第24話 始まる断罪イベント

 もと来た道を戻る。

 というか、列車に揺られる。


 アンジュは窓の外を眺めながら、あれは何これは何と聞いてくる。


「面白いなぁ」

「そう? 畑とか森ばっかり。

 海とか見えるわけじゃないし……」


 私にとっては見慣れた田園風景…というか、田舎なのだけど。


 アンジュがそんなつぶやきに反応する。


「海?」

「うん、車窓から海見るのって結構好きだな。

 キラキラしてて」


 前世でも見た記憶がある。

 アンジュはぐるりと目を回す。


「海…見たことない」

「あ、そうなの?

 でもこの国にはないからねぇ……」

「そうなのか……」

「あ、風車」

「どこ!?」



 そんなことを話しつつ、アンジュに連れられて学園に戻る。

 学園内は何故か閑散としていた。



 アンジュはずんずんと進んでいく。



「アンジュ、どこに向かってるの?」

「恐らくはもう祝賀パーティが始まってる。

 直接向かう」


 え、功労者のアンジュが不在なのにもうパーティはじめてるの?


「え、アンジュいないのに?」

「影武者を置いてきたからな。

 だがそろそろ影武者も限界の頃だ」


 か、影武者?

 私の疑問をよそに、会場であるホールに辿り着き、そっと中の様子をうかがうアンジュ。



 私もその後ろからそっと覗き込む。



 生徒たちがわらわらと集まる中、

 壇上には怒りをその目に滲ませる攻略対象達と、確かにアンジュがいる。


 偽物のアンジュは物憂げに椅子に座ってどこかぼうっとしている。

 そんな影武者アンジュの様子を労しそうにちらりちらりと見つめる攻略対象たちが話をしているようだ。


 理事長以下、リュカ先生を含めた教師陣は壇上の下、並んで座っている。

 理事長は苦々しげに、校長は沈痛な面持ちで、リュカ先生は偽アンジュを苦しげに見つめていた。



 クローヴィスが朗々と声を響かせる。



「シルヴィ・ジラールは先日学園から逃げ出したが、その罪を公にせねばならない。

 聖女アンジュへの度重なる嫌がらせや暴言の類は皆にも知られていると思うが、

 今一度確認しよう」



 偽物のアンジュが顔を伏せうつむく。

 そんな様子を見てクローヴィスが声に更に怒りを滲ませる。



「このとおり、アンジュはどれだけ嫌がらせを受けても、シルヴィ・ジラールを信じ続けた。

 その信用を踏みにじった罪は重い!


 本人不在なのは不本意だが、断罪を行い処分をここに決定し、償わせることを約束しよう」



 その言葉に、生徒たちが拍手や口笛でそれぞれの意思を示している。

 私が如何に非道であるかを声高に喋る者もいる。

 そんな騒がしい会場を片手を挙げることで制したクローヴィス。



 何を言われるのかドキドキしてきた。

 断罪イベントはゲームで経験済みだけど、

 シルヴィが救済されるイベントは知らない。


 アンジュは私を信じて無実を証明してくれると言ってはくれているけど、やはり怖い。


 大丈夫なのだろうか?


 アンジュが私の方を振り返る。


「案ずるな、シルヴィ。

 君は何もしていない。

 聞きたくなければ耳をふさいでいろ」


 アンジュは安心させるように微笑みそう言って、そっと私の背中を引き寄せる。

 アンジュは長身で私がそれ程身長がないせいで、

 丁度アンジュの豊満な胸元に顔が包み込まれる。

 いい香りがする。何という贅沢……。


 私はその感触をこっそり楽しみつつ、耳をそばだてた。



「彼女の聖女アンジュへの嫌がらせは判明しているだけでも4件もある。

 ひとつ、公衆の面前で足を引っ掛け転ばせる。

 ひとつ、汚水を思い切りかける。

 ひとつ、陛下から賜った貴重な宝玉を盗む。

 ひとつ、聖女アンジュへの暴言。


 この全てにおいて、シルヴィ・ジラールはひとことの謝罪もしていない」



 謝罪はしたよ!

 わざとじゃないとは言ったけどさ!


 生徒たちがガヤつく。

 理事長が鼻息荒く何やら悪態をついている。



「そして、毎回言い訳を繰り返し、

 宝玉盗難事件に至っては架空の犯人をでっち上げ、

 自分の所業を誤魔化そうとする等小賢しい行いもしている」



 実際いたからね?


 私が脳内ツッコミを入れる中、一人の生徒が前に進み出た。

 エレオノーラ様だ。


 エレオノーラ様はしずしずと前に進み出て、

「それだけでは御座いません」とクローヴィスに進言する。


 クローヴィスは訳知り顔でうなずく。



「エレオノーラ嬢。

 此度の調査に貢献して頂き感謝する。その報告を」



 エレオノーラ様はクローヴィスに私の身辺調査を依頼された体らしい。

 彼女が口を開く。



「アンジュ様がシルヴィ様を信用し庇うのをいいことに、

 聖女にあてがわれた特別室を我が物顔で使用され、アンジュ様に食事をたかるなど、

 そのご威光を傘に来る態度には目に余るものがございました……」



 何を言ってるのだろう。


 特別室を我が物顔で?

 食事をたかる?


 特別室は確かにアンジュのついでで入居を許されていたけど、

 そのぶんアンジュの面倒はきちんと見ていたし、

 掃除とかもアンジュがサボるぶんまでやってきた。


 私の荷物は大きな鞄2つ分しかそもそもないし、自分のスペースは端の方にあるだけ。


 これは私の記憶が戻る前のシルヴィたんが部屋の使用自体恐れ多いと固辞したものを、アンジュが無理に連れてきた時に、

 ここだけで十分ですからと言ってアンジュに納得してもらった経緯がある。


 食事だって、アンジュがフードファイター並みに頼んでしまうから、

 それを少しでも残さないようにむしろ苦しいくらいに食べさせられる羽目に陥っていたのだ。


 私の記憶が戻った位のアンジュは自分の食べられる量をようやく把握したのか、

 それ程頼み過ぎることはなくなっていた。


 ……けど毎回私の好きなものを多めに頼んではあえて残してくれていたけどね。



 そんななので、タカったと言われるのは少々不本意である。

 エレオノーラ様はああ、と大げさに嘆きの声をあげた。



「おおかた、貧乏貴族の自身と本来は平民である聖女アンジュ様との差に、

 鬱屈した思いを抱いたのでしょう。


 そして人知れず嫌がらせを繰り返し、

 それでもアンジュ様の慈悲深さ故に嫌がらせが効果がないことに腹を立て、

 宝玉を盗むなど行為をエスカレートさせてしまったのでしょう。


 恐らくは公になっていない嫌がらせは無数にあると思われますわ」



 勝手な心理分析とともに、有りもしない罪が増えてしまった。


 クローヴィスが話を引き取って続ける。



「聖女アンジュの側仕えとして様々な恩恵を受けているのに関わらず、

 仕えるべき聖女に嫌がらせを行い、

 それでも信じる彼女を影で嘲笑っていたのだ。


 唯一の聖女にして魔王を退けたこの国の至宝たる聖女に対し、これ以上の侮辱はないだろう。


 その罪は万死に値する!


 …が、聖女アンジュはそんな相手にも慈悲を願っている」



 偽物は変わらず俯いている。

 どういう理屈で動いているのだろう。

 あれ? 実は動いていない……?



 クローヴィスが大きく宣言する。



「罪人シルヴィ・ジラールは貴族の位を剥奪。

 王都を徒歩で一周し見せしめとしたあと、

 娼館送りとし、稼いだ金は生涯聖女アンジュへの賠償金とする!!」



 わっと盛り上がる場内。


 どこか演技臭い悲しげなエレオノーラ様と、あからさまに満足げな理事長。


 クローヴィス以外の攻略対象たちは安堵のような戸惑いのような、

 なんとも言えない表情で口を閉ざしている。


 良いのか? 売春させた金を聖女に渡すってことになるけど……。

 まぁ良いか。アンジュがどうにかしてくれる。


 私は最早投げやりであった。



 アンジュが優しい眼で私を見下ろす。


「……任せてくれよ」

「うん。……私を信じてくれてありがとうね」

「当たり前だろう」




 アンジュは私の手を繋ぎ、

 ホールへの扉を思い切り押し開けた。

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