第30話 さぁ、旅に出よう


 アンジュは酒を美味しそうに飲みつつ、

 食事に舌鼓を打っている。

 しかし、聖女である限り注目はされてしまう。



「聖女様、この度は……」



 先程からひっきりなしに、どこぞの貴族たちがアンジュに貢ぎ物を持ってきたりしていた。

 貰ったものはとりあえず王宮預かりである。

 アンジュに、特定の貴族の後ろ盾はないのだ。

 あるとしたら王家かな。


 ずらりと並ぶ挨拶の列に、積み上げられていく貢物。

 すごい世界である。


 挨拶に対しては尊大にではあるが、

 ああとかうんとかなるほどだのヘェ~だのつぶやいて対応している。


 貢物のほうが余程気になるらしく、挨拶もそこそこに貢物の箱を開けたりしている。


 鼻白む貴族もいるものの、アンジュの美貌は何をしても許されるオーラか何か出てるのか、

 そんな態度でもどこか納得させられるものがあるらしくこれと言って大きなトラブルにはなっていないのであった。



「聖女様!」


 そこへ、見知った顔が現れた。

 理事長である。

 何が詰まっているのか相変わらずのお腹をゆさゆさと揺らしつつ、祝辞を述べる。


「本日も麗しい!

 あなた様をわしのこの目に映すだけで、

 全てが浄化されるような心持ちですぞ!


 ああ、なんという素晴らしいそのお姿……。

 あなた様はまさしく聖女!

 あなた様が覚醒され魔王を討伐されると、

 わしは信じておりましたぞ!

 まさにあなた様は奇跡!

 神が遣わした天使でございますな!」

「私は天使ではないぞ」


「ええ、ええ、わかっておりますとも!

 あなた様はむしろ神そのもの…」



 言いかけたところで、時間を告げられつまみ出されてしまった。


 アンジュが振り向く。



「あいつ、意外と鋭いな?」



 私はブンブン思い切り首を振った。



「ただ崇めたいだけだよ」

「そうなのか?」

「そうだよ」



 理事長は鋭くなんかない。単にアンジュの美貌に酔いしれてるだけだ。




 ホールではダンスも行われている。

 しかしアンジュ以下、攻略対象たちも挨拶の列が途切れないため私は一人暇なのであった。


 私にも挨拶は来るのだけど、

 直接討伐に関わったという紹介をされたわけではない。


 あくまでもアンジュのお付き、世話役だと思われているらしく、

 アンジュに対するほどの熱心さはない。


 まあ私自身、高貴な人に話しかけられても大した話はできないから良いんだけど……。

 曖昧に笑って誤魔化していたら、

 あとから来たその様子を見ていたらしき人たちは、

 ほとんど話しかけてこなくなったというわけである。


 と、思ったら、アンジュとの挨拶を終えたらしい金髪ウェーブヘアの貴公子が私を微笑み見つめている。

 あら、イケメン。



「失礼、美しいご令嬢。

 少々退屈されているのでは?

 宜しければ一曲……」


「シルヴィ、私と踊ろう」

「え、アンジュ!?」


 あら、気遣いもできるなんて素敵、と思ったら、

 アンジュが割り込んできた。


 アンジュと挨拶していた恰幅の良いおじさんが困っている。

 貴公子も困った顔をして微笑んだ。


「心配いりませんよ、聖女様。

 あなたの大切な従者の方に不埒な真似は致しませんから……」


 言動までイケメンな貴公子に感心している私をよそに、

 アンジュは不貞腐れた顔でつぶやく。


「ならぬ」

「アンジュ、」

「シルヴィは私と踊るのだ」

「いやいや、あなたに挨拶したい人まだ沢山いるじゃない」

「もう止めだ! 私も退屈だし」


 アンジュはそう言って私の手を掴む。

 背後の列の皆々がああっ!とか聖女さま~とか追いすがる声を上げるものの、

 手を振って追い払う。


 大丈夫かなぁ……。


 まあ、アンジュは自由人だからなぁ。

 むしろ今までよく我慢したと言えるのだろうか?



 私は貴公子に申し訳ないと視線を向けると、

 気にしないでと言わんばかりの微笑みを向けてくれる。


 ヤダかっこいい……。


 アンジュがニヤける私のほっぺたをつまむ。



「…ひゃにすんにょよ」

「ニヤけてるぞ」

「ニヤけてたっていいじゃない…」



 手を放すアンジュに文句を言うが、アンジュは目を細めて耳元で囁く。



「シルヴィは私のだぞ」


「……私はモノじゃありません!」



 見慣れたアンジュの顔であってもやはり美形の流し目&囁きの破壊力はすごい。

 アンジュは私のセリフを全く気にせず、

 にぱっと笑顔になり、私の手を取った。


「さぁ、踊ろう?」


 こんな顔で誘われて断れるはずがない。

 私は貴公子に目線と会釈で侘びつつ、

 アンジュに連れられてダンスホールへ向かったのだった。




「シルヴィ、この後どうしたい?」

「ん? このあと?」


 踊りながら聞いてくるアンジュ。

 この後って何かあったっけ?


「前、冒険者にでもなろうかなとか言ってたよね」

「ああ、あの時は学園追い出されるかと思ったから……」

「冒険者、なりたい?」

「え? うん、そうだね~。

 婚期遅れそうだけど、気ままに旅するのも良いかな」


 私、と言うかシルヴィたん、これでも貴族のお嬢様だからね。

 この世界の貴族は10代のうちに婚約して結婚するのが普通だ。

 だけど未だに婚約者のコの字もいない……。

 前世の私からするとそんなのどうということもないし、

 むしろ早すぎるように思えるけどね。


 今16歳だし、まだ時間あると余裕ぶってたらヤバい予感はするけど、

 それこそ結婚したら思うように気ままに旅するなんて出来ないだろうなぁ、と思う。



「シルヴィ、一緒に冒険者やろうよ」

「え? アンジュは平気なの?」



 アンジュ、聖女なんだしそう簡単に旅立たせてくれるかなぁ?

 アンジュと一緒なら心強いけど。


「平気も何も、私がそうすると決めたことは誰にも邪魔はさせないよ」


 不敵に笑うアンジュ。

 まぁ、アンジュならできるだろうな……。


「シルヴィ、一緒に来てくれるよね?」

「え、あ、うん」


 私の将来というか後先を一切合切考えずに発した一言に、

 アンジュは蕩けるような笑みを浮かべる。

 アンジュだとわかっててもドキッとする。


 曲が終わる。

 しかしアンジュはそのまま私の手を引き、

 国王陛下の元へ向かった。



「聖女アンジュ様? いかがされましたかな」


 こちらに向かってくるアンジュを見て、

 慌てて立ち上がる陛下。

 アンジュはいつもどおりの横柄さで、こともなげに言った。


「明日からシルヴィと旅に出るからよろしくな」

「……?」


 宜しくとはどういう事なのか分からないが、

 急に言われてきょとんとする陛下に対し、

 伝えるものは伝えたからもう行くぞ、とばかりにきびすを返すアンジュ。



「お、お待ち下さい! 旅に出る、とは……?」

「文字通り、旅に出る。

 冒険者になるから。

 んー、そうだな、まずは海でも見に行きたいな」

「へ? え、いやその、聖女様……」

「な、なりませぬ!

 御身に何かあっては……!」



 陛下に従う側近の方からも声が上がる。

 まぁそこも確かに心配だろうが、

 実際のところ聖女を手放すことを恐れているのだろう。

 海、他国だし。


 他の側近からも声がかかる。



「そ、それに、聖女様はまだ学生の身ではありませんか」

「学園の卒業資格ならもう達してるハズだぞ」

「し、しかし……」


 アンジュが側近たちに優雅に微笑む。


「私も聖女の端くれ。

 魔王は倒したと言っても、私の役目が全て終わったわけではない。

 魔物や魔族の残党を倒しながら、

 各地の瘴気を浄化しようと考えていてな」



 そう言われてしまえば、あちらが何を言うこともできない。



「す、素晴らしいお考えであります……!」



 そう平伏すしかなかった。




「ま、待ってくれ、アンジュ」


 そう言って集まってきたのは、

 クローヴィス以下、攻略対象たちだった。


「浄化の旅なら、僕たちも一緒に……」

「クローヴィス。君は王族だろう?

 ヴィクトル、マルクはもう既に騎士の仕事を学業の傍らやっていると言っていたではないか。

 レイモンド、君は魔法の研究を抱えてるらしいじゃない。

 リュカ先生は生徒をほっぽり出すわけには行かないはず。

 そう、君たちとは一緒には行けない。


 心配するな。私にはシルヴィがいる」



 アンジュに肩を抱かれる私を見て、

 なにか訴えかける眼差しを向けるものの、

 私への仕打ちを思い出したのかすぐに揃って俯く攻略対象たち。


 気まずい~。


「えーと。アンジュのことはお任せください」


 って言うしかないよね。

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