第22話 逃避行

「はあ」



 列車に揺られ溜め息をつく。

 思わず衝動的に学園を出てきてしまったけど、

 これからどうしよう?


 このまま、断罪イベントまで戻らなければ、

 というか学園を辞めてしまえば、

 娼館送りは回避されるかな……。


 でも、まだ16歳の貧乏貴族の娘がこれからどうやって生きていこう……。

 学園を卒業できれば職も見つかりやすいかもだけど、諦めるか。


 当てもなく、とりあえず、実家の方に向かってるけど……。

 お兄さま、いるかな……?


 ううん。お兄さまがたとえ居たとしても、

 たぶん、実家に私の居場所はないだろうな……。


 当初の予定通り、冒険者にでもなろうかな……。




「!」



 実家の最寄りでとりあえず降りてみたが、

 そこには何故か兄嫁が仁王立ちしていた。


 隠れようとしたものの、兄嫁が私を目敏く見つける。


「あら~。クズの泥棒さん、おかえりなさい?」

「……」

「まさか、聖女様のものを盗むだなんて、信じられないわ~。

 やっぱり貴女は最低ね!」

「……」


 その辺にいる人たちが兄嫁の大きな声にざわめき出す。


「ジュリアンも貴女はもう妹じゃないって言ってたわよ?

 さっさと消えな!」



 私は俯き、ダッシュで逃げ出した。

 もう私が出ていったのを知らせてるなんて……。


 お兄さまが本当にそう言ったかはわからない。

 このまま実家に向かえば、使用人たちが迎えてくれるかもしれない。


 でも、それはやめた。


 もうあの家は、きっとあの兄嫁に乗っ取られている。

 使用人も入れ替えられているかも。

 もう、どこにも居場所はない……。



 私はひたすらに走った。



 繁華街を抜け、人気のないところまで来て立ち止まる。

 もう、誰かの視線が怖くてしかたがなかった。


「はあ、はあ……」


 膝がガクガクするくらい走った。

 少し呼吸を整えてからふらふらと歩き出す。



 どうしよう……。



「あ~れ~?」

「……!」

「君、迷ったの?」


 寂れた建物の影から男が顔を覗かせる。

 私は思わず一歩下がる。

 優しそうな声で問いかけては来るが、顔が、下衆な笑みを浮かべていたからだ。



「……」



 私は無言で踵を返す。


「おっと、お嬢さん、どこに行くの?」

「は、放して……!」

「可愛いね~。

 怯えないでよーなにもしてないだろ?」

「い、いや!」


 私は最近取得した攻撃魔法を放ち、

 相手と距離をとった。


「イッテ! 魔法使いか!」

「おーい、なにしてんだ?」


 違う男が姿を表す。男が文句を言う。


「この女、俺に攻撃仕掛けてきやがった!」

「ヘエ~。なに?

 お、超可愛いじゃん!」


 言いながら迫ってくる男たちに、

 じりじりと下がるが、壁にぶつかる。

 まさか、行き止まり!?


 私は口のなかで呪文を……。


「おっと!」

「もがっ!」

「魔法を使われちゃ厄介だ」


 そう言って口と手を塞がれる。

 じたばたするが、全くびくともしなかった。

 サッと血の気が引く。


「ふーん、結構な上玉だな?

 よぉく見せてもらおうかな~」

「へっへ、楽しもうぜお嬢ちゃん」


 言いながら服に手をかけられる。

 最悪! イヤ!

 涙が勝手に溢れ、目をギュッと閉じる。





「うおっ!?」

「ギャアッ!」



 縮こまっていたら、声がして、

 途端に体が自由になった。

 男たちは、少し離れた場所で伸びている。


 そして、そこにいたのは――



「アン、ジュ……?」

「シルヴィ!」



 アンジュが私に駆け寄る。

 私は彼女にしがみついて、泣いた。


「う、うわあぁん!!」

「よしよし、もう大丈夫だぞ。

 私がいるからな」


 アンジュは背中をぽふぽふと叩き、

 泣きじゃくる私が落ち着くまでそうしてくれたのだった。





「全く、私に断りもせずにどこかに行くなよ。

 逐電するならそうと言ってくれ」

「だって……」


 私は反論しかけて、ハッとする。

 アンジュも、あの音声を聴いたのではないか?


「……」

「……どうした?」

「アンジュ、その……」

「君の無実を証明すると言っただろう?」

「え……!?」


 アンジュは自信満々に笑った。

 まさか、証拠が?


「証明……できるの?」

「もちろんだとも。まあ私だからね」

「ふふっ……」


 自信家なアンジュの口癖。

 それを聞いて、なんだかすごくほっとした。

 アンジュが微笑み、よしよしと頭を撫でてくる。


「よく頑張ったな。

 皆に責められて辛かったろう」

「うん……」

「君はなにも悪くない。

 すべては策略のもとだということを詳らかつまびらかにしてみせよう」

「……どうして」


 私は心底不思議だった。

 何でこんな私をそこまで信じてくれるのか。


 いくらなんでも、普通は疑うよ。

 脛を蹴飛ばされ、汚水をかけられ、ものは盗まれ、悪口を言われていたと思ったらさ……。


 アンジュは柔らかく微笑んだ。


「君という人間の本質は理解している」

「私の、本質……?」

「ああ。君は基本的に善良な心根の持ち主だからね」

「ええ……?」


 なんか、理由になってなくない?

 アンジュと会ったのは学園に入ってから。

 そこから一年ちょいで、確かに、一緒に生活してたけど……ねえ?


 まあ、いいか。

 信じてくれてることは、すごく嬉しかったから。


「アンジュ……ありがとね」

「おう」

「何でここにいるってわかったの?」

「……まあ、私だから、な」

「り、理由になってない……」


 バチンとウインクしながら言われたからには、

 もはや何も言えないのであった。

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