第15話 私が、シルヴィになった理由

「おーい、シルヴィ!  帰ったぞ!」

「アンジュ……おかえり」


 バーンと扉を開け、部屋に戻ってきたアンジュ。

 後ろには攻略対象たちが控えている。


 完全に逆ハーレムで、誰も彼もアンジュの一挙一動を切なげに見つめていた。



 汚水事件から、あまり私は一緒に行動しないようにしている。

 攻略対象たちも、私の扱いに苦慮しているようだし。


 いくら本人が許そうとも、目の前で好きな女の子に汚水かけた疑惑の女にフレンドリーにはできないだろうしね。

 ちなみにレイモンドはちゃんと参考書は貸してくれた。

 キスの余韻か、顔が浮かれてた。



 チラリとクローヴィスが私に視線を寄越す。

 アンジュにおかしなことをしたらどうなるかわかっているな? といいたげな視線である。


 わかってますよ、とにっこり微笑み、アンジュを迎え入れた。



「今日はどうだった?」

「おう。瘴気を払ってきたけど、いまいちだったな。

 たくさん使えば覚醒が進むわけではなさそうだ」

「そうなんだ」


 アンジュたちは今、せっかく目覚めかけた聖女の力を、

 どうやって強められるかをあれこれ試しているところらしい。


 私は全員とキスすれば覚醒すると予想はしているが、

 本来ゲームでシルヴィはこの時期そもそもアンジュと行動することがなくなっているはずなので、

 私から言えることはない。


 アンジュが呟く。


「何で覚醒したのか、よくわからないからなぁ」

「え」


 わかってないのか!

 てか、そうか。

 キスで覚醒するというのは予想だから、実際は違うかもしれないってこと?

 いや、そんなことないだろう。


 あのキスシーンの時、アンジュの身体が一瞬淡く輝いた。

 確かにスチルもそんな感じだったけど、

 イラストのエフェクトとして光ってた訳じゃなくて、

 聖女の力の覚醒が表現されていたんだと解釈した。

 キスが関係ないなんてことはないと思う。


 私の声に気づかなかったのか、アンジュはぶつぶつとぼやいた。


「早く覚醒して、あのクソ魔族をぶち倒しに行きたいんだけどなぁ」

「が、頑張って……」


 あれからアンジュたちも魔族に出くわしてはいないらしい。

 アンジュがベッドに座っていた私の隣に腰掛ける。


「シルヴィは今日はどうだった?」

「うん。アンジュのお陰であのショボいダンジョンなら剣だけで攻略できたよ」

「あのショボいダンジョン……。ぷ」

「笑わないでよ!」

「あは、ごめんごめん。

 良かったじゃないか」

「明日は他のところ行って魔法攻撃縛りで攻略するつもり」


 私が明るく言うが、アンジュは少し口を尖らせる。


「……そんなに頑張らなくても私がいるだろ?

 シルヴィぐらい守れるよ」

「足手まといになりたくないし……」


 それに、いつかは一人で生きていかないといけなくなるかもしれない。


 ゲームの期間が終わっても、アンジュと一緒にいられるとは限らないから。

 そもそも実家には帰れないだろうし、

 断罪されてもされなくても、一人で生きていくしかないのだ。


 黙る私を覗き込み、アンジュが真顔で見つめる。


「その心意気は認めるけど……。

 正直、向いてるとは思えないぞ?」

「な、なによ!」


 確かに運動神経には難有りなシルヴィだけど、

 アンジュがスゴすぎるだけでそこまで言われたくない。


 ぷりぷり怒った私に、アンジュは静かに言う。



「怒るな。……君は優しすぎる。

 殺生に慣れてない。

 感覚を楽しめなければ辛いだけだぞ」

「アンジュは楽しんでるって言うの?」

「誤解するな。殺生を楽しんでいるのではない。

 私はあらゆる感覚を感じたいのだ。

 そうでないとわからん。


 骨を切り肉を断つ感覚も、息の根を止める瞬間も、

 正直良いものとは思っていないが、言い知れぬこの感覚を味わうと生命を体感できるのが楽しいのだ」

「……意味わからない」

「すまん」



 やっぱり、アンジュって変。

 私が不満げな様子なのを気にしてか、言葉を選ぶようにためらいがちにアンジュは話す。



「……人間と言うのは難しいな。

 わかってもらえるとは思わないのだが、

 シルヴィにはわかってもらいたいから話をしてしまう……」

「他人のことなんて、わかるわけないよ」

「それでも、わかってもらいたいと思うから話をするのだろう?

 シルヴィも私に、いろんなことを教えてくれたじゃないか」

「そうだけど……」

「それに例え他人でも、私はシルヴィのことを解りたいし、

 私のことをシルヴィに解ってもらいたいと思うよ」


 アンジュはそう言って微笑んだ。

 そんな顔をされたら、なにも言えない。

 しかしアンジュは、儚く微笑んだまま、言葉を連ねた。


「君と話すのは楽しいよ。 

 今までこんなに楽しかった日々はない。

 刹那の生を謳歌する人間たちがこれ程目まぐるしい感覚の渦の中でもがいてきたというのが漸くわかった」

「アンジュ……?」

「人は悩み、時に愚かしいまでに一時の感情に突き動かされている。

 今まで傍目で見てきてそのことに呆れていたけど、今は少しはわかる。

 それに、もっと知りたい」


 アンジュがいつになく饒舌に、しかも訳のわからないことを言い連ねている。

 ますます意味がわからない。


「レイモンドは私に懸想しているのだろう?

 その感覚を私もいつかはわかるのだろうか?

 私は生きている故に沸き起こるあらゆる感覚を知りたい。この身で感じたいのだ。

 なあシルヴィ、君に覚える感覚だって、今までの時間にはないものだ。

 ああ、愛だの恋だの嫉妬だの、見知った、けれどもよくわからないものが私にももうすぐ掴めるのか……?」

「……」



 やばい、いつになくアンジュがポエマーになってる。


 対処のしようがないぞ……。

 ひたすら聞いていれば良いのか?



「醜い感情をたくさん見せられてきたけど、

 その中にも惹かれるものは確かにあった。

 私はきっと、ずっとそれを知りたかったのだろうな。

 今はとにかくその欲求が私を突き動かしている」



 それにしてもなんだろう、この違和感……。

 はっきり言語化できないけど、アンジュって、

 本当に何者?


 怪訝な顔をあからさまにしてたせいか、

 アンジュがはっとして、口を一度閉じ苦笑する。



「すまん、けだし変なことを言ってたな。私にもそれくらいはわかるぞ」

「あなた……何者?」



 私のズバリな問いに、アンジュは軽やかに笑う。



「まあ、いつかはわかるときが来るかもしれないよ。

 私にも未来はわからないけど、少なくともこの遊びには期限がある」

「……!?」

「その後どうなるか、お互いどうするかはその時になってみないとわからないがな」



 ”遊びには期限がある。”

 めっちゃくそ意味深なことを言い、

 アンジュがニヤリと笑う。



「まあ、私は今も十分楽しんでいるし、君だってそうだろう?」

「私が?」


 このまま行くと、破滅の未来が待ってるのはわかってるんだけど。

 それを阻止するために必死で動いているのはアンジュにわかってるのか?


「……私がこの先どうなるか、わかってるの?」


 私が聞くが、アンジュはきょとんと首をかしげる。


「私は知らないよ?

 私は流れにあわせて泳いでいくだけ。

 君は知ってるんじゃないの?」

「知ってる、だから……!」


 断罪を回避しようとしてるんだ、と言おうとしたけど、言葉にならなかった。

 パクパクするだけで声にならない。


 こんなところでゲームの影響?

 そんな私を見つめ、心配するなと微笑むアンジュ。


「きっと大丈夫だ。流れに任せろ」

「そんな……」

「問題ないよ。そもそもこれは、君が望んだことだ」

「私が……?」

「そう。君が望んだから私は……」


 そこまで言って、アンジュはふわあと欠伸をした。


「……話しすぎて眠くなったな。

 そろそろ寝るか」

「え、ちょ、アンジュ……!」

「すぅ」


 即行で寝てしまったアンジュを見つめ、私はため息をついた。



 何がどうなっているの?


 私がシルヴィたんになっているのは、

 アンジュに、理由がある……?

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