第23話 VS兄嫁

「で、冒険者にでもなろうかと思ったんだけど、

 何となくここまで帰ってきちゃったんだよね。

 でも……」



 出来事を話しながらアンジュと一緒にもと来た道を戻る。

 兄嫁は、まだそこにいた。暇人かよ。


 思わずアンジュの影に隠れるが、またしても見つかってしまった。



「あら? 何をしているのこんなところで」

「……」



 私が黙っていると、兄嫁はアンジュに猫撫で声で話しかける。


「学園の方かしら?

 わざわざお迎えなんて、ごめんなさいね?

 あ、私はこの子の義姉ですのよ。

 ジラール伯爵夫人ですわ」

「礼には及びませんよ」


 アンジュが人当たりよく微笑む。

 美形の微笑みに兄嫁は気をよくしたのか、

 あれこれ言い出した。


「本当にこの子はなにやらせてもダメなのよ~。

 だからって人に嫌がらせしたり聖女様のものを盗むだなんて、信じられないわよねぇ~?

 前から気に食わなかったのよ~せっかく追い出したのに、

まさかやらかして戻ってこようとするだなんて~。

 本当にどこにいっても邪魔者なのにわざわざごめんなさいね?」

「……」


 さすがのアンジュもマシンガントークに口を挟めなかったらしい。

 しかし兄嫁は止まらない。


「ところで貴女はどちらのお家柄のかたなのかしら?

 公爵家?」


 ほんとにアンジュが公爵家のお嬢様だとしたらかなり失礼な物言いであるが、

 アンジュは特に気にした様子もなく普通に答える。


「家柄など特にありません」

「え? まさか男爵家?」

「私はただの平民ですよ」


 アンジュはそう言って、表面上爽やかに笑みを浮かべるのだが、

 兄嫁は驚いたように目を見張る。


「平民?」

「ええ。私には身分などありません」


 アンジュがわざとらしいほど綺羅綺羅しい笑顔をみせるが、

 対する兄嫁はみるみるうちに蔑むような表情になる。

 そして私に向かって目を細めてこう言った。


「あらあら。やっぱりあなたみたいなダメ人間には平民のお友だちがお似合いってことね。

 この平民もどっかのパトロンにでも取り入って入学でもしたクチ?

 顔だけは綺麗だけど平民だなんて……!?」


 パチーン!


 兄嫁があーだこーだ言うのが我慢ならなくなって、思わずひっぱたいた。

 驚いて頬を押さえる兄嫁の胸ぐらを掴んで捲し立てる。


「何言っているか解ってる?

 私のことあれこれ言うのは勝手だけど、

私の友達だからって貶めて良いと思っているなら許さない!

 どうしてそんな下世話な想像できるのかほんと信じられない!

 だいたいあなただってただの商人の娘、つまり平民でしょ!

 お兄さまと結婚したから貴族になれただけで、

 あなたって信じられないくらい中身は卑しいわ!」

「シルヴィ」

「……」


 アンジュにそっと手を収められ、兄嫁から手を放す。


 落ち着こうと息を吐く。

 怒りでまだ体が震えている。

 兄嫁も怒りのせいか、顔が真っ赤になっていた。

 口を開こうとする兄嫁をアンジュが制する。


「な、何よ……」

「シルヴィの義姉さん。

 あまりこう言うことを言いたくはないが、義理とはいえ妹に対してその態度はどうかと思うぞ?

 シルヴィが何かしたのか?」

「は? 説教?」

「いや。単純な興味だ。

 何故シルヴィに酷い態度を取るのか」

「……気にくわないのよ。何もかも。

 うち実家より貧乏な癖に貴族のお嬢様。あたしが嫁いだお金で着飾ってあり得ない!

 貴族だからってちやほやされて……!

 ジュリアンもあんたを甘やかしてるし!

 魔法の才能がある?

 貴族だからなんてずるいわ!

 あたしだって魔法使いたいのに!」

「……」


 勘違いしてないだろうか……?

 うちは確かに兄嫁の実家ほどは金持ちじゃないし、

 どちらかと言わなくても貧乏貴族だ。

 でも私のドレスはほとんどが亡くなったお母様のドレスを針仕事が得意な使用人のベイルがリメイクしてくれてたものだし、

 貴族だから皆が魔法使える訳じゃないし。

 平民でもアンジュみたいに使える人はいる。

 ……お兄さまが甘やかし気味なのは否定しない。

 ただ、兄嫁が来てからは私から距離を取っていたつもりだったんだけどなぁ。


 心のなかで兄嫁に反論していると、

 フムフムと聞いていたアンジュが解せぬ、と眉根を寄せていた。


「だからといって何故にシルヴィを虐めるんだ。

 家のことは存じ上げないが、お金持ちなら貧乏人を妬む理由がないだろう。

 貴族なんてそんなに羨ましいものか?

 と言うか今は貴女も貴族なのだろう?

 あとジュリアンて誰?」

「…あたしの夫よ」

「…私のお兄さま」


 兄嫁と同時に声を上げる。

 アンジュは納得のいったように頷いた。


「そのジュリアンがシルヴィを甘やかして何が問題なんだ?

 妹を可愛がるなんて普通のことだろう。

 自分の結婚相手が家族を大事にしてるのは喜ばしいことではないのか。

 そんなに度が過ぎるのか?」

「いや……? そもそもここ最近は会えてすらいないし」

「あと魔法?

 そんなに使いたいなら使えばいいではないか」

「使えないのよ!」

「そんなはずはない。

 強い力ではないが魔力はあるはずだぞ」

「えっ……!?」

「貴女は文句を言うばかりで何か努力したのか? 少なくともシルヴィは努力して、攻撃魔法も剣も多少は扱えるようになった」


 兄嫁は自分に魔力があると告げられたからか、

 はたまた責められているからか、呆けた顔で黙っている。


「……」


「義妹を貶している暇があるなら何かしら練習でもするほうが建設的だぞ。

……あ、説教しちゃった」


 ありゃりゃと肩をすくめたアンジュ。

 何やらぶつぶつ言っている


「声があるとつい口を出してしまいたくなるな。

 あまりよろしくない」

「アンジュ……」


 声をかけると、ニコリと笑いかけてくる。


「案ずるなシルヴィ。

 家族がろくでなしだろうとそうでなかろうと、人生は自分次第。

 さっさと縁を切るのも選択だぞ」

「なかなかできることじゃないよ……」

「シルヴィはそのために色々動いてたのではないのか?」

「まあ、それもあるけど……」

「なら、早く帰ろう。

 そろそろ戻らないと、騒ぎになる」

「え? そんなに大事になってるの?」

「うーん、誰にも言わずに出てきたからな。対処はしてるが」

「えーっ!? それはまずいよ!

 魔王を倒した聖女が……」


「ちょ、ちょっとあんた。

あたしに魔力あるって本当なの?

 平民のくせにあたしを謀ったら承知しないわよ!」


 フリーズしていた兄嫁がようやく動き出し、

 私を押しのけアンジュの前に立ち、口を挟んでくる。

 アンジュは頷いた。


「おう。正直大したものではないが、訓練すれば水くらい出せるぞ」

「嘘じゃないでしょうね!」

「嘘ではない」

「なんで平民のあんたがそんなことわかるのよ!」

「わかる。なんて言っても私だからな!」

「はあ!?」


 アンジュはニンマリ笑い、ドヤ顔で思い切り胸を張った。


「私にはもうひとつ肩書きがある。

この国唯一の聖女にして、魔王を倒した勇者だ」




 ……肩書増えてるじゃないか。




 兄嫁は、また思考が止まってしまった。

 私をゆっくりと振り返る。


「……どういうこと?」

「どうもこうもないよ。

 アンジュは正真正銘、国に認められた聖女様。

 んで、最近魔王を倒したほやほや勇者様だよ」


 勇者の肩書は冒険譚が好きなアンジュが勝手に言ってるだけだとは思うけど、

 まあ、間違いじゃないし、兄嫁みたいな相手には肩書がよく効くだろうから否定しないでおく。


 兄嫁の顔から色が消えていく。


「あ、あぁ……!! も、申し訳ございません!

 聖女様とは知らず失礼なことを!」


 失礼だって自覚はあったのか。


 兄嫁は地面にがばりと伏して許しを請うている。

 アンジュは尊大な態度のまま重く頷く。


「シルヴィは私の友だ。

 今後、彼女を悪く言うことは許さない」

「も、もちろんです!

 シルヴィちゃんは、とても優しくて良い子ですもの~」


 あからさまな掌返しを吐きつつも私に懇願の視線を寄越してくる兄嫁。

 私はとりあえず無視してアンジュの腕をとった。


「帰ろう」


 アンジュが私に柔らかい笑みを向けた。



「おう。君の無実も申し分なく証明してみせるよ」

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