魔王の封印を解けるものなら解いてみろ!

阿井上夫

第一話 一触即発

 時は、王国建国暦五百十五年七の月。

 場所は、エルナーダ大陸の西方、東北を分断するように連なるキラナ山脈の麓に、ひっそりと隠れるように造成されたケルナック地下大迷宮の最深部。

 後に『封印の間』と呼ばれることとなる巨大な地下空洞の中に、十四の人影があった。

 入口側に七人。

 空洞の奥側には七人。

 この場にいる目的が異なる、二つの集団が対峙している。

 入口側に横一列に並んでいた七人のうち、真ん中に位置していた男が、剣を上段に構えながら口を開いた。

「お前達の企みはもうこれまでだ。観念するんだな」

 それに対して、奥側に陣取った七人の真ん中に立っていた男が、こう切り返す。

「何を言うか、小僧。ここが貴様たちの墓所となるだろう」

 いずれの陣営からも闘気が溢れ出している。

 戦いの火ぶたは今まさに切って落とされそうとしていた。

 入口側の集団が右方向に円を描くように動き始める。

 同時に中央の男が落ち着いた声で言った。

「その言葉、そっくりそのままお前たちに返そう。信奉する魔王とともに、この迷宮の最深部で永遠とわの眠りにつけ」

 迷宮億の集団は呼応するように、右方向へ円運動する。

 中央の男は笑みを浮かべなら、こちらも落ち着いた声で言った。

「ふん、笑わせてくれる。勇者を僭称する貴様たちに不覚を取るような魔王軍幹部ではないわ」

 言葉の応酬が続き、集団は円を描く。


 勇者パーティーでは、最初に声を上げたピエルセンが剣を上段に構えている。

 彼は、魔王が自らを封印せざるをえないほどに追い詰めた勇者の末裔である。

 その右隣にいるのが勇者一族に長年仕えてきた騎士階級のダンドルフォで、楯による防護に特化した老練な業を使った。

 その右にいるのが魔法使いのピトリーナで、この地下空洞内で敵と対峙してからずっと、愛らしい唇から防御魔法の詠唱を続けている。

 そのさらに右には、大きな荷物を背負ったピートがいた。

 何処となくピトリーナに似ているのも当然で、彼らは二卵性双生児である。

 ピエルセンの左側に目を移すと、ガルフが短剣を両手に持って前に突き出している。

 彼は帝都ではその名を知られた盗賊団の団長だ。

 その左には賢者イングマールがおり、こちらは手にした魔道書の文字を目で追いかけている。

 火炎魔法の詠唱準備だろう。

 そして一番左には、踊るような軽い足取りのベルトファンがいた。

 彼は道化師であり、ともすると重くなりがちなパーティーの空気を和らげている。

 ピエルセンが全員に声をかけた。

「さあ、俺達の本番はこれからだ!」

「「「「「おう!」」」」」

 声が重なる。


 そして、それを耳にした魔王軍の中心人物、真ん中に立っていたギガマルスが笑った。

「おやおや、意気軒昂ではないか」

 彼が手にしている魔導師の杖からは、陽炎のようなゆらぎが生じている。

 彼の右側には副官のケルグスがおり、先ほどから地鳴りのような呻き声を口から発していた。

 彼は人狼である。

 その右には黒一色の鎧、兜、楯、剣を身に着けたアガペイアがいる。

 ダークエルフの女騎士で、兜の奥にある目と口元が笑っていた。

 さらに右にはケルクがおり、黒いマントの下から無数の黒い手がはみ出している。

 彼は齢千年を越えた吸血鬼だった。

 ギガマルスに戻って、その左側にはガルードがいる。

 長身のギガマルスと比較して三倍近い背丈の巨人族は、手にした棍棒を背中側に回していた。

 戦場で旗色が悪くなるとすぐに楯代わりにされるので、実は戦いを望んでいない。

 その左隣で、両手に針のような暗器を持ったピエンが、口から細長い舌をしきりに出し入れしている。

 彼は稀少種族である蜥蜴族の出身だった。

 そして、一番左にいるのが魔王軍のみならず、帝都でも名を知られた悪魔軍師のロクザーリである。

 彼は揃えた黒い羽根の団扇を優雅に振っている。

 遊んでいるように見えるが、その視線は鋭かった。


 そのロクザーリが、にやりと笑いながら言った。

「ふっふっふ、勇者パーティーが聞いて呆れますね。誰かさんが勇者の呼びかけに応えていませんよ」

 その言葉に、勇者ピエルセンが即座に反応する。

「そんな馬鹿なことがあるか! ちゃんと全員応えてくれたぞ!!」

 その剣幕をロクザーリが嘲る。

「何を言っているのですが。仮に書き文字にしたら五名分の鉤括弧しかついてなかったように、私には聞こえましたよ」

「嘘だ、俺達の信頼関係を崩そうという策略だ!」

「おやおや――」

 ロクザーリはさらに眼を細めて笑う。

「――これが最後の最後、大事なところでフラグ回収に使われて、命取りにならなければ宜しいのですがねえ」

 その声を聞きながら、反対側にいたケルクがアガペイアに小さな声で訊ねた。

「貴公には五人しか応えていないように聞こえたかね」

「いえ、私は分かりかねますわ」

「ふうむ。エルフは耳がよいと聞いていたのだがな」

「今は兜の中ですから」

 一方、勇者パーティーの中では、ピトリーナが額に汗を流していた。

 ――呪文詠唱中なんだから応えられるわけないじゃん。

 勇者ピエルセンが、そんなピトリーナのよんどころない事情を無視して叫ぶ。

「俺の耳にはちゃんと六人の声が聞こえたぜ!」

 ――あああぁぁ

 ピトリーナは動揺のあまり詠唱が途切れそうになる。

 顔が真っ赤になっているのを自分でも感じた。

「そんな薄情な仲間はこのパーティーにはいないんだよ!!」

 ――おああああぁ

 ピトリーナは事情を説明したかったが、詠唱が途切れるので出来ない。

 一方、ピエルセンを挟んで反対側では、ガルフが盗賊特有の一方向にしか聞こえない話し声で、イングマールに問いかけていた。

「なあ爺さん。今、ピエルセンが『薄情な仲間』のところで、微かに俺のほうを見ようとしなかったか?」

「気のせいじゃよ」

 イングマールは、思い切り前に腕を伸ばしながら魔道書を読みつつ、どうでもよいといった風情で応える。

 そんなこんなで、若干だれた雰囲気になりそうな気配を感じたのか、ギガマルスが真面目な声で言った。

「そんな姑息な手段を弄しなくとも、我々の勝利は揺ぎないのだよ。そろそろ頃合ではないのかね、勇者」

「俺もそう考えていたところだ」

 ギガマルスとピエルセンの応酬に、弛緩しそうになっていた空気が瞬時に引き締まる。

 戦いの火蓋が、今まさに切られようとしていたその時――

『迷宮の間』全体に声が鳴り響いた。


「皆様ぁ~、本日は当大迷宮にぃ~、ようこそお越しくださいましたぁ~」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る