第13話 不憫なレイモンド

 一人で部屋に戻ってきた。


 ふむ……。このままではまずいな。

 レイモンドに感化されて、みんながガチでアンジュを取り合いしてくれればいいけど、

 あのメンバー、レイモンド以外正々堂々アプローチしていきそうなタイプばっかりだもんな。

 アンジュがあんな調子なら、逆ハーレムが加速する一方な気が……。


 なにか、起死回生の一発逆転な一手はないものか……。



「シルヴィ、帰ってたのか。探したぞ」

「え? ご、ごめん」


 アンジュが戻ってきた。

 さっきの光景を思い出してしまう。

 今のアンジュは通常バージョンで、見た目もいつも通りだ。

 特に照れたり、思い出して悶えたり、恋煩いのような物憂げさは見られない。


「まあいいけど。

 そうそう、レイモンドに話を聞いてきたぞ」

「! ……どうだった?

 何かわかった?」


 まさか自分から話してくれるとは思わなかったが、素知らぬふりをして続きを促す。


「ズバリ愛情が必要らしいぞ。

 それで、私たちのチームも仕組まれてるらしいな」

「え!? 仕組まれてる!?」


 大袈裟に驚きすぎた気もするが、アンジュは気にする様子もなくソファに長い脚を組んで座り、

 したり顔で説明してくれる。


「誰かしらと私をくっつけたいらしいぞ。

 恋愛感情で聖女は覚醒するらしいからな」

「そそそ、そうなんだ!

  うんうん、恋、しちゃいなよ!」


 私はノリとテンションで生きてるリア充みたいな発言をしたが、アンジュは肩をすくめ息をつく。


「うーん、私は恋というのはよくわからなくてな。

 さっきもレイモンドに口付けされたあげく俺は恋愛感情があるぞとか言われたんだけど、

 全然ピンと来ないんだよ」


「えー、ええ? えええーっ!?」



 どういうリアクションをとるか迷って結局三段跳びみたいなおかしな反応になってしまった。

 さらっと言い過ぎかよ!


「く、口付け?」

「おう。唇同士が触れるのは口付けだろう?」

「アンジュ……キス、というか、口付けしたことあるの?」


 なぜそんな平静なのか。

 実は経験豊富だったり?

 しかしアンジュは首を振る。


「いや、ないぞ」

「つまり、ファーストキス……!」

「ふぁーすときす?」

「はじめての口付けのことだよ!

 何でそんなに冷静なの?

 ドキドキするとか、逆に嫌だったとか、なんかないの!?」


 思わず詰め寄る。

 アンジュはきょとんとして、こてんと首をかしげた。


「いや……特には。

 唇というのは柔らかいなとは思ったが」


 レイモンド……THE 不憫!

 嫌がられてないだけマシなのか……?


「レイモンドのこと、よく考えてあげて?

 アンジュに恋愛感情があるってことは、要するに告白されたってことだよ?」


 普通は、キスされて嫌ではないような相手なら、

 ちょっとドキドキして、その相手を意識しちゃうと思うんだよ。

 レイモンドもそれを狙ってるんだと思うし。

 おまけに好きって言ってるようなものじゃん!


 アンジュは眉根を寄せ、少し考えながら発言する。


「いや、知識としては解るのだが、そういう感覚を覚えたことがなくてな。

 告白というのは要するに恋人関係を望む相手に好意を伝える様式のことだろう?」

「様式……」


 解ってはいるらしいというのは解るのだが、

 確かに感覚的な理解には乏しそうだ……。


「私はレイモンドは好きだが、これが恋愛感情なのかさっぱりわからん。

 シルヴィも好きだし、他のやつも好きだ。

 そういう好きと何が違うんだ?」

「……好きの種類が違う人は居ないの?」

「好きの種類?」

「友だちへの好きと、恋愛の好きは違うんだよ。

 例えば、他の人と話しているのを見るとイライラしたり、この人ともっと一緒にいたいと思ったり……。

 その人のことを考えると切なくなったりする好きが、私にとって恋愛感情かなって思うよ」


 私も前世でどんな恋愛してきたのかロクに思い出せないくらい経験に乏しいけど、

 なんとか説明する。

 アンジュは真面目に聞いて、こう答えた。


「切ないという気持ちは正直よくわからないが、

 他ならシルヴィだな」

「へ? 私?」


 思わずすっとんきょうな声をあげてしまう。

 アンジュはにっこり笑う。


「うん。そもそもシルヴィが一番好きだし。

 シルヴィが私をほったらかしてレイモンドと話してたらイライラしたし、

 この前シルヴィと同室解消させられそうになったら嫌だったもん」


 キラキラした目で言わないでくれ!

 私はそれとなく目をそらし、呟いた。


「そ、そうなの?

 まあ恋愛感情じゃなくても友だちに独占欲感じることは良くあることだよ」

「あー、独占欲ね。確かにそうだな。

 これは友だちへの独占欲というやつか」


 ふんふんと納得するアンジュ。

 私も気を取り直し、話を軌道修正する。


「アンジュって、どういう人が好きなの?」

「どういう人?」

「いわゆる好きなタイプってことよ」

「好きなたいぷ?」


 ああ、恋愛感情がわからないなら好きなタイプもないか。

 私は選択肢をつけることにした。


「例えば、顔は可愛い系が好き?

 格好いい系が好き?

 それともワイルドな男らしいタイプが好き?」

「なんだそのナントカ系というのは」

「なんとなく系統ってあるでしょ?

 例えばマルクなら可愛い系だし、クローヴィスは格好いい系、ヴィクトルはちょっとワイルド系入ってるかな。

 アンジュが好みの顔はどれ?」


 アンジュは腕を組み、真剣に考えてくれているようだ。


「可愛い」

「なるほど! じゃあ、体型は?

 身長は高いのと低いのどっちがいい?」

「低い」

「ガタイがいいのと普通と華奢なのとぽっちゃりならどれ?」

「華奢」

「へえ、じゃあ性格は、

 優しくて面倒見がいいのと、男らしくてぐいぐい引っ張ってくれるの、もしくはクールでどこかミステリアスな感じどれがいい?」

「面倒見がいい方」

「ほー、即答なのね」

「おう。シルヴィをイメージしてるからな」


「え!?」


 意味ないじゃん!


 私じゃなくて、攻略対象で誰が一番アンジュの好みに近いのか知りたかったんだけど……。

 ガックリ肩を落としながらも聞く。


「……私以外では誰が一番好き?」

「特に優劣はないぞ」


 スッパリキッパリハッキリこれも即答されてしまった。

 困ったな……。


 つい渋い顔になってしまう私の眉間をグリグリして楽しそうに笑うアンジュを見て、私は諦めた。


 ちょっと、あとでどうするか考えよう……。


 恋愛感情がどういうものか、少し考えてくれればわかるときが来るかもしれない。


 ……来ないかもしれないけど。


「ていうか空腹だな。飯にしよう」

「うん」

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