第9話 記号

 黒猫様の名前……。

 うーん、どうしよう。

 ネロ? クロ? ノワール? 阪本?

 うーん……なーんかそうじゃない感があるな。

「あんまり深く考えなくていいわよ。名前なんて記号みたいなものなんだから」

「黒猫様。名前は記号なんかじゃありませんよ」

 え?

「人間の世界では将来の夢というテーマで作文を書いたり、自分の名前の由来について親にたずね、それをまとめるという課題がある場合があります。前者はその時点での夢を書けばいいのですが、後者は違います。親が名前に願いを込めていなかったりした場合、なんとなく名付けたそうですとしか書けません」

「えっと、つまり?」

 加藤は急に大声を出す。

「つまり! 名前に由来がないと自分はなんとなく生きている人間だと錯覚してしまう恐れがあるのです! よって! 僕は黒猫様の名前を適当に付ける気はありません!」

「な、なるほど。そういうものなのね。人間って面倒ね」

 黒猫様は大きなあくびをした。

「まあ、そうですね。けれど、僕は今幸せです。なぜなら、こうして黒猫様を抱きしめるからです」

「勢いで触ろうとしないで! この変態!」

 黒猫様は僕の手を振り払った。

 その時の肉球の感触がとても心地よかった。

「あっ、すみません。つい。えーっと、名前思いついたんですけど、言っていいですか?」

「え? あ、あー、いいわよ」

 よかった、許可をもらえて。

「では、発表します。黒猫様は今から……」

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