第16話 アンジュの覚醒と穴だらけの逆ハー崩壊大作戦

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 存在しないものにこれだけ執着できるのは、

 もしかしたら異常なのかもしれない。


 でも、彼女を作り出したのも、人間。

 なら、彼女を人間として認識したって良いじゃない。

 好きなものは好きなの。

 すべてを知りたいの。

 そして、それに一喜一憂することの何が悪いの?


 馬鹿にしてくれてもいいよ。

 でもどうか、彼女を否定しないで。


 **********



「シルヴィ……ただいま」

「おかえり」


 あの意味深な話題から暫く。

 あれからアンジュがおかしなことを口走ることはなかったし、

 聞いてものらりくらりされてしまう。



「シルヴィ……」

「ん? なに?」



 帰ってくるなりベッドでごろごろしていた私にゆらりと迫ってくるアンジュ。



 そして、ベッドにダイブ!

 もちろん私は……。



「ぐえっ!

 それやめてって前言ったじゃん!」

「シルヴィー!

 ついに覚醒したぞー!」


 そう言って、満面の笑みで私の背中に乗ってくるアンジュ。


「えっ! そうなの?

 おめでとう!」


 私のおしりを楽しそうにベシベシ叩くのをやめさせつつアンジュをどかし、起き上がる。


 覚醒した、と言うことは……。



「ふっふっふ。さすがは私!

 はーっはっはっは!」

「浄化魔法、できるようになったんだ!」


 私の声に、嬉しそうに頷くアンジュ。


「もうすぐ、魔王を倒しにいってくるぞ」

「そうなんだ……。頑張って!」

「おう。だからしばらく留守にする」

「わかった。気をつけて」

「だから明日は一緒に出掛けよう!」

「うん、良いけど大丈夫なの?」



 逆ハーレムのみんなと過ごすのではなかろうか?



「シルヴィとしばらく遊んでないから良いの。

 明日は2人で遊ぼう」


 にこにこと快活に笑いながら言うので、

 素直に頷いておく。


「ねえ、どうやって覚醒したの?」


 気になるところを聞いてみる。

 アンジュは事も無げに言った。


「レイモンド、ヴィクトル、マルク、クローヴィス、リュカ先生、

 とにかく全員と口づけ……キスしてみた」


 ここだけ切り取れば立派なビッチである。


「そ、そうなんだ……」

「あのキスから変わったから、レイモンドともう一回キスしてみたけど変わらなかったんだよ。

 マルクが自分ともキスしろって言うからやけくそでキスしてみたら覚醒が進んだからこれはと思って、全員とキスしてやった」


 バッチリどや顔である。

 あんまりその話、みんなにしない方がいいぞ……。


「良かったね」

「……」


 アンジュが、私の顔を見つめる。

 何だろう?

 もっと誉めてほしかったかな?

 私は笑顔でアンジュの頭を撫でた。


「よしよし。魔王との闘い頑張ってね」


「なあ、シルヴィ」

「ん?」

「私、シルヴィともキスしてみたい」


「……は?」


「良いよね?」

「な、何を……!

 聖女さん、おやめなさい」

「あなたらしい聖女でいいよって言ってくれただろう?」

「いやいや、そういう話じゃないし関係ないよ!」

「シルヴィともキスすればもっと浄化魔法が強くなる気がするんだ」

「く、……その言い訳は卑怯だぞぉー!」



 アンジュが私の口元を見ながら、迫ってくる

 ……!


 思わず身をのけぞらせるが、そのままベッドの上に押し倒されて、ちゅ、とやられた。

 シルヴィたんのファーストキスがアンジュに奪われた……!


「……」


 長い髪が頬に落ちてくすぐったい。

 目を閉じなかった為、同じく目を開けていたアンジュが目を見開いたのが見えた。


 な、なによ?


 と思っていたら、また唇が触れられた。



「……柔らかい」



 心底驚いた顔でそんなことを言う。



「あっ、ちょっ……」

「……」


 もう一回、唇を食むように口づけられる。

 私はアンジュの肩を思い切り押す。


「も、もう! 何すんの!」

「女の子の唇は柔らかいのか?

 それともシルヴィの唇が柔らかいのか?

 すごく気持ちのよい感覚だ……」

 


 うっとり、感嘆の声をあげるアンジュがまた迫って来るので、

 ペシリと頭をはたく。

 叩かれたことが不可解といわんばかりに頬を膨らませるアンジュに、私は説教した。



「キスって言うのは好きな人とする大事なものなの!

 1回すれば十分でしょ!」

「!?

 シルヴィ……私のこと好きじゃないのか!?」

「あー!  恋愛感情の好きな人だよ!」

「恋愛感情……」


 恋愛がわからないことなのは相変わらずらしく、

 肩を落としてしょげるアンジュ。


「友だちとは、キスしたらダメなのか?」

「いや、ダメじゃないけど……」

「だったら良いじゃないか。

 私はシルヴィとキスしたい。

 シルヴィは嫌なのか?」

「うぐっ……いやいや、おかしいでしょ」

「なにがだ?」

「女の子同士でキスなんて……」

「男同士だろうと女同士だろうと、したい相手とすることの何がおかしい?」

「くっ正論……」


 また迫ってくるアンジュの口を押さえる。


「魔王を倒したらお祝いにキスしてあげるから!」

「よーし、頑張る!」


 はぁぁ。


 途端にご機嫌になったアンジュを見やり、

 内心頭を抱えそうだった。



 あ、そうだ。

 聖女の力が覚醒したのなら、逆ハー阻止作戦を解禁できるんだ。

 一応、考えている。

 全然思い付かなかったけど!


 かなりやけくそな案なので、正直やる必要性があるかは微妙かもしれないけど、

 せっかくなのでこの機会に試してみることにした。


「アンジュ」

「ん? なんだ」

「明日、ちょっと用事を思い出したわ。

 現地集合でも良い?」

「別に用事があるなら付き合うぞ?」

「ううん、大丈夫」

「……わかった。

 じゃあ、街のいつものところに集合な」

「オッケー」


 よし。……うまく行きそうな予感は全くしないが、

 もはやなりふり構ってはいられない。


 逆ハーは聖女の覚醒を持ってほぼ完成してしまったが、エンディングはまだ先のこと。


 逆ハーをどうにか壊すことで、

 エンディング近くに紐づけられていると思われる断罪イベントを阻止することがこれからの私の使命だ。




 そのための作戦……。


 成功のためにはまずは明日。


 明日、上手くいけば作戦成功がグッと近づく。

 でも明日失敗すれば、その先の作戦はすべておじゃんだ。


 たぶん、ダメだと思うけど……やらねばならない。

 大事な大事な可愛いシルヴィたんのために。

 そして私の未来のために。


 例え失敗するとしてもやるのだ……っていやいや、やる前から弱気になってはダメだ!



 頑張ろう。このために少し前から準備してきたんだから。





 そして次の日。


 待ち合わせ場所にいるアンジュを、少し離れた物陰から覗きこむ。

 アンジュはここらでは知らない人がいない超有名人なのだが、

 聖女という立場上おいそれと話しかける人は皆無なのであった。

 みんなチラチラと見てはいるけど。


 しかしアンジュが周りを見回すと、皆散っていった。すごい。



 故に手持ち無沙汰のようにベンチに座り、

 脚をぶらぶらさせて私を待っていた。



 私は改めて自分の格好を確認する。



 頭には茶髪の短髪なかつらとハットをかぶり、

 簡単な装備にシャツ、ズボン。


 どこからどう見ても可愛い少年である。

 この格好でアンジュに突撃する。



 そう、今回の作戦は、アンジュに新しい出会いを演出して、逆ハー崩壊大作戦である。



 アンジュはどうもシルヴィたんを妙に気に入っているので、

 シルヴィ似の可愛い男の子が現れて、

 もしも恋に落ちたら逆ハー崩壊待ったなし。


 アンジュに本命ができれば、攻略対象たちのあの謎の連帯感も崩れ去るであろう。

 そうに違いねぇ。


 という、穴だらけで運頼みな作戦を実行しようとしているのだ、私は。

 追い詰められているなぁ。



 ドキドキと鳴る心臓を抑えて深呼吸をひとつ。



 私はこの辺りに不慣れな旅人を装い、

 ふらふらとアンジュに近寄った。


 アンジュと、目が合う。


 はっとした顔をする彼女に、困った風な笑顔で話しかけようと近寄るが、

 アンジュが先に声をあげた。


「ど、ど……」

「あの……」

「どうした!? シルヴィ!」

「え?」



 やばい、あっという間にバレたぞ!

 私はなんとか取り繕うためにきょとんと首をかしげてみせる。

 しかしアンジュはなぜか必死の形相で、

 私の肩をむんずとつかんだ。


「え、えっと……?」


 掴まれた肩とアンジュを見やり、困った笑いを浮かべて後ずさる。

 アンジュは目を見開き眉間に皺を寄せ、真剣そのものの表情で声を震わせた。


「どうしたんだその格好……!

 何があった?」

「えーと……?」

「まさか……。そんな……し、シルヴィ。

 大丈夫か!?

 体調に異変はないか!?」

「え、え、その……。大丈夫……」



 あまりにも必死なので、つい答えてしまった……。



 この時点で作戦は失敗した。

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