第5話 十年ぶり

 僕は公園で子どもたちにいじめられていた猫をアパートまで運んだ。

 あんなところにいたら死んでしまう。

 それに、あの時の子どもたちの姿は悪魔そのものだった。

 まったく、命をなんだと思っているんだ。

「……ニャー」

「あっ、すみません。初対面の相手に触られるのは嫌ですよね」

 僕が腕の力を抜くと、黒猫さんは僕の胸を踏み台にして華麗にジャンプした。

 そこから着地までのなめらかな曲線が美しすぎて僕は思わず十年ぶりに泣いてしまった。

「ああ! 素晴らしい!! もう死んでもいい。誰か僕を殺してくれ」

「ダメよ。あんたはこれからあたしのために生きていくんだから」

 ん? 今、誰かの声がしたような……。

 ま、待て待て待て! この部屋には僕と黒猫様以外いない。

 それにさっきの声は女性のものだった。

 もしや、この部屋のどこかに隠れているのか?

 もし、そうならそれはストーカーだ。

 見つけ出してとっちめてやる!

 僕が歩き始めようとすると、黒猫様が僕の足を前足でお踏みになられた。

「あっ! あっ! に、ににに、肉球! 肉球が! ぼ、ぼぼぼぼ、僕の足に当たってるううううううううう!!」

「うるさいわね。お願いだから大声でしゃべらないでよ。あんた、それでも猫好きなの?」

 ああ、間違いない。この声は……黒猫様の口から発せられている。

 なぜ? どうし、て……。

 僕は混乱やらショックやらでしばらくの間、気絶していた。

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