第三話 知性 二

 ダンドルフォは想定外の事態に黙り込んだ。

 実のところ、彼は今回の『魔王の封印解除を阻止する』というクエストにはあまり乗り気ではなかった。

 魔王が猛威を奮い、世界が破滅の危機に瀕している時であれば、その討伐に成功したことで一躍有名になれる。

 世界を救った英雄であるから、老後の心配もない。

 ところが今回の「復活阻止」に成功したところで、褒められるかもしれないが世界にとっては「ただの現状維持」である。

 むしろ失敗した場合にはその責任が一生ついて回ることになるから、メリットよりもデメリットのほうが大きいと考えていた。

 ただ、彼は熟年離婚裁判の係争中だった。

 原因は彼の浮気で、裁判に勝てる要素はどこにもなかったが、「魔王復活阻止」を理由として次回の最終結審が日延べされていた。

 大金持ちの令嬢である妻との離婚は彼の経済的破綻を意味する。

 彼の親友が全力で妻の説得を試みることになっていた。それに一縷の望みを託していたが、難航することは容易に想像できる。

 そこで、出来る限りこのクエストの完了時期を引き延ばす必要があった。

 無論、勝つことは最低条件であるものの、あっさり勝つこともあっさり負けることも彼には論外であり、最大限粘って最終的に勝つことが理想である。

 しかし『しょーもない魔法』に関して、相手に勝てる気がまったくしなかった。

 何故なら、彼は騎士階級である。魔法の知識はさほどない。

 ――いや待てよ。

 彼にはたった一つだけ心当たりがあった。


 一方、ロクザーリは涼しい顔をしていたが、内心は苦りきっていた。

 正直言って、彼は魔王の復活を望んでいない。

 理解が早く、大胆な権限委譲も辞さないギガマルスに心酔しており、「彼が魔王の座を引き継ぐべきだ」と陰で噂を撒き散らしている。

 ただ、本音は非常識かつ残虐非道で名高いクセノポリスが復活し、自分の上司になるとやりにくくなるのが嫌なだけである。

 従って、今回の勝負も最終的には負けたかったが、相手がダンドルフォではそれが難しかった。

 騎士に魔法の知識であっさり負けたりしたら、自分の名声は地に堕ちる。

 出来るだけ粘ったところで相手に惜敗したいところであるが、量的に負けるはずがない。

 それは魔王軍幹部全員が確信しているところだろう。

 すっかり苦りきってダンドルフォのほうを見ると、彼がちょうどロクザーリのほうを見たところだった。

 彼の目は死んでいなかった。

 何かを強く心に秘め、決死の思いを胸に前に出ようとする戦士の目だった。

 この絶望的な状況にあっても、最期まで諦めずに戦い続けるぞという意志を宿した目だった。

 ――となれば。

 ロクザーリは目を輝かせる。


 二人の右手が同時に上がったので、ペルセポリナは意外そうな顔をした。

「はい、なんでしょうか」

 ロクザーリがダンドルフォのほうを見る。今度はダンドルフォが右手を前に出した。

「おほん、それでは私のほうから提案したいことがある」

 ロクザーリは咳払いをしながらそう言うと、ギガマルスのほうを見ながら言った。

「ギガマルス様。このまま勝負をすれば、私の勝利は間違いないものと考えます。しかしながら、それは私の誇りが許しません」

「ほう」

 ギガマルスが顎に右手を当てた。

 話をじっくり聞く時の、彼の癖である。

 ロクザーリは眉を軽く上げると話を続けた。

「それゆえ、あえて条件を緩めたいと思います。量ではなく、質で勝負することに致したく。それでも私の勝利は変わりようがありませんが」

「……ふむ」

 ギガマルスが両腕を組む。同時にロクザーリの脳裏にギガマルスの声が響いた。

(敢えて条件を緩め、相手に希望を抱かせた上で、完膚なきまでに叩き潰して絶望させるということかね)

(はい、その通りでございます)

(実に悪魔的であるな)

(魔族ですから)

「よかろう。実に面白い提案だ。ペルセポリナ殿、このような条件変更は許容できるかね」

 ペルセポリナはにっこりと笑っていった。

「双方合意の上であれば問題はありませんよ」

 もちろん、ダンドルフォに嫌はない。


 *


 五分程度のシンキングタイムの後、勝負のときとなる。

 先攻はロクザーリ。 

 彼は黒羽根扇子をダンドルフォに向かって突き出すと、こう言い放った。

「ダンドルフォ殿、敗北の準備はもう出来ておるかな」

 ダンドルフォはにやりと笑って対抗する。

「条件緩和の提案は有難かったが、その結果がどうなることやら」

「余裕があるのも今のうちだわい。私の魔法絵を見た後でも同じことが言えるかな」

 とてもこの勝負が『しょーもない魔法』対決とは思えないやり取りをしてから、ロクザーリは洞窟中央に進み出る。

 彼が所定の位置についたところで、ペルセポリナは宣言した。

「そってでわぁ~、先攻のロクザーリ様ぁ~、よろしくお願いいたしますぅ~」

「承知!」

 彼の掛け声とともに、それまで周囲の壁に灯っていた明かりが一斉に消える。

 同時に、洞窟中央部分だけが上からの明かりで照らされた。

 まるで古典劇の主人公のような厳粛な雰囲気を纏わせつつ、ロクザーリは右手の扇子を高らかと頭上に掲げる。

 そして小さく息を吐くと、言い放った。

「私が至上最もしょーもないと思った『魔法』をここにご紹介する。時間操作系魔法の――」

 その瞬間、その場にいた者のうち魔法に通暁している者は敵味方問わずに息を呑んだ。

 時間操作系魔法といえば難易度が高いことで有名である。

 それをあえてこの場に持ってくるとは誰も考えていなかった。

 その雰囲気が伝わったに違いない。

 ロクザーリはにやりと笑うと、さらに高らかに宣言した。


「その名も『チ・ヨット・マッテ』!」

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