第31話 エピローグ
「本当に行くんですね……」
「おう。まあ、ちょくちょく戻ってくるから」
「どうか気をつけてくれ、無事で……」
「心配するな。私を誰だと思っている」
見送りに来てくれた面々。
アンジュはいつにも増したドヤ顔で胸を張った。
その姿を見て、誰ともなく笑みを零す。
「じゃあな。さ、行こうシルヴィ」
皆に向けてアンジュはひらひらと軽く、私も小さく手を振り、学園を後にした。
「さーて、冒険者証も貰ったことだし、依頼でもやってみるか? それともとりあえず遠くまで行ってみてもいいな」
アンジュが歩きながらご機嫌で冒険者証のカードを見つめる。
アンジュの発言の後、超特急で作られた冒険者証。
この国の国民であることが証明され、身分証としても使える。
おまけに私の冒険者証も含め、王家が証明する人物として特別仕様のカードになっており、各種割引やらVIP扱いが受けられるという。
冒険者ギルドは国際組織であるため、一度登録されれば紛失してもどこの国でも再発行が可能。
発行には本来なら数日はかかる。
何が何でも聖女を他国に渡したくない王家の思惑がこのスピード発行を可能にしたとも言える。
ついでに言えば旅の支度もほとんど王家がやってくれた。
質のいい服に、高級な魔法具やかばん。
見る人が見たらカモに見えないか一抹の不安はあるが、あるきやすく動きやすい、そして荷物は魔法具のおかげで軽く、旅にピッタリの装いではあった。
「とりあえずやっぱ海を見に行こうか。気になっていたんだよね〜、海」
アンジュは神様時代はあの祠に留まっていたため、海を見たことがないそうだ。
そしてこの国は内陸国なので海がない。
「早速この冒険者証が役に立ちそうだね」
国境を超えるときは色々と煩雑な手続きが必要なのだが、冒険者証があるとその手続きが簡略化されてスムースに出国できるようだ。
「心躍るな〜!」
「でも、大丈夫かなぁ? 他国に行ったらアンジュのこと聖女だって知らない人もいるじゃない?
変にトラブルに巻き込まれないといいけど……」
アンジュ、目立つもん。
まぁ絡まれてもアンジュなら返り討ちにするんだろうけど……。
「別に構わないさ。旅にとらぶるはつきものなんだろう?」
アンジュがお気に入りの冒険譚の一節を引き合いに出す。
まあ、旅の醍醐味、っていうことでもある、のか?
「まぁ、そうだけど。女二人旅だから、気をつけなきゃ」
アンジュにそのへんの常識というか機器察知は期待できないから、私が気をつけてあげないと。
動物的な機器察知能力は高そうだけどね……。
アンジュがキョトンとする。
「女二人だと何かあるのか?」
「なにかあるわけじゃないけど。
ほら、男性よりか弱く見えるから、邪な輩が危害を加えようとしてくる可能性があるでしょ」
「そういうものか……」
何となく理解してくれたようだ。
頷いて、思案顔のアンジュ。
「例えば男女二人とかならどう?」
「え? まあ、女二人よりは安全なんじゃない……?」
「そうか」
ニッコリ笑うアンジュ。
おもむろにたちどまり、怪訝に思った私が振り向くと、そこには……。
「うくっ」
思わず変な声が漏れるほどの美青年。
そう、一回アンジュが化けたあの美青年が立っていた!
「あ、アンジュ…だよね?」
「もちろん。一回見たことあるだろ?」
ヤバい、ふ、ふつくしい、どこもかしこも格好いい。
上から下までジロジロ眺める。
アンジュの服装が男性っぽかったので、今全く違和感がない。服がフィットしてるのはまじで意味不明だけど。
「…それさ、魔法なの?」
「んー、魔法というよりは。……神通力?」
神の力をこんなことに使うな!
「で、でもその格好、すぐ戻っちゃうんじゃ……」
「ううん、げえむ終わってるから。好きに変えられるよ」
「な。なんと……」
「まぁ、ほとんど力は使い切っちゃったから、もうこれくらいしかできないけどね」
「神通力、って魔法とは違うってこと?」
「もちろん。魔法で性別を偽ることはできても、作り変えることはできないだろう? ほら、神通力って、人知を超えた力だから」
「無駄に説得力がある!」
つまりは本当に今、アンジュは生物学的にも男性だということ?
この美形イケメンと二人旅!?
心臓が持つだろうか……。
アンジュだとわかってるけど、目をまともに見られない。
アンジュがふと、心配そうな顔をして私の目を覗き込んだ。
「シルヴィ、この格好、嫌か?」
「え、そ、そんな、嫌というわけでは……」
しどろもどろになってしまう。うう、美形の攻撃力は恐ろしい。
「だと良いんだけど。こっちのほうが本来に近いし」
「そうなの?」
「うん。まあ、この状態で実体として存在したことはないし、神だから性別なんてあってないようなものだけど」
「そういうもの?」
「うん」
そこでアンジュは私をじっと見つめた。
「……もしかして、照れてる?」
「ぶはっ!」
私は思い切り吹いた。
赤くなったのを見られたくなくて、無理やり顔を背ける。
アンジュが笑う。
「シルヴィ可愛い」
「ぐぐ……」
「あ、赤くなった」
「く……」
ワザとドキドキさせるんじゃない!
自分でも耳まで赤くなってるのがわかるけど、知らぬふりでツーンと顔を背けて歩き出そうとする。
アンジュは恋愛感情が分からないんだから、私がドキドキしても仕方ないのに。
うん、美形に見つめられて可愛いと言われてドキドキしない人はいないから、これは至って通常の反応だ。
「あ、待ってよシルヴィ〜」
アンジュが私にすぐに追いつき、そっと手を取られる。
私をからかうためにわざとやってるのか?
私がつい抗議しようと足を止める。
「もう、」
振り向いたところで、頬に柔い感触。
目が合う。
いたずらっぽい顔をしたアンジュが、私に叩かれる前に笑いながら手を握り込み、気がつけば抱き締められていた。
「シルヴィ、私すごく楽しいぞ」
すごく楽しそうに言われるから、何も言えない。
少しだけ目線が高くなったアンジュの向き合う。
「シルヴィと一緒に色んな所に行きたいな。色々な景色や感覚を知りたい。シルヴィがどう思うかも気になる」
「うん、」
「それが今の私の望みだよ。ねぇ、叶えてくれる?」
「神様の望みを私が叶えるの?」
「そうだよ。なんでもするって言ってくれただろう?」
「それ、前世の話でしょう?」
「魂は同じだもの。ね、叶えてよ。嫌?」
「……嫌だったら一緒に行かないよ」
ボソリというと、ふふ、と笑みが深くなる。
「まぁ、嫌だと言ってもどうにかするけどね」
「え”」
「ふふ、私は気に入った人間には執着する質だったのかも」
アンジュがころころと笑う。
まぁ、わざわざ長い時間かけて、舞台を整えて、ゲームを再現しようだなんて手の込んだ叶え方をするくらいだもんな……この件については頼んでないのにも関わらず。
もしかして私、とんでもない人…神?に気に入られたのかもしれない……。
そう思っても、もう、遅いけど。
私ももう、アンジュがいない人生想像つかないし。
私はふと思いついて、アンジュの頬に手を伸ばした。
そのまま、少し背伸びして、キスをする。
「!?」
アンジュが驚いた顔をして、少し溜飲が下がった。
正直、私は恋愛感情をアンジュに抱いてるのかな?
なんだかんだ、女友達として近すぎる距離感ではあったしその時からドキドキさせられてたけど、これが恋愛感情だったのかは男性形のアンジュを目の前にした今も、よくわからない。
でもまぁ、前世乙女ゲームにハマっていた私はきっと、まともに恋愛なんてしてきてなかったはずだ。
この感情が、友情なのか恋愛感情なのか。
ゆっくり考えていこう。
アンジュだってやりたいようにしてるんだから、私だってそうさせてもらう。
とりあえず、照れるアンジュも可愛い。
「アンジュ、可愛い」
口に出すと、視線が泳いだあと、不貞腐れたように言った。
「……。もう一回?」
「それはNO! 早く行こう、日が暮れるよ!」
きっと、楽しい旅になる。
乙女ゲームの最推しキャラ♀に転生したら、私が悪役令嬢になるルートをヒロインが突っ走ってきます @eshoko
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