第18話 紛失物

 アンジュが今日も対魔王の訓練に出掛けると言うので、

 見送りに付いていく。

 リュカ先生以下、チームの面々攻略対象たちがすでに待機していた。


 私はその魔王討伐の任には入らずにすんだので、

 本当にただの見送りである。


 アンジュがみんなによう、と挨拶をしたと思ったら、

 ふと、胸元を探り出す。


「あれ? あれがないな」

「? あれってなに?」

「あれだよ。この前王様がくれたあれ」

「……?」

「えーと、何だったかな。

 横文字はどうも頭に残らん」

「ホーリージェム?」

「あーそうそう! よくわかったな」


 王様が対魔王への餞別としてくれたのは、お金と、武器、防具。

 そしてこのホーリージェムと呼ばれる宝玉である。

 覚醒した聖女の力を増幅する効果があるらしい。


 てか、もしかして失くした? やばくない?

 私は青くなってアンジュを問い詰めた。


「いつからないの!?」

「昨日はあったと思うんだが」

「ああ、昨日は首から下げていたのをオレ、見たぞ」


 近くにいたヴィクトルが話に入ってくる。

 皆アンジュを気にしているので、続々と会話に加わる攻略対象たち。


「部屋に帰ってからは外したのか?」

「風呂に入るときに外したような気がするな」

「そのあとは?」

「うーん、覚えていないな」


 ということは、風呂場で外したあと、失くしたのか?


「とりあえず、お風呂場を探してみましょう」


 管理棟の風呂場は、この棟の上階にある。

 私たちの部屋から程近い。

 一応共有なのだが、女子寮や男子寮にも大浴場があるため、

 一般の生徒はあまり入ってこない。

 忘れて置きっぱなしならすぐに見つかるだろう。


 私たちは上の階に向かった。

 皆ぞろぞろついてくるけど、女子の風呂場には入れないぞ?


 アンジュと脱衣場及び風呂場を探すが、

 結局見つからなかった。

 ついでに部屋も簡単に探してみるが見つからない。



「……ないな」

「……ないね」



 アンジュは肩をすくめて言う。


「ま、いいや。とりあえず、今日はもう行ってくるよ。

 帰ったらまた探す」

「私も探しておくよ……」

「すまんな。まあ無ければ無いで問題ない」

「いや、あるでしょ!」


 軽く言うので思わず突っ込んでしまう。

 王様から賜ってるんだよ?

 そんなもの失くしたら……。

 でもアンジュは気にした様子なくにっと笑った。


「別に無くても魔王は倒せるからシルヴィは心配しなくていいぞ」

「そういう問題じゃないでしょうが……」

「あはは、じゃあな!」


 アンジュは部屋の外にいた皆を連れて出掛けてしまった。


 はあ、全くもう。

 とりあえず、私は探そう。




 しかし、いくら探せど宝玉は見つからなかった。


 その旨、帰ってきた皆に伝える。


「そうか、すまなかったな。

 かなり探してくれたのだろう?」

「うん……結構探したんだけど。

 落とし物としても届いていないって」

「そうですか……。

 あのホーリージェムはかなり貴重な品なので、

 何としても見つけたいところですね」


 リュカ先生が呟く。

 クローヴィスも、その言葉に頷いた。


「盗まれたのではないか?」

「確かに、見つからないならその可能性もあるよね」


 レイモンドが疑惑を口にし、マルクが同意する。


「しかし、あのホーリージェムは聖女が持たなければただの石だ。

 値打ちのあるものに見えるとは思えない」

「ただの石と思って捨てられた?」

「しかし、チェーンがついていたのでしょう?」

「それに、この管理棟で見つけたとしたら値打ちものと勘違いする可能性はある」

「でも、ここにいる生徒たちがそんなもの盗もうとするほどお金に困るとは思えないがな」


 管理棟にいる生徒は、相当優秀でかつそれなりの立場や家柄の生徒ばかりである。

 一番ぽんこつで貧乏なのがシルヴィたんなのであった。


「まあ、ここで話していても埒があきません。

 私のほうで質屋に流れていないか探ってみます」


 リュカ先生が言い、今日はお開きとなった。



 あれから数日経つが、未だに見つかっていない。

 アンジュ本人はそんなもの必要ないと本気で思っているからか、

 大して気にしていないのだが、やはり周りは気にしている。

 そろそろ紛失したことを国王陛下に伝えなくてはならないのでは、

 と言う話に発展しそうになっている。



「父上は魔王を恐れているからな……。

 できれば不要な心配をさせたくない」



 そう言うクローヴィスが止めている状況である。

 ほんとどこにいったんだろう。



 そして、私はすごくすごく居心地が悪い。

 何となく、疑いの眼差しを感じるのだ。

 汚水事件から信頼度がマイナス近くまで落ちているから仕方ないと言えばそうなのだが……。


 お前が盗ったのか等とは直接言われてるわけではないので、否定することもできないのであった。



 今日も訓練に出掛けている一行。

 私は通常の課題をこなし、学園に戻ってきたところだ。


 剣はやっぱり残念な腕前なのは変わらないが、

 攻撃魔法は少しはましになった気もする。

 でも、娼館から逃げれるくらいの腕にならないと。


 私は少し遅くなったので足早に校舎へ。


 アンジュたちはもう戻っていているだろうか。

 もういるなら、直接リュカ先生のところに行った方がいいかな。


 リュカ先生が不在の時には別の先生のところに行っていたのだが、

 この時間ならアンジュも戻ってきてることが多いから先生もいるだろう。


 そう判断して、いつもの部屋に早歩きで向かった。


 と、長い廊下をずんずん進んでいると、

 急に空き部屋から男子生徒が飛び出してきて思い切りぶつかってしまう。



「わっ!」

「うっ!」



 結構な勢いで飛んでしまい、鞄が投げ出される。痛い。

 鞄の中身がこぼれた。

 あれ? ちゃんと閉めておかなかったっけ。


 思い切り打ち付けた膝をさすりながら顔を上げるが、

 ぶつかってきた小柄な男子生徒は悪かったな!と言いながらさっさと走り去ってしまった。


 相当急いでたのだろうか。

 美少女を転ばせておいて最低な輩だ。


「あら、大丈夫ですの?

 シルヴィ様」

「あ……大丈夫です」


 通りがかったクローヴィスを好きらしい品のよい令嬢……。

 この前名前を知ったけど、エレオノーラ様だったか……今日はお付きの人はいないのかな……。

 彼女が助け起こしてくれる。

 優しい……。


 エレオノーラ様とふたりで鞄の中身をかき集めていると、

 あり得ないものが落ちていた。


「こ、これ……!」

「どうされましたか? シルヴィ様」

「い、いえ……」


 まさか、さっきの男子生徒が……!?


 私は彼が去った方向を見つめ、唸るのだった。



 エレオノーラ様にお礼を言い、

 慌ててリュカ先生のもとへ向かった。

 部屋に入ると、皆が寛いでいた。


「シルヴィさん。お疲れ様でした。

 ……どうしました?」

「どうしたんだシルヴィ。

 そんな息を切らして」


 私はぜえはあと息を吐きつつもアンジュにそれを差し出す。


「あったの……」

「!」

「ホーリージェム!」

「どこでこれを!?」


 私は息を整えつつ、説明する。


「ぶつかってきた、男?」

「はい。その時鞄の中身をぶちまけてしまったんですけど、

 そこに紛れていたんです」

「怪しいな……どんな奴だった?」

「うーん、すぐに走り去ってしまったので、顔は見てないのですが……。

 茶色の短髪で、体型は結構小柄な男子生徒でした」

「特徴的じゃないな。

 割り出すのは苦労しそうだ」

「あ、ぶつかったあと、エレオノーラ様が助けてくれたんです。

 もしかしたら彼女が見ているかも」

「よし、あとでエレオノーラには僕が聞いておく」


 クローヴィス殿下がそう言った。

 やっぱり知り合いなのね。


 アンジュがホーリージェムを首から下げつつ、言う。


「別に戻ってきたからいいんじゃないか?」

「そう言うわけにはいかないよ。

 陛下から賜った君の力を増幅する宝玉を盗み出すなんて、

 国家反逆と見なされてもおかしくない」

「ふーん、そう言うもんか」


 アンジュは興味もなさそうに言って、

 私に帰ろうぜ、と促した。



 すっかり忘れていた課題を提出し、私たちは部屋に戻ったのだった。

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