空腹の運び屋は少女を拾うことにした

七星ミハヤ

第1話 食べられるものには限度がない

 それなりに減少傾向だったヒッチハイカーというものが、ほとんど見なくなったのは自動運転が始まってからだと思う。

 庶民にいきわたる車のほぼ八割は安価で操作も免許もいらない自動運転車になった。

 今もオートマチック車なんて免許の必要な車に乗っているのは、どんな荷物も運ぶ、運び屋の者くらいである。

 それはそうとして腹が減った。それもとてつもなく、飢え死にしそうだ。

「……あとは肉まんをあるだけ……あ? 五つまで? わかったよ、じゃあそれで……」

「なんでわかんないのよ?!」

 休憩のためにサービスエリアに車を止めて、エネルギー補給のための食事を買っていると、ふと少女が目に入った。オープンスペースでくつろぐ男たちに、何かを説明しているようだった。

「よくもまあ。こんなところでヒッチハイクなんぞするようになったもんだ」

 黒髪に灰色の目。どことなく灰色の目からは疲れが滲んでいて、とげとげしいイメージはあるが、その顔のパーツは整っていて悪くない。まだ学校に通っていてもおかしくない年だった。

「なんで乗せてくれないわけ?! そっちだって別に困ったことないでしょ?! 最悪次のサービスエリアで降ろしてくれればいいんだから!」

 高いよく響く声で少女は騒ぐ。食堂の従業員や、周囲の運び屋連中が唖然とした顔で少女を見ているがおかまいなしだ。ただでさえ、サービスエリアでこの年頃の少女が一人でいること事態滅多にないことなのに、さらに騒いでいれば当然だろう。

「そりゃあいけねえよ。お礼がこんだけぽっちだなんて」

「しかたないでしょ! それ以上はムリなんだから。足元見てるの? それとも見殺しにするっての?!」

「そりゃそうさ。自動運転の連中はお断りなんだろ? そんだけ切羽詰ってんなら、礼くらい弾めよなあ?」

 男たちに足元を見られて、少女はさらに語気を強めていく。

「ふん、そんなことを言って、私を乗せたらどうなるかだとかそういうつまんないことでも考えてるんでしょ! ほんっと最近の連中ときたら、波風立てないようなことばっかで、まあ、それじゃあ逃げ切れないだろうけれど!」

 その発言に少し興味を持った。

 気がつけば、少女と男たちの横から話しかけてしまっていた。

「僕が、乗せようか?」

「……なに、あんたも運び屋?」

「そうなるね」

「ふうん? いいわ、こいつらよりも話がわかりそうだし。そうしてあげる」

「兄ちゃん、正気かい?」

 男のうちの一人が尋ねる。どこかの営業所であったのかもしれない。顔だけは知っていた。

「うちはまだ時間に余裕があるんだ。さっき一気に来たからね。だから方向さえ一緒なら、少しくらいなら送ってあげられるよ」

「お礼はこれだけ」

 少女は自分のスマホを操作して、金額を提示した。決して安くはない。運び屋の三日分の給料くらい。それでできないというのは足元を見ていることになる。

「いいよ、それで。じゃあこっちだから」

 案内しようとすると手をつかまれた。買い込んだ食糧が揺れる。

「おい、兄ちゃんいいのか、ほんとに?」

「何か、問題があるのか?」

「あいつは、多分アレだぜ?」

「……変な気はおこさないさ」

 わざと見当違いなことを言うと、男は肩をすくめてそれ以上なにも言わなかった。


「名前は?」

 走り出してからしばらくして、ようやく少女は口を聞いた。

「は?」

「あんたの名前、聞くの忘れてたでしょ」

 そういえば名前すら名乗っていなかったことに、言われてようやく気がついた。空腹のせいで色々と余計なことが目に入らなくなってしまうことがある。今も胃を締め付けられるような飢餓が襲ってきている。

 先ほどサービスエリアで買った肉まんはすでに乗る前に食べつくしてしまった。後は、気休めに買った菓子類でしばらくは繋ぐしかない。

「坂東吉太郎、30歳、かに座、AB型。友人から気軽にタローといわれているが、お前ならそうだな、吉太郎と呼んでもいい」

 ちゃんとした自己紹介が必要かと思って、とりあえず思いつく情報を提供してやった。

「……聞かれてもないことを答えないで」

 凍てつくような冷たい声で言われた。次のサービスエリアでおろしてやりたい衝動に駆られるほどの声色だった。

「そうか。ならお前の名前は?」

「ジュジュ」

 さすがに苗字もなしにその名前だけは、この国の名前としてありえないだろう。

「……偽名か?」

「仮名。あんたを信頼したわけじゃないから」

 仮名と偽名の違いがわかっているのか、あっさりといわれた。

 信頼できない男の車に乗るなんて、最近の少女はどうかしている。

「そうか」

 そんな気分にはなったが、適当に返事をしてカーステレオをつける。ラジオではいつものMCが話し始めているところだった。

いつものように二三の人生相談に質問に回答して、それから音楽を鳴らす。MC曰く今月のダウンロード数ナンバーワンの人気曲なのだそうだが、ジュジュは特に反応したそぶりもなくただ窓の外を眺めている。

「高速道路の窓なんてつまらないだろう」

「どうして?」

「街もほとんど見えないし、山ばかりだ」

「それくらいのほうがいいじゃない。人もいないし」

「人間、嫌いか?」

「そうよ。それも、とてつもなくね」

「理由は?」

「くだらないから。うじゃうじゃ人が歩いているのを見ると虫唾が走る。だからさっさと家も出てやったの」

 このくらいの年頃ならよくあるものだ。理解しているからこそあえて否定はしない。

 なんとなくそんな解釈が脳裏によぎる。別にそれ事態悪いことではない。自分の才能や限界を把握するためには、その擬似的な万能感と現実とのギャップにより他者を拒むことも必要だろう。ただし、それがあまりに度を越していると後で自分が後悔することになる。

「なら一人旅でよかっただろ。お前くらいの年齢なら、別にこんなことしなくても、普通に原付の免許くらいなら取れるだろ」

 いくつから原付が取れるのかよく覚えていないが、確か15歳以上だっただろうか。

 なにしろ免許を取ったのは、十年以上も前のことだ。

「……それじゃあダメなの。たぶん、スピードが足りない」

 ジュジュはちらりとサイドミラーを見た。つられてバックミラーを確認するが、なにも映ってはいない。曇天と、つまらなさそうに走る自動運転の車の群れが続いているだけ。

「はあ? 何を言って?」

「いいから、走ってよ!! できるだけ、速くできるんでしょ?!」

 また叫んできた。なんというか感謝とかそういうのがないのだろうか。それともそれくらい、「切羽詰っている」のか。

「どちらでもいいさ。俺は時間通りにつければそれでいい」

 直線でハンドルから手を離して、すばやくサンドイッチの封を切る。そのまま一気に三枚とも口の中に放り込み、噛まずに飲み込んだ。飢えて死にそうだった胃の中に、ニセモノの満足感が一瞬だけ満たしてくる。

「え、なにして……」

「ジュジュ、じゃあ少しスピードを上げてやるよ。だからその間にジュースとそこの菓子の封をあけておいてくれ」

 踏み込んでギアをあげる。トラックを操作しながら、前を行く自動運転の車を車線変更して追い越した。すでに法廷スピードギリギリの速度だ。

「は、はあ? こんなにあるやつを全部?」

 サービスエリアでは袋いっぱいに買っただけだが、運転席の後ろ側にはダンボールに入ったスナック菓子だの、栄養補助食品だのが大量につまれている。その量の多さに、ジュジュは驚いたらしい。

「俺は燃費が悪いんだ」

 そう言って、さらにジュジュがあけたポテトチップスの袋に左手を突っ込んだ。何枚か引っつかんで、口の中に放り込む。

 そうやって何度か往復していると、すぐにポテトチップスのビッグサイズは空っぽになってしまった。


「怖い話しようか」

 十袋ほどスナック菓子を胃の中に収めて、少し落ち着くと次にくるのは、微妙な沈黙だった。気を利かせて提案してみる。

「なんで、このタイミングなの?」

「食後は眠くなるんだ。話しておかないと事故る」

「……最悪じゃない」

「こういうのは知っているか、高速道路に出てくるジェット婆の話は……」

「それ、小学生の怖い話にも乗っている奴でしょ」

「なら、呪術の 」

「ちょっとしっかりしたものが食べたいな。ちょっとサービスエリア寄るか」

 小一時間して、空腹は満たされるどころか限界に近かった。

「なに言ってるの? そんなことしたら、遅くなるじゃない」

「安心しろよ。これでもかなり距離は稼いでいる。それに食事の時間を短縮したおかげで、ほら、二時間も余裕がある」

 会社から指定された時間よりも二時間は早い。

 ちなみに自動運転なら後数時間は遅れていたところを、抜かしてスピードをあげて短縮したのだ。

「それにやっぱり菓子だけじゃたまらない。きちんとしたもの食わないとな」

 浮き出た肋骨の下を撫でると、ジュジュは一瞥してからはあ、とため息をついた。

「できるだけ早めにして。そうじゃないとどうなるかわからないから」

「それは俺が決める」

 次のサービスエリアにはご当地のラーメンがあった。それを食べるのも悪くないだろう。考えるだけで心がうきうきする。しかし、ジュジュはまったく嬉しそうではない。先ほどのサービスエリアから何も食べていない。それどころかすでに昼飯の時間は過ぎているのに、何も食べていないのだ。少しくらい何か口に入れたほうが健康的なはずだ。

「……はあ、次がいるかもしれないわね」

 またジュジュはため息をつく。そしてサイドミラーを見た。

 そこには曇天とつまらなさそうに走る自動運転車しか映っていないのに。


「あ、ああ……や、やだ、なんで……これ、私のじゃない!!」

 サービスエリアの自動ドアが開いたとき、ジュジュは悲鳴をあげた。

「うわ、すげえな。これは……」

 さすがに少し引いた。何にせよ、これはやりすぎだ。

 店内は血と臓物で彩られていた。できるだけ趣味を悪くしようとしても、こうはならないだろう。

 壁一面は血まみれで、何か花や人間の顔らしき絵が描かれている。悪趣味極まりないし、そんな無駄なものを書いている暇があったのだろうかと思う。

 せめて店員の一人でもいればと思ったが、店内は全滅していた。

「あそこ、待って、吉太郎!! 何か、いる!!!!」

 ただ一人、部屋の隅に座る黒い人影以外は。

 その正体を掴む前に、ジュジュの手を引いてそのまま店の外に出た。

 そうしないと、真実はわからないと思ったのだ。


 後ろからは黒い獣が追いかけてくる。

 夜道で幽霊を見るとき、なぜ男よりも女のほうが怖いのかその理由がよくわかる。髪を振り乱し、血まみれの胸をさらけ出さして追いかけられると、それだけですくみ上がってしまうような恐怖が込みあがってくるのだろう。

「あ……なんで、なんでぇ?」

 ジュジュが

「なあ、どうしてこの国は百パーセント自動運転車を導入しなかったと思う?」

 気分を変えてやろうと思って、わざわざ話題を振ってやった。

 ジュジュは唇を青くさせつつも必死にこちらに視線を寄越す。

 口調は変わらないのに、すでに泣きそうな顔をしている。難儀なものだ。

「なにそれ、なんの話?」

「……有名国立大学の入試問題、抜粋」

 これは以前図書館で無料で置いてあった数年前の廃棄寸前の雑誌からの話だ。彼女が受験するくらいの年頃だろうと思って、会話の糸口にしてみたかったのだが、これが見事に大はずれしたらしい。

この世の終わりを突きつけられたような、絶望的な「こいつ何言ってんだ」という顔。いっそすがすがしくて笑えてしまいそうだ。

「馬鹿みたい、そんなわけわかんない話……、今はそんなこと言っている場合じゃない! ねえ、後ろ。あれに捕まったら、あんた殺されるの! ねえ、わかってるの?!」

 ジュジュは一気にまくし立てるように言った。

確かに、これだけを聞いてその意味を理解できるのは難しいかもしれない。さらに情報を付け足す。

「初期の頃みたいに自動的に適当なタイミングでブレーキを踏んでくれるような、そんなお粗末なもんじゃない。目的地を入力していれば、後はハンドルにわずかにでも指先が触れていればいい。前を向いて座っていれば、なにをしていてもいいんだ。無人車だってでていているのに、なぜだと思う?」

「なぜって、それは……あんたみたいな非合法な連中が好き勝手やるため?」

「それもあるかもな。だけど、もっと正解は単純だ。『速い』、たったそれだけだ」

「は、はあ?」

「今のこの国にはスピード違反なんてものはほとんど存在していない。自動運転の車は法廷速度を超過することはまずないし、もしも危険なときには自動停止する。企業だって、自分から飛び込んできたやつらの動きさえ予測して止められるくらいには、そのシステムは完璧なんだよ」

「そこまでするのは、責任問題があるからでしょ?!」

 自動運転に行き着くまで法整備が大変だった。なにしろ自動運転の事故は誰が責任があるのか明確にはわかりにくいからだ。

「よくわかってんじゃないか。その通り。それがいやだから、企業も必死の努力で『ほとんど』事故のない自動運転車を開発したんだ」

「……」

「そして、そのせいで車は圧倒的に『遅く』なったんだよ。だからお前は、あいつらから逃げるために、『速い車』を探していたんだろ?」

 法廷速度よりもさらに遅い車。それが企業のだした結論だった。遅ければそれだけ止まるために必要な距離も減るし、スピードがなければ死亡事故などの重大な事故は起きにくい。

 しかし、それではあの化け物から逃げ切れない。なんのことはない。彼女がずっと後ろばかり振り返っていたのは、自分を追いかけるものがあったからなのだ。

「そういうこと。私の正体に気がついたんだ」

 ジュジュが頷いた。

 くすりと、笑ったジュジュの顔は、おおよそ女子高生ができないような疲れ果てた笑みが張り付いていた。苦しくてたまらないと、生きられないと諦めたような。その顔に、下品な話ではあるが、背筋に電気が走ったような興奮が駆け巡った。

「最初はね、自動運転の車を狙っていたの。それなら事故も少ないし、逃げるのには十分な時間だったから。でも、それじゃだめになってきた。連中は、だんだんと速くなってくる」

 社会学的な話の効能か、それとも恐怖が限界に達してやけになったのか。

 ジュジュは息を吐くと、なぜか酷く冷静に話し始めた。

「呪われる理由は?」

「さあ? もしかしたら告白されたのを振ったからかもしれないし、もしかしたらそれ以外の理由かもしれない。何にせよ、もう当事者もあれだけ巨大なものを使っていたら、それこそちゃんとした陰陽師だとかそういう家系じゃないとムリなんじゃないの?」

「そんな立派なやつが召還したなら、最初からもっとちゃんとしているさ」

 言いながらアクセルを踏む。黒い影の女もスピードを上げる。

「だから原因についてはよくわからない。お祓いなんかはいってないのか?」

「最初は家族といっしょに行っていた。今のこの国でそういうの祓える人は貴重だって言われたし、そうなんだろうと思って高いお布施も払った。でも、何度も何度も執着している。『あれ』は私を狙っているの。ううん、私だけじゃなくて、私にかかわったすべての人を」

「それに俺も巻き込もうってか」

「……謝るわ。何度かうまくいっていたの。一日くらいなら、なんとかなるときも多かった。でも、もう限界みたい。ごめんなさい。きっとアレは、あなたを殺すまで止まらない。私よりも私の傍に居る人を優先してアレは襲うの。その間に私は逃げるの。今までもそうやって生き残ってきた」

 彼女は悲しそうに言葉を発した。別にそれがどれほど身勝手な言葉だろうとどうでもいいのだが、それよりも別のことが気になった。

「……ということは、あれがあっちの限界か?」

「はあ? それはどういう意味?」

「ならそれでもいいさ。そのほうが都合がいいこともあるしな」

 あっさりと頷いたら、ジュジュが首をかしげる。

「ちょっと抜くぞ。他の連中に被害が及ぶと、こっちも下手に注目されかねないんだ」

 そのまま一気にアクセルを踏んだ。ぐんと引っ張られるように加速する。黒い影も笑っているように見えた。

 ジュジュは何も言わずにただ震えていた。それが黒い影に対してなのか、それに追いかけられてもまったく表情を変えない奴に対してなのか。判断はどうにもつきそうになかった。


 高速道路のサービスエリアの中で、そこはトイレと自販機以外何も置いていないような場所だった。止まっている車もほとんどない。数キロ先にある、大型ショッピングモールと提携しているほうに、皆流れてしまっているのだ。そこですぐさまトラックを停車させた。

「降りろ!」

「待って、こんなとこじゃすぐに!! きゃああああ!!!」

 彼女が叫ぶが早いか、黒いものがこちらを見下ろしながら進んできた。電灯の上からこちらを見下ろしたかと思うと、信じられないほど聞き取りにくい声で、こちらに言った。

「おい、ついたぁ!」

 片言の言葉を発するくらいには知性はあるようだ。こういう類は時間が立てば経つほど、その力は増大する。さらに面倒なのは、その力だけではなく姿さえも人へ近くなれるということだ。

「ひっ!」

 ジュジュが悲鳴を上げる。彼女にはおぞましいものに見えることだろう。なにしろその顔は、ジュジュそのものだったのだ。

祓えない筈だ。人を呪えば穴二つ。彼女自身が誰かにかけた呪いが彼女を追いかけているのだ。

「ぎゃはぁ、ねえ、殺そうよ、殺そう殺そう殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺!!」

 頭をありえないほどに傾けて、ジュジュの影は意味のない言葉の羅列を発した。

 彼女は誰かを手をかけようとして、ここまでのものを作り出したのだろうか。それならばとても才能がある。きっと時代が時代ならば、立派に呪殺を請け負うこともできただろう。それだけの知識が彼女に備わっていればだが。

 目の前の存在は完全に暴走している。コントロールなどなきに等しい。ただの呪いの塊。

「ごめんなさいっ!! ごめんなさい!!!!違うの、ちょっと、呪いをかけただけ、それだけだったの。それが、こんな……こんな……お母さん、お父さんまでっ! きゃああっ!!」

 彼女の言葉で理解ができた。彼女は、軽い気持ちで「おまじない」をしたのだろう。

 それが失敗して跳ね返ってきた。その結果がこれだ。大量の呪いを撒き散らす、彼女の姿をした影。

「ああ、これは……とても美味そうだな」

 ジュジュに伸ばされる爪。それを受けとめる。皮膚が破れて、肉が見える。だが血はでない。そんなもの、すでに枯れ果てている。

 骨が軋むが、すぐに再生する。いくら壊れているとはいえ、この程度では壊れない。

「なぁんで? なぁんで、死なないのおおおおお!!!!」

「そんなこともわからねえか、クソガキ。生まれたてのくせに、いい呪い食ってやがるな。肥えて美味そうじゃねえか」

 舌なめずりをする。笑みがこぼれる。口を開く。

「あ……ああ……吉太郎、なんて……ウソ、じゃない……っ」

 ああ、なんでばれた? そうか、影か。悪いな、そこまで昂ぶって制御できない。何しろ、久しぶりの「本当の食事」なんだ。これ以上に歓迎することなんてない。人間だってそうだろう? 食事がなきゃ生きられないんだから。

「いただきます」

 口に運ぶ頭から、ずっしりと詰まったオドが、硬い外殻を噛み砕くと広がる。

 ぐちゃりと噛み砕く。そのまま一気に中を啜る。地面に一滴も落とすわけがない。そのすべてを血肉にするために、ここまで来たんだ。

 そのまま首から下を横に切り裂いて、内臓に喰らいつく。まずは心臓の役割を果たす核から、口の中へと放り込んでいく。さらに消化器官を飲み込んで、長い腸のあたりまで一気に胃の中へと押し込んでいく。

 品のない食べ方だったが、そのすべてを食べてからさらに足の先まで固く冷たい食感に心躍らせながら喰らっていく。人の悲しみや絶望の味は格別だ。それを喰らえば喰らうだけ、胃は満たされていく。本来の姿と、昔の力が少しだけ脳裏をよぎる。

「あ……こないで、くるな!! 来るな!!!! 化け物!!!」

 ジュジュは泣いていた。当然だ。

 彼女は自分の影とはいえ、自分の体が食い尽くす様を見せ付けられたのだ。宝石のような綺麗な瞳からぼろぼろと涙が零れ落ちていく。その様にさえ興奮する。

 彼女にまとわりつく闇は晴れていない。まだ彼女は呪いから解放されていない。

「なあ、ジュジュ。お前を助けてやるよ。俺の餌になれ」

「待って、それってどういう意味?」

「そのままの意味だ。餌としてこれからも襲ってくる、あいつらひきつけろ。そしてそれを俺が食ってやる。一所に留まれないのなら、俺と一緒にくればすべて解決するだろ?」

「……それで、助かるの? ねえ、呪いの元は消えたんじゃないの?!」

「ムリだ。あれだけ人を殺すような呪いが、あれだけで収まるはずがない。今にまた復活して、襲い掛かってくる。お前がここで生きている限りな」

「そんな」

「言っておくが、お前が殺されてもあれは止まらない。ただお前が地獄に引きずりこまれて終わりだ」

 最悪のことを突きつけられて、ジュジュは涙をはらはらと零すばかりだった。可哀想だとは同情しない。それよりもやることがあるからだ。

「だが、俺の餌になれば守ってやれる。一時しのぎだが、こうして旅をしていればお前の呪いを消す方法もあるかもしれない。俺も力を取り戻せる。いい判断だろう?」

 こんな呪いごときでは力は取り戻せない。ずっと昔、この世界を統べていた時ほどの万能感には程遠い。乾いた体を無理やりに動かしている。燃費の悪いクラシックカーに無理やり乗っているようなものだ。

「……あなたは、なに? 何者なの? 人間じゃないのよね?」

「知る必要はない。知ればお前は本当に離れられなくなる。俺は坂東吉太郎。安心しろよ、お前は大切な餌だ。俺の腹が満たされるまで、絶対にお前に手を出させたりしないから」

 最悪の相談だ。なぜか人間はこういう最悪の条件に気がつかない。

「拒否権は、ないみたいね。いいわ、あなたが何者でも着いていくしかないじゃない」

「よろしくな、ジュジュ」

「ええ。よろしく、吉太郎」

 本当の名前で縛ってもいいが、今はこれでいい。彼女は逃げられない。呪いはしつこい。一つ潰しても、人間に感情などという面倒なものがある限り付きまとう。

 それに名前を奪えば、こちらも名前を奪われるリスクがあるのだ。そこまでする気はない。

 今日はとてもいいものを拾ったのだ。

 ああ、これで腹がようやく満たせそうだ。

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