第二話 門番

 幼い少女の声。

 しかも緊張感のない間の抜けた響きを伴っている。

 その瞬間、対峙していた十四人全員が全く同じことを考えていた。

 ――何だ、この場違いな声は?

 しかし、声の主はそのことを意に介することなく、さらに話を続けようとする。 

「それではぁ~、ただ今よりぃ~、魔王様第一封印のぉ~、解除条件を発表しますぅ~」

「おい、ちょっと待て!」

 あまりの急展開に、流石に勇者ピエルセンが声を上げた。

「その前に、状況の説明をしろよ!」

「えーっ、何で急にそんなこと言うんですかぁ~」

「先に急に言い出したのはそっちだろ!」

「面倒臭いですぅ~」

「面倒臭いですぅ~じゃないよ。だいたいお前は誰だよ! 何処にいるんだよ!!」

「もう~、せっかちさんなんだからぁ~、短気な男の子はぁ~、女の子にもてませんよぉ~」

「いいからさっさと出てこいよ!」

「わ~か~り~ま~し~た~」

 洞窟中に幼い子供のすねたような声が響き渡ると同時に、一番奥にある石造りの祭壇が光輝く。

 何となく「そうだろうな」と察していた十三人が注視する中、光の中から人影が現れた。

 光が収まるにつれて、可憐な姿が明らかになってゆく。

 人間であれば五歳から七歳にかけての、幼児でもなければ少女とも言えない、まさしく幼女という表現がぴったりな女の子だった。

「おい、さっさと出てこいよ!!」

 そう言いながらピエルセンだけが洞窟の天井を見上げ続けている。

 幼女は黙って彼の背中側に回りこむと、左足で思い切りピエルセンの右足ふくらはぎ上部、いわゆる「ひかがみ」のところを蹴った。

「がはっ!?」

 相当の体格差があっても、気がついていない時にこの部分を強打されると、人は確実に倒れる。

 後方に倒れたついでに頭を打ったピエルセンは頭を抱えて呻き、その様子を感情の籠もっていない冷たい瞳で一頻り眺めた少女は、すいっと空中に浮かび上がった。

 そして、床と天井の中間地点ぐらいまで浮かび上がると停止し、花が咲くような笑顔で、

「それでわぁ~、皆さんにぃ~、ルールをご説明しますぅ~」

 と宣言する。

 その一部始終を、十三人は呆気に取られて見ているしかなかった。

「その前にぃ~、自己紹介がぁ~、遅れて申し訳ありませんでしたぁ~、私の名前はぁ~、ペルセポリナですぅ~、魔王様からぁ~、封印解除条件の達成を判定するためにぃ~、門番をするように言われましたぁ~」

 足元ではまだピエルセンが呻いている。

 なかなかシュールな状況の中で、一番先に冷静になったのはギガマルスだった。

「その……ペルセポリナ様は魔王様から、封印の門番をするように仰せつかったとのことですが」

 彼がそう尋ねると、ペルセポリナは幼女の顔立ちに知性の輝きを纏いながら、にこやかに答えた。

「はい、仰る通りで御座います。ギガマルス様」

「ふむ、私はまだ自己紹介をしておりませんが」

「この洞窟に入られてからの皆様の行動や発言を、逐一ちくいち拝見させて頂いておりました。何分なにぶんにも門番なものですから」

「なるほど。ではこちらの自己紹介の必要はないわけですね。助かります。それにしても、随分話し方が変わられたようですが」

「はい。先ほどまでは皆様の中の、一番精神年齢が低い方に合わせた話し方でございます。精神年齢の高い皆様には失礼致しましたが、高尚な言い方ですと理解できない方もいらっしゃいますので」

「そうですか、そうですか、事情は良く分かりました。それでは説明を続けていただけますか、ペルセポリナ様」

「承知致しました、ギガマルス様」

 そう言うと、ペルセポリナはピエルセンのほうに視線を移動させる。

「くっそう、痛てえなぁ!」

 と言いながら彼が立ち上がると、ぺルセポリナはまた花が咲いたような笑顔で言った。

「それでわぁ~、分かりやすく説明しますねぇ~」

 それで十三人は、言葉にされなかった裏の事情を、おのおの理解した。

「ということでぇ~、私は魔王様からぁ~、封印を解除するための条件が達成されたかどうかぁ~、判定するように言われたわけですねぇ~」

 そこでぺルセポリナが左手を振る。

 すると、空中に白くて四角い板が現れた。そこには、

『封印解除の第一条件から第七条件のうち、四つの条件を達成することが出来れば魔王復活』

 と書かれていた。

「あのう、質問は宜しいでしょうか、ぺルセポリナ様」

 ここでピトリーナが小さく右手を挙げる。

「はい、問題御座いませんわ。ピトリーナ様。どのようなご質問で御座いますか?」

「私達は魔王復活を阻止するためにここに来たわけですが、そうなりますと私達は関係がないということになりますが」

「いえ、そのようなことは御座いませんよ、ピトリーナ様。そのような事態も想定して御座います」

 そこでぺルセポリナは白い板を裏返す。今度は、

『対戦形式による封印解除 魔王軍側が勝てば封印解除達成』

 と書かれていた。

「つまり、私達が勝てば封印解除失敗というわけですね」

「その通りで御座います」

 そこで今度はピエルセンが口を挟む。

「なんで『全部解除したら』じゃないんだよ」

 すると、ぺルセポリナはまた花の咲いたような笑い方をしつつ、視線にだけ嘲るような雰囲気を醸し出すという高等な技を繰り出した。

「そんなことしたらぁ~、最初の封印でぇ~、勝負がきまっちゃうじゃないですかぁ~、そんなことも分からないなんてぇ~、勇者様はぁ~、本当にぃ~、お馬鹿さんなんですねぇ~」

「なんだと! 上等だ、こっちに降りてこいや!!」

「嫌ぁ~、怖いぃ~」

「ふざけてんじゃねえぞ!」

 完全に幼女を苛めるヤンキー高校生である。見るに見かねたギガマルスが口を挟んだ。

「まあ、落ち着きたまえ」

「なんだよ横から口を……」


「まあ、落ち着きたまえ」


 腹の奥底にある気合を充分に乗せた、大人の男性の落ち着いた声というのは、相手を一瞬にして黙らせる効果を持つ。

 喉に何かを詰まらせたような表情のピエルセンを一瞥してから、ギガマルスはぺルセポリナに言った。

「概ね事情は了解した。それでは条件を教えて頂けまいか」

 ぺルセポリナはにっこりと笑うと、高らかに宣言した。 

「それじゃぁ~、第一封印のぉ~、解除条件を発表しますぅ~」

 また白い板を裏返す。

 そこにはこう書かれていた。

 

『最も知性に優れた者の勝利』

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