豪快に使う技だ。私のものとは……」
「違うかもしれないけれど、これから必要になるかもしれないわ。」
アナベルが訂正するように説明した。
「しかし、いきなり別の技術を身に着けると、この子の型が崩れてしまうかもしれないぞ。」
「この年まで剣を振るっていた彼女なら、学ぶべきところを学び生かすものを生かすことができると、私は思います、」
ディアドラは、もう一度少女の方を向いた。
少女は決して目を逸らさず、ディアドラと向かい合っている。意志は固いようだ。
「本当は、長く教えることができないからというのが、断りたい理由だ。明日から3日だけだとしても、教わりたいのか?」
「はい! 私に今必要なのは剣の技術、それも実践で鍛えられたディアドラさんの技だと思います!」
「……そうか。私の教えは厳しいぞ、遅れたら置いていくかもしれん。」
「分かりました! 遅れないようついていきますので、よろしくお願いします!」
稽古の約束が決まった。心なしかディアドラまで嬉しそうだが、何か忘れているような……
「__あ。親とも話してないけれど、勝手に決めていいのか?」
「大丈夫です! 必ず理解してくれると思いますし、説得してみせます!」
とは言うけれど、そんなに簡単に行くのか?
「明日の朝に、中央の鐘の前で集合でもいいでしょうか?」
村と星の光で淡い輝きを放っている鐘を指さす。話しながら歩いていたが、気づいたら村の中心まで来ていたようだ。
「ああ、私は構わない。ただ親に迷惑をかけないよう一度聞きに行くからな。」
「分かりました、師匠!」
そのまま急いで走り去ってしまった。
「何だか、元気な子だな。」
「というより、元気すぎる気がします。魔獣に立ち向かったときも一人で向かって行ったと聞きました。」
一人で。聖騎士の村と呼ばれるここで稽古を積んだとしても、どれだけ才能があっても、あの年でできることとは思えない。まだ子供を少し超えたぐらいにしては、行動に思い切りがありすぎる。
「そこも、私が可能な限り何とかしよう。今だけは彼女の師匠だ。」
「ディアドラ……俺にできることがあったら、なんでも言ってくれ!」
「私もそのつもりだ。……いや、もしかしたらそれだけじゃないかもしれないぞ。アルド。」
「それだけじゃないって、他に何かあるのか?」
「私たちが、ここの人たちと合同で稽古をするのはどうかしら?」
「ごちそうさまでした。すごくおいしかったです!」
「ええ、とても豪華な食事をいただいて……ありがとうございます。」
「とても美味しかった、ありがとう。」
「いやあ、そう言っていただけて嬉しいです。」
「ええ。主人を助けていただいた、ささやかなお礼です。」
ささやかなという言葉が、ここまでお世辞と分かることもない。村の特産品である
「アルドさんには息子も助けていただいて……本当に、感謝の使用がありません。気絶をしていて倒れていたなんて、なんと情けない……」
「俺にできることをしただけですから。それより、間に合ってよかったです。」
あの時は本当にギリギリだった、あわや魔獣に切られてしまうところだったのだから。
「そういえば、息子さんを見ませんけれど……大丈夫でしょうか。」
あれだけの魔獣に囲まれ、闘いの場に居合わせてしまった。そういう光景が苦手な子もいる。
「ええ、先ほど顔を観に行ったのですが。今は食べれるような気分じゃないと言われて……親としては、あれで騎士団に入りたいと言っているのが心配で心配で……」
「騎士団に入りたいのですか?」
それは、意外だ。てっきり血生臭いのとは関わりたくないかと思っていたけれど。線も細いし、実践向きではないと思う。
「ええ、本人の昔からの夢でして。クレンの方に才能があると分かってからも、訓練を続けていたのですが……どうにも。」
「クレンと言うのは、今日会った少女の事でしょうか。」
「はい、魔獣たちと闘っていた。あの子には周りの子と比較にならないほどの力があります、本人も闘うことを望んでいますので、せめてあの子には力があってよかったと思います。」
「力は才能によってのみ、決まるものでもない。貴方の息子もそれを分かっているのではないか?」
「それは、しかし戦術などこれから必要になるものでしょうか。」
「なあ、アナベル。戦術って一体……」
「彼が持っていた本、あれは王国史書の歴史本です。古い記録も混じってはいますが、一人の兵士から一個師団までのかつての戦いが載っています。
あれを買うのは大変だったでしょう。本でさえ高価なのに、戦術の書かれたものなら子供がおいそれと手に入れられるものではありません。」
アナベルの言うことに同意しながら、ディアドラたちの会話にも耳を傾ける
「開発された錬杖兵器によって、リンデの方には安全な道が作られたと聞いています。
この技術が広がれば、我々が闘う必要のない時代が来るかもしれません。」
「その意見には、賛同しかねる。技術の不信ではなく、我々が戦わなくてもいい時代ということに。
武器を捨てる日など、そう来るはずもない。それにこれまでの培われた戦術を継ぐものは必要になる。」
「それはそうですが、私の息子でなくともいいはずです。私としては苦手なことを無理にせずとも、商人として活躍できると思っているのです。」
話が少し険悪になってきたかもしれない、そろそろ納めないと大変なことになるかも。
「息子の気持ちを考えてやるのも、親としての役目だと思うが?」
「おっしゃる事は解りますが、研究でもいいのではないかと思っているんです。なにも騎士団でなく、技官として使える道も……」
「あなた、恩人にそんなことを言うのはお止めください。」
「ディアドラも、そんなに強く言っちゃだめだ、落ち着いてくれ。
遅かったかもしれない、お互いに言いたいことを言いきった様はすがすがしい物とは程遠い。
「……すみません。息子の事となると。どうにも冷静でいられなくなってしまい。」
「……こちらこそ、あなたの気持ちを欠いた発言をして、すまなかった。」
お互いの謝罪を受け、その日は就寝となった。
就寝前になって気が付いたが、明日の朝にはディアドラがクレンの稽古を、アナベルと俺が他の村人を鍛えることになっていたが……
「まずいな、これと言って何を教えていいのか分からないぞ。バルオキーで習ったことと、旅の途中で気付いたことと。」
自警団として教えられる事と、他には何ができるだろうか。明日の準備のため事前にある程度アナベルと話し合いたいと考えていると、部屋の前を通りかかった時、光が漏れているのに気付いた。
ここはリザルの部屋だと聞いている。もしかしたら夜も寝られないほどトラウマになってしまったかもしれない。
気になってしまうが、直接聞けるはずもない。となれば残るは、この隙間から覗き見ることになる。でも勝手に見るのも、良くないかという考えが浮かんだ頃。
突然開いたドアに思い切りぶつかってしまった。
「ごめんなさい⁉ でも、ここで何をされていたんですか?」
「いてて。いや、こっちが悪いよ。こんな時間まで明かりが点いているから、大丈夫か心配になってさ。声を掛けるべきか迷っていたんだ。」
見つかってしまったのなら、直接聞くしかない。
「血が、苦手だと君のお父さんから聞いたよ。大丈夫か?」
「……はい、血は苦手ですが……僕は騎士団に入りたいんです、そのために負けていられません。
もう寝るので、アルドさんもおやすみなさい。」
「ああ。お休み。」
着丈にふるまっていたが、垣間見えた彼の目元は少し、赤かったような気もする。
「大丈夫かな……やっぱり、怖いんじゃないか?」
心配になりながらも、明かりの消えた部屋の前にずっといるわけにはいかない。明日になったらまた聞いてみることにして、自分の部屋に帰った。
朝。約束した時間と場所には、思っていた以上の人が集まっていた。
寝起きで働かない頭は、集まるのはクレンだけじゃなかったかと考えている。それにしては人が多い、村人と子供が半々といったぐらいか。
そして、どこかから剣戟の音が聞こえてくる。
「あれ、なんでこんなにたくさん……」
「おはよう、アルド。もうすぐ訓練を始めるのだけど、大丈夫?」
「ん⁉ ああ、それは構わないけど……人が多くないか?」
そうだ、昨日言われたことを今になって思い出す。結局いい案が浮かばなかったから、目標とのずれを指摘していくという風に考えたけれど。
「俺にできることは、その人がしたい動きとのずれを指摘するとか、変な癖が無いか調べることぐらいだけれど。」
「確かにそれもいいわね。でも、アルドには別の事をやってもらう予定だったのだけれど……」
別の事?
「どんなことを考えていたんだ?」
「一人ひとり模擬戦をしていくの。それならさっきアルドが言ったこともできて、お互い分かりやすいじゃない?」
模擬戦、それは思いつかなかったな。それに実戦での経験を積めた方がいいし、俺も直接戦った方が分かりやすい。
「ありがとう、俺は模擬戦を受け持つよ。アルべは?」
「私は、まず全体の動きを見て……団体戦での動きに問題が無いか確認してから、村の外に出て魔物との闘いを見ようと思っているわ」
アナベルは騎士団長という肩書を十分に生かすみたいだ。後はディアドラとクレンなのだが……先ほどから金属音にも近いほどの音が、坂に近いところから聞こえてくる。
「模擬戦闘用の剣で、あそこまでの音が出るなんて、な。」
「そうですね、クレンだけはやはり力も才能もある。起点も効くようですが……」
ディアドラとクレンの攻防は、先ほどまでの音が噓のように唐突に終わった。ディアドラが技によって制し、力の余り振られたクレンの剣は遠くに飛んでいく。
「ああー! また負けた……」
「君の力は確かに強大なものだ。それゆえどうにも力任せになっているところが見られるな。」
「うう、普段はちゃんと気をつけてるのに。」
「相手の隙をつく時に、どうにも力が籠っている。それ自体は悪くないのだが、きちんと相手の挙動を見る余裕を__」
淡々とした説明。必要最低限の会話しか行わないやり方は、まだ子供と言っていい彼女には辛いかもしれないが……
「分かりました! もう一本お願いします!」
「ああ、いくらでもかかってくるがいい」
クレンは気にした様子もなく、すぐに模擬戦が再開された。
「かなりキツイ稽古だが、よくついていけるな」
「そうね、並々ならぬ努力家みたいだし、とてもいいことなのだけれど。」
俺たちから見ると、強くなることにしか固執していないというか、強くなろうとし過ぎているように見えてしまう。
「休憩は取るように言っているが、あの調子だと夜まで続けるかもしれないな」
「いや、お昼は食べないと駄目だろ……さて、俺たちも始めようか」
「ああ、準備も終わったようだしな」
村人たちの用意は終わったようだ。心なしか顔色が悪いというか、暗いというか。
「よし、じゃあ一人ずつ模擬戦をしたい人は俺のところに、団体戦で挑みたい人はアルベのところに来てくれ」
塊になりながら話していた人々はアナベルのところへ。それ以外は俺のところにやってくる。その中には、リゼルの姿もあった。
「誰からでも構わないけれど……」
「それだったら、リゼルからがいいと思いまーす!」
子供たちの中から、そんな声が出てきた。目立つのは、身体が大きいからではなく、どこか小馬鹿にしたような笑みを浮かべ手をあげているから、だが周りの子供も同じように笑いあっているだけ。その魂胆も見えてくるけれど、断ったらリゲルがさらに馬鹿にされてしまう。
「どうする、リゲル。俺は構わないぞ。」
あえてリゲルを挑発するように、もし騎士団に入りたいのならここで臆していては到底叶わない。
「……お願いします、アルドさん!」
声を張り震える身体を押しとどめ、リゲルはそう言った。周りに理解されない状況でよく言ったと言いたかったが、今は模擬戦で答えるのが正しいはずだ。
「皆は離れていてくれ。よし、いつでもかかってきていいぞ。」
「……………………はあ!」
離れた距離から一息には来ない、ゆっくりと、慎重に距離を詰めていく。距離が先の半分になったとき、それが始まりとなった。
距離を一気に詰め、剣を叩きつける。力は抑えながら受け流した。あまりに軽い一撃だが、それもやたらに打ったわけじゃなさそうだ。
冷静に対処していく。打ち込む度合いが増えても伝わる衝撃が変わらないのは何かがあると暗に告げているが、それを待つほうがいい。リゲルの強さを分かるために必要だ。
「____ふっ」
払いのけながら、弾きながらの剣戟も長くは続けられない。力が籠らなくなってきたのは打ち合いで分かる。ならば、この後の数度で勝負に出る必要がある。
「____!」
表情は読み取れない、だが今の一撃があまりに軽かったことが、その瞬間を決定づけた。大きく弾かれ今まで以上に飛びのいてしまった時、遠くからの攻撃が不可能だという印象を与えられていたことはそのすぐ後に分かった。
数少ない力を振り絞り、捻りと強化された足による最後の突貫が襲う。戦闘の開始から始まっていた最初にして最後の切り札。少年の身は地面に叩きつけた鞠のように今までとは異なる速度ではね飛んでいき、防がれた。
驚きは、防がれてしまったことではない。冒険者に通じるものでなく、一矢報いるための一撃は……その重さに敵わなかったのだ。
危なかった。もう少しで切り返してしまうところだったが、寸前で剣を止めることができた。でも、これじゃただの力比べ。それなら俺が勝って当然だ。
大事なのは、ここまで追い込まれたということだろう。
「はは、やっぱり負けてるじゃないか。」「力が足りないと、どれだけ頭を使っても意味ないよなぁ」
小声で、しかしここまで聞こえるように言っている。大人たちもそれを注意するが、あまり聞いているように見えない。
「大丈夫だったか、リゲル。」
「…………はい、手合わせありがとうございます。アルドさん。」
やや俯きながら、笑って返された。
「それで………僕の戦い方はどうでしたか?」
「そうだな。まず悪いところから。
全体的に踏み込みが甘い、剣の振りが弱いといったことは分かってるよな。」
「ええ………分かっています。」
先ほどよりも小さな声で返される。これは隠してもしょうがないし、最初に言うべきだと思った。そもそもの力をつけなければ、最後の一撃もさっきみたいに防がれてしまうことが、リゲルも分かっているから。
「あとは、予想できてしまうことだな。どこか一定の攻撃だと俺も途中で気付いていたから、何かを仕掛けるのはもう少し後だと分かってしまうんだ。それは、最後の攻撃を仕掛ける直前の攻撃は軽かった。」
「もっと、分かりにくいように工夫をするということですか?」
「分かりにくいようにできればいいけれど、要は大事な瞬間を悟られないようにする必要があるってことだ。」
ここまでは悪かった点。
「そして良かった点だが……それは二つ。
まずは、俺に勝つ、あるいは一撃を入れるつもりの策をちゃんと練った事だな。力任せができない分、作戦や知恵で補うっていうのは、とても大事だと思う。」
「二つ目は、最初から最後まで自分の作戦を通そうと尽くしたこと。途中で変えたりしなかったから、俺も最後は慌てた。意表を突くために本気でなければ、出来ないことだったと思う。」
「……はい、ありがとうございます。」
まだ小さいがはっきりと、喜びと共に答えた。
「っと。じゃあ一人目はここで。それじゃあ次の人、誰かいますか__」
「__あとは、戦闘中に迷ったと見られるような表情はしないように。
よし、じゃあ次の……あれ?」
「もしかして、今の人で一周したのか。」
じゃあもう一周とは、なりそうにもない。村の人は全員が戦い慣れているわけじゃないし、時間もちょうどいいか。
「それじゃ、休憩にしよう!」
この言葉を皮切りに、子供たちから一部の大人まで、村の中心に用意されたご飯に向けて飛び出していった。
「アルベも、もう帰っていたんだな。」
「ええ。陣形を取りながらの戦闘は、見事なものだった。流石はこの村の自警団だわ。」
手放しで褒めているということは、かなりの腕だったのだろう。
「可能な限り教えようとは思ったが、騎士団の兵とは戦力も違うから、助言のほども難しいな。」
「あ、俺思ったことをそのまま言っちゃったけど、大丈夫かな。」
急に心配になってきた。誰もが強くなりたいわけじゃないし、的外れなこと言っていたかも……
「アルドはむしろ、隠そうとすると顔に出るタイプだからな。思ったことを言っている方がいいだろう。」
「それは、そうかもしれないけれど。」
「変に考えて言うことを、相手は信用して聞いてくれないかもしれないのよ。それなら、ちゃんと言いたいことが伝わる方がいいと思うわ。」
だったら、これでよかったのかな。ディアドラとアナベルもこう言っているし。
「ディアドラも、今まで稽古をつけていたのか?」
「そうだ。ただあのクレンという少女……技や考えをどんどん吸収していくから、つい楽しくなってしまった。」
そう言うディアドラの顔には、邪悪に近い笑みが浮かんでいる。
「まあ、ほどほどにな……」「あまり無理をかけないようにするのですよ」
「これでも、休憩を進めたりはしている。だがクレンはそれも最低限しかとろうとしない。おそらく睡眠と食事、風呂以外はずっと剣を振っているだろうな。」
まさか、いくら何でもそこまで……
「ししょー! ディアドラ師匠! ご飯も終わったので、稽古の続きを!」
本当に来た⁉ ディアドラも流石に頭を抱えている。
「私はまだ食べ終わっていない、それに今から仲間と大事な話があるんだ。少し待っていてくれないか?」
「! そうとは知らず、すみませんでした! 向こうで素振りしています!」
来た時のような速度で坂の向こうまで走り去ってしまった。なんというか、嵐のような子と言うか。
「まあ、今見た感じがずっと続いている。戦っている間は静かなんだが、その後は質問攻めにあう。」
それも、自分で考えろと言ったら、少しは収まってくれたんだがと、確実に疲れていることが見て分かる。
「ディアドラも大変だな。そういえば、大事な話って言っていたけど、それは?」
「ディアドラ、それは魔獣の__」
「ああ、私もアルベと同じ情報だ」
アナベルとディアドラは知っているみたいだが、魔獣について?
「もしかして、昨日馬車を襲ったことで、他に何か分かったのか?」
「そのことも関わっているはずよ、リゲルの父が手に入れた情報と、最近村の周りで相次ぐ魔獣の目撃情報」
「この二つが意味するのは……魔獣襲撃。ウルアラに向けてその準備が行われているらしいの」
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