第三話 知性 一
対戦形式は「一対一」だという。
そこでまず、ダンドルフォが胸を張って言った。
「それであれば勇者側の適任者は、このわしだな。わしは一応、トウシュロス大学法学部卒だからな」
それを聞いたギガマルスが、
「ほう、帝政初期に設立された大学の中でもトップクラスの七つ、旧七帝大のしかも最高峰かね」
と口にした途端に、
「ちょっと、最高峰がトウ大ですって? 馬鹿なこと言わないで頂戴。しかも『一応トウ大』ってなによ。変な遠慮をしている奴多いけど、そんなに自信ないなら言わなきゃいいんじゃないの?」
と、ピトリーナが割って入った。
「旧七帝大の最高峰はキョートル大学に決まっているでしょ。しかも法学部なんて『就職に有利だから』という理由で選択する者が大半の学科じゃない。優秀さで言ったら理系の、しかも純粋理論派が集結する理学部に敵(かな)うはずないでしょ」
それを聞いたピートが苦笑いする。
「また始まったよ。ピトリーナ姉さんのキョー大理系至上主義が。理系優位というのはその通りだけどさ、キョー大理学部なんか頭でっかちで応用の利かない偏った人間しかいないって、いつも自分で言ってんじゃん」
「ピート、今ここでそんなことを持ち出さなくても……」
焦ったピトリーナを右手で制すると、ピートは話を続けた。
「やっぱ、男の子ならば工学系だよね。特に僕のようなハンセン大学工学部卒というのが、バランスとしてはちょうどいいんだよ」
すると、今度はガルフが鼻から息を吐きながら言った。
「ふっふ~ん。理系の『僕たち賢いから』という上から目線の態度には笑ってしまうぜ、お坊ちゃん。実際の社会を動かしてるのは金だぜ? 経済力が最強に決まっているじゃないか」
ピートの鋭い視線を意に介さず、ガルフは話を続ける。
「それに南のほうは気候が良すぎて、高度な思考には向かないって言われてるだろう? 最北端のホクホク大学経済学部卒が最強なんだよ」
するとそこで、イングマールが一歩前に出る。
「理系の論理性と文系の経済的合理性をすべて兼ね備えた、存在そのものが勝ち組の学科を忘れては困りますね。しかも北のほうが深い思索に向いているだなんて。精神疾患による自殺者ははるかに北のほうが多いじゃありませんか」
彼は顎鬚(あごひげ)を撫でながら言った。
「寒すぎるところは健康的じゃないんですよ。最強はキュウヨーク大学の由緒正しい医学部卒に決まっているじゃありませんか」
すると、
「みんな、わかってないなぁ」
とベルトファンが呆れた声で言った。五人の鋭い視線を感じながら、彼は余裕の笑みを浮かべながら言う。
「思想とか経済とか、夢が全然ないじゃん。やはり帝国の未来を支える教育こそが一番重要なんだよ。だから僕のようなトゥンペイン・ホーク大学の教育学部卒が最強」
「イカトンが何を言ってるんだよ」
ガルフがそう揶揄すると、ベルトファンの目の色が珍しく変わった。
「あー、もう! 北は田舎だから美的センスが乏しいだなんて、偏見もいいところじゃないか」
イカトンというのは「イカしてないトゥンペイン・ホーク大学生」の略称である。
彼が憤慨してそう言ったところで、ダンドルフォがふと思いついたように言った。
「ところで、なんだが。旧七帝大の残り一つって、どこだったかね? 先ほどからなかなか思い出せなくて鬱陶しいんだが」
「えーっと、ワンブリッジ大じゃなかったかな? ピート」
「あれは文系しかないじゃん」
「トウシュロス工業大学ではないのかね?」
「爺さん、自分で言ってておかしいと思わないの? あそこだって理系だけだろ」
「じゃあ、ティーウォーター大はどうなの?」
「女だけだろ。総合大学じゃないところが帝国初期大だなんて笑わせるなよ」
「ガルフ。否定ばっかりしてるけど、じゃあ他にどこがあるっていうんだよ」
「うーん、どこだったかなあ。なあ、ピエルセン。貴方も旧七帝大卒だって言ってたじゃないか。大学名聞いたことないけどどこなんだよ」
「ああ」
当初から話に入ろうとしていなかったピエルセンは、ひどく気まずそうな顔で言った。
「メイコヤ大学の、文学部卒だけど」
その瞬間、他のメンバー全員が気まずそうな表情になった。
「ああ、そうだったな、ふうん。メイ大……あったね、ちょっと度忘れしてたな。しかも文学部か。まあ、よほど好きな奴しか行かないよな、文学部」
「そ、そうよね。メイ大って、よく私立大学と混同しちゃうんだよね。字、違うけど」
ピトリーナがそう言った途端、
「おい、今なんつった!!」
と、魔王軍の中から怒りの声があがった。声の主はケルグスである。
「メイ大つったらメイディ大学に決まってんだろ、ふざけんな! 駅弁大学のほうがマイナーなんだよ」
彼は若い頃、人間に成りすまして大学に入っていた時期がある。
*
その後も紆余曲折あったが割愛する。
封印解除第一条件の勝負は、勇者パーティー側がダンドルフォ、魔王軍側がロクザーリとなった。
魔王軍側はギガマルスの人選ですんなり決まったという。
「総司令の見立てに間違いはありませんから」
とロクザーリに澄ました顔で言われたダンドルフォは、何とはなしに恥ずかしくなった。
二人は洞窟の中央部に向かい合って立つ。
他の者は邪魔にならないよう、壁側に寄っていた。
「それではぁ~、お題を発表しますぅ~」
二人の間に浮かんだペルセポリナが右手を挙げる。
「今回のお題はぁ~、『しょーもない魔法』ですぅ~」
「「はあ?」」
二人の口から同時に気の抜けた声がした。
ダンドルフォが口を開きかけてから、ロクザーリのほうを見る。
ロクザーリは右手を前に出して発言権をダンドルフォに譲った。
「その、なにかなその『しょうもない魔法』とは」
「あら、ダンドルフォ様。言葉の通りで御座いますけれど」
「いや、それは理解できたが……いや、やはり分からん」
「そうですか。皆さん、思った以上に真面目でらっしゃいますね。要するに『しょーもない魔法』を相手よりも多く例示できたほうが勝ちです」
「その、知性というのは」
「もちろん、知性に優れたほうがより多く例示可能、という意味で御座いますが」
「……」
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