第12話 アンジュのキスイベント

 さて、ゲームのシルヴィたんのように、

 アンジュにおかしなことをしでかして断罪されることのないようにしたい。


 つまりはできる限り距離を取っておきたいところなのだが、

 アンジュ本人がそれを許してくれなさそうである。


 そしてまた、アンジュと距離をとる、

 すなわちなにもせず逆ハーを止めずにいれば、

 理事長に消されちまう可能性がある。



 正に前門の虎後門の狼、あちらを立てればこちらが立たず……?

 なんかしっくり来ないけど、どうにもならないことは確か。



 取り敢えずは、当初の予定通り逆ハーを阻止できるよう動きつつ、

 アンジュに嫌がらせの類いをしないように、よくよく注意して生活せねばなるまい。



 と、グダグダ考えながら寝返りを打つと、アンジュが珍しく溜め息をついた。


 吐息が顔にかかり思わず目を開けると、

 こちらを見てたらしいアンジュが驚いて無言で目を丸くした。

 起きているとは珍しい。

 普段は、横になって目をつぶれば三秒で夢の中なのだ。


「……どしたの?

 溜め息なんて珍しいね?」

「ああ……少し考えていてな」


 憂いを帯びた顔が月明かりに照らされた。

 いつもこういう顔つきをしていれば、

 悩める聖女ってタイトルつけて額縁に飾りたいくらい聖女っぽいんだけど。


 普段は、天上天下唯我独尊、傍若無人に振る舞う超自信家だからね……。


 アンジュがじとっと私を見た。



「……なんとなく失礼なこと考えてないか?」

「いやいや! まっさか!

 ……で、どうしたのよ」

「ああ、聖女は、浄化魔法が使えるんだろう?

 しかし私は今使えていない」

「ああ、うん……」

「なぜ使えないのかと考えてたんだ。

 使うには何か必要なものでもあるのか?

 シルヴィは何か知っている?」


 アンジュはアンジュなりに、思うところがあったらしい。

 聖女? 浄化? 魔王? なんだそれ美味しいの状態だったからかなりの進歩である。


 私は、少し考えてこう返答した。


「詳しくは知らないんだけど、

 聖女は覚醒すると浄化魔法が使えるようになるらしいの」

「覚醒……どうすればいいんだ?」

「うーん……。

 あ、レイモンド様とかに聞いてみたら?

 彼、すごく博識だから」


 レイモンドとの約束を守らねばならないので、

 ここはリュカ先生とかよりもレイモンドを推しておこう。

 アンジュは小さく頷いた。


「そうか、今度会ったら聞いてみるとしよう」

「うん」

「……覚醒すれば、魔族も倒せるよな?」

「浄化魔法ができれば、倒せると思うよ」


 私の言葉を聞いて、アンジュは、にっこりと微笑んだ。


「じゃあ、頑張る」

「う、うん。頑張って、アンジュ」


 ニヤリとか不遜な笑い方じゃなくて、

 素直な柔らかい笑顔が珍しくて、ちょっとどぎまぎしてしまった。

 アンジュが私の胸元に頭を擦り付けて目を閉じ、呟く。


「シルヴィのことは絶対守ってやるからな。

 あの変態女魔族はさっさとぶち倒して、魔王もついでに倒そうね……」

「あ、うん……ん?」

「すぅ……」



 あの変態女魔族って、こないだのやつか。

 気にしてたのかな、私が危なかったから?


 アンジュって、ヒロインと言うかヒーローだよね……。


 むにゃむにゃと眠るアンジュを見つめて、

 よしよしと頭を撫でてあげた。



 ********



「~~」



 声がしたのでそっと覗き込むと、アンジュが誰かに詰め寄っていた。


「おい、聖女はどうしたら覚醒するんだ?

 答えろ」


 アンジュが壁ドンしている。

 迫られているのは……レイモンドである。

 もっと普通に聞けばいいのに……。


 私は、なんとなく物陰に隠れ、ふたりを見守ることにした。

 壁ドンされている側のレイモンドは、

 驚いた様子で壁についたアンジュの手と、怒っている……というより、

 真剣に迫り来るその顔とを見比べている。



「ええと、アンジュ?

 どうしたんだ?」

「御託はいい。さっさと答えろ」



 なぜか喧嘩口調なので、レイモンドは戸惑うばかりである。


「ええと、俺、何かしたか……?」



 アンジュがチッと舌打ちをして、困惑するレイモンドから離れる。


『ねえレイモンド。

 私が聖女として覚醒するためには、何が必要なのか、知っている?』


 あ、コレ、ゲームのヒロインアンジュの台詞だ。

 レイモンドはまた一瞬目を瞬かせたが、

 気を取り直したのか真面目に答えてくれた。


「聖女の覚醒に必要なものは、感情……。

 特に、愛情が鍵とされる」


『愛、情……?』

「そうだ。……ひとつ教えてやる。

 他のチームが男女ほぼ同数なのに、

 俺たちのチームの男女比率が片寄ってるのには理由がある。

 ……聖女を覚醒させるために誰かしらとくっつけたいのさ」


『……!』



 おお、めっちゃばらしとる。

 レイモンド、さてはやけくそか?



「え……」

「!?」


 背後から小さく聞こえてきた声に、振り向く。

 そこには驚きの表情のマルクがいた。


 あ、そうかマルクは知らないんだもんね。

 マルクは私に目を止めると、恥ずかしそうに俯きつつもそこから動かず、

 話を盗み聞きすることに決めたらしい。


 私は彼が見やすいように少し場所をずれてあげた。


 マルクはちょっと頭を下げてお礼をしてくれつつも、

 無言で私のとなりで二人の様子を覗き見の体勢に入ったのだった。



『誰かとくっつける……?』

「ああ。つまりは恋愛関係にするように仕向けられている。

 そうすれば、聖女は覚醒できるから、らしい」

『恋愛……。私、よくわからない』



 アンジュ(シナリオバージョン)はそう小さく呟いてゆるゆると首を振った。



「恋愛がわからないのか?

 誰か好きなやつはいないのか」

「恋愛というのはよくわからんな。

 だいたい皆のことは好きだぞ。特にシルヴィは大好きだ」

「……」


 とーとつにアンジュ(通常)に戻りやがった。

 でも、シルヴィのくだり以外はシナリオと内容は変わらない。

 そう、このあと、皆のことは好き、でも恋愛って言われるとよくわからない、と告げるアンジュに、

 レイモンドがとんでもないことをしでかすのだ!


 だんだん思い出してきた。

 昨日レイモンドを推した自分にグッジョブを贈りたい!


『恋愛って言われるとよくわからない。

 ただ好きなだけじゃダメなのかな』



 刮目せよ!



「アンジュ」

「!」


 今度はレイモンドから、壁ドン、そして……


「なっ……!」


 マルクが真っ赤になる!

 そう、レイモンドの野郎は壁ドンからのキッスをぶちかましたのだ!

 スチルで眺めたけど、動画でガチで見れるとは思わなかったな! 感慨無量……。


 たっぷり3秒くらい見つめあい唇を押し付けていたレイモンドが離れる。


「恋愛感情……俺は、お前に感じている。

 それが、伝わって欲しい……」


 そう言い残し、ふいと踵を返し去っていくレイモンドだった。

 耳の先が赤いぞ。

 手が早いわりに意外と純情?



 アンジュはぽかんとして、暫く立ち尽くしていたが、頭を振ってどこかへ行ってしまった。



 マルクをチラリと見ると、悔しさとも悲しさともつかない微妙な表情で唇を噛み締めていた。


 つい、声をかける。


「ま、まだアンジュがレイモンドを選んだ訳じゃないから、ね?」

「……うん」


 歩き去るアンジュの後ろ姿を見つめ、マルクが重々しく頷く。


「ぼくも、ちゃんとアプローチしないと……」


 呟き、決意を新たにしたかのように、妙に据わった目付きで拳を握りしめ、背筋を伸ばし歩き出す。


「それじゃ」

「が、頑張って……」




 逆ハー、止められないかも。



 

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