第25話 無罪の証明1

 バーンと音を立てて開いた扉に、生徒たちが一瞬で振り向く。

 アンジュは私の手を引きながら、

 長く揺れる髪を反対の手でぱっと払いながら颯爽と壇上へ向かった。



 いつものように自信有りげに歩みを進めるアンジュ。その行く先にいる生徒たちがわらわらと避けていく。


 手を引かれる私のことに目を留める生徒もいたが、

 壇上にいるはずのアンジュが出てきたことやらで混乱しているのか、

 何かしてくる人は居なかった。



 壇上の攻略対象たちは、偽物と、のしのしと向かってくるアンジュとを交互に見比べて驚いているようだ。



 アンジュが歩きながらもそっと腕を伸ばし、

 壇上の未だ俯く偽アンジュに指を突き出し小さく振るう。


 すると偽アンジュはぼふんと煙となって消えたのだった。


 一気にどよめく会場。


 壇上の下までやってきたアンジュは、

 くるりと振り返りまずは生徒たちに向き直り、話し出す。


 その声はよく響いた。



「諸君。お集まり頂いて感謝する。

 先程までの話は聞かせてもらった。

 豈図らんやあにはからんや、シルヴィを犯人扱いして断罪とは……」



 やれやれと大げさに肩をすくめる。



「私はシルヴィが無実であると知っている。

 それを今から証明してご覧に入れよう」



 攻略対象たちが驚きの声を上げる。


「あ、アンジュ!?

 何を……!?」


「まず1つめ、シルヴィが私を転ばせた……。

 これは私自身が見ている。

 シルヴィの脚にゴキブリが付いていたのだ」


「しかし、君を信じないというわけではないが、

 君のそばにいた僕たちは誰一人として見ていないのだぞ」


 いつの間にか下に降りてきたクローヴィスが言う。


「証拠ならあるぞ」


 アンジュが制服の胸元に手を突っ込み取り出したのは数枚の写真だった。


 あれ、この写真…。


 食堂で撮られたようだ。

 アンジュの後ろ姿が写っている。

 私の脚がテーブルから振りあげられた写真には、

 わかり辛いが黒い物体が確かに付いている。


 そしてそれに引っかかり、アンジュが倒れ込む写真(パンチラ)。

 黒い物体は消えている。


 いつの間にか攻略対象たちが集まり、

 アンジュのパンチラ写真を見つめていた。


 違うだろ! その前の写真が重要なんだって!



「見てくれ。確かに黒い物体がついている。

 つまりは、シルヴィはゴキブリに驚き、

 少々過剰な反応をしてしまっただけなのだ」


 パンチラ写真を大公開しているのにも関わらず涼しい顔でそう言ったアンジュは、にっこりと笑う。


「ちなみにこの写真は私のふぁんと言う男子生徒が撮影してくれたものだ。

 よく撮れているだろう?」


「………。確かに、ゴキブリがいたのは間違いないらしい」


 顔の赤いヴィクトルが納得してくれた。

 パンチラ様々である。



 アンジュは話を続ける。


「そして、私が汚水を被った件。

 これも、シルヴィが溢したのではない」

「いや、あの時はぼくたちもいたけど、

 シルヴィさんが上でバケツを持っているところを皆で見たはずだよ」


 マルクが私をちらりと見ながらも主張する。

 アンジュは頷いた。


「覚えているか?

 あの時、あの場所で何があったか……」

「たしかあの時、あそこには……」


「そう、穴が空いていた」



 え、そうだったの?



「人がひとり埋まる位の大きな穴だ。

 それを見つけて私達はその穴を調べたりする為に、

 暫くあの場所に立っていたな?」

「それが、罠だったと?」

「そのとおりだ」


 ヴィクトルが声を上げる。


「それでも、それがシルヴィ嬢の狙いではないとは証明できないぞ」

「……。そうだな。

 それでは次の、宝玉盗難事件……。

 この犯人も、シルヴィではあり得ない。

 宝玉を盗まれたのは、風呂に入っている時。

 私とシルヴィは全く同じタイミングで入り、

 同じタイミングで出ているのだから、

 私に見られずに盗むのは不可能だ」


「……。

 それでも、君がシルヴィ・ジラールを庇っている可能性は否定できない」

「当事者の言葉が信用ならないとは……。

 困ったものだな」


 アンジュが肩をすくめる。


 だ、大丈夫か?

 Gの件しかまともに証明できてないよ!


 不安になってきてアンジュの手を握りしめる。

 アンジュが私に頷く。

 そうだ、アンジュを信じよう。

 何かしらやってくれる。だってアンジュだし。


「それでは証明しやすいものから片付けていこう。

 シルヴィが言ったとされる私への暴言。

 これはどう聞いても、編集されているだろう?

 違和感しかない」

「しかし……日常会話で、およそ聞かないような発言もあったぞ」

「編集されているということは、悪意があるではないか。

 誰かがシルヴィを貶めようとしている。

 それがこの一連の犯人、黒幕だ」


「……」


 静まり返る場内。


 皆がアンジュに注目する中、

 またも胸元に手を突っ込んだ彼女が取り出したのは、録音の魔法具。


 どっから出してくるんだろう……。

 さっきそんな感触全然無かったんだけど……。

 もしかして谷間に埋まってたのか?


「私はこの編集前の音声を入手した」


 私が思わずエレオノーラ様に注目してしまう。

 彼女は声を上げかけたものの、グッとこらえた。素知らぬフリをしつつ背後に控えるお付きの女子生徒を睨みつける。

 あ。あの子が編集したのかも……?


 アンジュが私と同じ方向を見て微笑む。

 お付きの女子生徒が、真っ青になりながらも駆け出し、アンジュの足元に伏した。

 エレオノーラ様が手を伸ばすが間に合わない。


「お、許し、お許し下さい!」

「ジャンヌ!」


 エレオノーラ様が流石に怒声をあげた。

 アンジュが私の手を掴んだままお付きの女子生徒改めジャンヌ嬢の前に立つ。

 エレオノーラ様を見つめながら。


「ど、どういうことだ?」


 クローヴィスが戸惑いの声を上げる。

 ざわめく会場。

 意に介さずアンジュが淡々と述べる。


「私はこのジャンヌ嬢に目をつけていた。

 彼女があの時穴を掘った犯人だったからだ」

「何?」

「私は魔力で人の識別ができるのだよ、クローヴィス」


 ええ? ほんとに?

 疑わしそうな私の視線を受けて、アンジュが少し口を尖らせる。


「本当だぞシルヴィ。

 そのおかげで魔王の居所が直ぐに解ったのだからな」


 あ、そういえば、ゲームではアンジュはパワーアップした魔族に与えられた魔王の魔力を元に、

 魔王がどこにいるか探し出してたな。


 今思い出した。



「あそこにあった穴を掘るために使われた魔力。

 そして、シルヴィが持っていた汚水バケツに僅かに残っていた魔力。

 これは一致していた。

 当時は把握していなかったが、ジャンヌ嬢のものだ。

 その時は特に気にもとめなかったが、

 シルヴィが暴言を吐いたとかいう音声を聞いたときに思い出した。

 その編集に使われた魔力も同じだったからだ。


 さあ、ジャンヌ嬢。

 話してもらえるだろうか」


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