第7話 鯖缶

 黒猫様が動き出したのは、それから二十二分後のことだった。

「あんた、名前は?」

 黒猫様は毛づくろいをしながら僕にそうたずねた。

 あまりに唐突だったため、答えるのに数秒かかった。

「あっ、えっと、加藤かとう……」

「あっ、そう。じゃあ、加藤。とりあえずごはん買ってきて」

 あの、まだ名字しか言ってないのですが。

「ちょっと何ボケっとしてるの? 早く買ってきてよ」

「あー、はい、そうしたいのは山々なのですが、その……何を買ってきたら……」

 黒猫様は少し悩んだのち、僕にこう言った。

「うーん、そうねー。今日はさばが食べたい気分だから鯖缶買ってきて。あっ、あんまり高いのじゃなくていいわよ。じゃあ、あとよろしくー」

「あっ、はい、分かりました」

 僕はコンビニに行って、鯖缶を三個買った。黒猫様、喜んでくれるかなー。

「ただいま戻りましたー」

「遅い! 遅すぎる! あんた、あたしを殺す気?」

 し、しまった! 黒猫様のご機嫌を損ねてしまった!!

 と、とりあえず鯖缶を開けよう。

「も、申し訳ありません! 黒猫様が幸せそうに食す姿を想像しながら選んでいたので思った以上に時間がかかってしまいました!」

「謝罪はあとにして! とりあえず今はあたしに供物くもつささげなさい!」

「ははーっ!!」

 僕が鯖缶を開けると、黒猫様はきれいに鯖缶の中身をたいらげた。

「あー、おいしかった。ありがとう、加藤」

「ど、どういたしまして」

 ん? こいつ、褒められるのにあんまり慣れてないような感じがするわね。

 まあ、とりあえずお腹いっぱいになったからいいか。

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