第7話 意気投合しなくていいよ!


「それでは、ここで一旦休憩しましょうか」


 リュカ先生の言葉に、それぞれが思い思いに腰を下ろす。


 今日は、校外学習と称して、町外れの教会に向かっているところだ。

 もちろん、これはゲームのイベントでもある。シルヴィが逆ハールートで同席するイベントはあまり多くないので、ここらでなんとか手を打っておきたいところだ。


 このあたりには、瘴気が発生している場所があり、そこを経由して教会に向かう途中である。


 皆、先程見てきた瘴気について思うところがあるらしく、どこか重苦しい空気である。


「瘴気……確かにアレは、禍々しい気を感じるな」

「あれくらいであればまださほど影響はないでしょう。もっと濃いものになってくると、魔物の発生源になったりといった問題が出てきます」

「瘴気は、なぜ生まれるのでしょうか」

「瘴気自体は、自然発生的に生まれることもあれば、辺りのバランスを崩すほどの魔法の副産物として生まれることもあります。しかし、最近の発生は、ほぼ魔王の目覚めが引き起こしていると言われているのですよ」


 生徒たちの疑問に、丁寧に答えてくれるリュカ先生。

 魔王、その言葉に更にどんよりとする攻略対象たち。


「魔王は、すでに目覚めているんだよな?」

「そう聞いている。魔王の臣下、魔族の目撃情報も増えてるだろう? クローヴィス」


 ヴィクトルの疑問に、レイモンドが答える。そして投げかけられたクローヴィスも重苦しく頷く。


「そうだ。少し前にも、逃げられたが騎士団の交戦があったらしい。剣での物理攻撃がほとんど効かなかったと言われている」

「剣が、効かない……。この前のあいつと同じ」


 ヴィクトルが顔を歪める。

 この前のあいつ?

 気になったが、問いかける前にマルクが不安げにリュカ先生に聞いているのでそちらを聞くことにする。


「魔王は、いつ本覚醒するのでしょうか」

「それは、誰にもわかりません。魔族の暗躍は、魔王の覚醒を早めるためとも、魔王の敵を排除するためとも言われていますが……」

「魔王は、浄化するしか対処法はないのだろう?」

「ええ、そのとおりです。……ですので、聖女の存在はこちらにとって非常に重要なのです」


 と言って、リュカ先生以下、皆がこちらを見る。

 ……正確に言えば、私の膝を枕にして寝こけているアンジュを……であるが。


 うう、視線が痛い。私は何も知らんよ! 美少女の膝枕で美少女が寝てるという素晴らしい光景を拝ませてやってんだから変な目で見てくんな!


「……聖女が魔王を浄化するためには、特別な魔法が必要なんだろう?」

「らしいな。浄化魔法は聖女しか使えないと聞いた」


 ヴィクトルが無理やり話題を戻す。

 レイモンドがそしらぬふりをしながら頷いている。


「アンジュさんは、浄化魔法を使えるのでしょうか?」

「この間尋ねてみたが、できない、と言っていた」


 マルクの問に、クローヴィスが残念そうに答える。彼にとっては国の一大事だから、他の人に比べると真剣味が強い。


「聖女が浄化魔法を使えるようになることも、覚醒と呼んでいるらしい。アンジュが早く覚醒できるように、僕たちもできることがあればよいのだけど……」


 クローヴィスがため息混じりにつぶやく。

 そろそろアンジュを起こしたほうが良いだろうか。なんでこの短時間ですやすや寝れるのか……。


「アンジュ、起きて」


 ゆさゆさと揺り起こす。アンジュがゆっくり目を開ける。

 大きなあくびをしながら起き上がり、伸びをする。

 あくびのせいか涙目をこちらに向けて、もう一度小さくあくびをする。


「ふあー、寝た寝た。シルヴィの太ももはちょうどいいな。程よい高さと硬さでよく寝れる」

「私は脚痺れたよ……」

「ん? ……脚が、痺れた?」


 アンジュが考え込む素振りを見せ、私と同じように脚を伸ばして座り直す。

 なんだろう?

 アンジュが自分の太ももをペチペチ叩き、私の頭を掴む。そして、アンジュの膝枕。


「ちょ、なに?」

「脚が痺れるというのがどういうものか確認したいから付き合ってくれ」

「いやいや、私じゃなくても……」


 ふと視線を感じ振り返ると、あからさまに羨ましそうな顔のヴィクトル。やれやれといった面持ちながら若干羨望を感じるレイモンド。戸惑うクローヴィス。チラチラとこちらを見てくるマルク。そして、困りましたと言わんばかりのリュカ先生。


 私、悪くないよ?

 ちょっと楽しそうに私のお下げを弄るアンジュに、恐る恐る進言する。


「アンジュ。私は良いから、他の人にやってあげたら?」

「む? なんでだ? シルヴィにやってもらったからお返しだ」

「えーと、ほら、男の子のほうが重いから早く痺れると思うよ!」


 私はいたたまれず、身体を起こす。

 アンジュが不満そうに口を尖らせる。


「シルヴィの顔を見てるのが面白いのになぁ」


 失礼な! こんな可愛いシルヴィたんの顔をつかまえて面白いだとお!


 私はプンスカしてさっさと立ち上がる。アンジュも渋々立ち上がったが、アンジュの背後まで接近していたヴィクトルがちょっと残念そうにしていた。


「……それでは、行きましょうか」


 リュカ先生がそう言い、目的地に向かって歩き始めるのだった。



 さて、教会に到着する。

 私達は礼拝堂に案内され、祈りを捧げるのだが、聖女であるアンジュと、この国の王子であるクローヴィスは、教会にある特別な祭壇にてそれを行うことになっていた。

 この教会で、随分昔の聖女が覚醒して祈りを捧げ、ここから魔王封印の足掛かりとなったと言われているのだ。

 それにあやかろうということだろうか。


 残された私達は、礼拝堂でふたりを待つことになった。


 なんとはなしに、アンジュの話をする。



「アンジュさんは、不思議な方ですね」

「非常に興味深い存在だな」

「すごい子だよなぁ」

「とても、眩しいですよね……」


 皆、要するにアンジュに夢中である。

 レイモンドが、さりげなくアンジュについて尋ねてくる。


「アンジュは部屋でもあんな感じなのか?」

「あんな感じ……?」

「シルヴィ嬢には甘えているように見えるから気になってな」

「ああ……そうかもしれませんね」


 私は答えつつも、ピコーン!と閃き、上手く話の流れを持っていくべく頭をフル回転させる。


「なんでも話せる相手がいなかったみたいで。頼ってくれてるのは嬉しいですね」

「そうなんですね。どんな話をするんですか?」


 マルクが聞いてくる。良い感じだ。

 私はにっこり微笑みながら答える。


「ご飯のこととか、学園のこととか。……皆さんの話も良くしますよ」

「へえ、例えばどんな?」


 ヴィクトルが興味津々といった様子で身を乗り出す。

 私は少し勿体ぶって言う。


「あんまり、本人の居ないところで話すのは……」

「別に、悪口言ってる訳じゃないんだろ?」


 レイモンドが口を挟む。


「もちろんです。……例えば、クローヴィス殿下とどこそこ行ってきたとか、そんな感じですよ?」

「クローヴィスと……」

「ええ、殿下のお話はよく聞きますね」


 マルクが目を伏せている。

 よしよし。このまま、クローヴィス殿下が相手なら無理だなと諦めてもらいたいところ。

 ちなみに本当は別段クローヴィスの話が多いと言うわけではない。

 基本、攻略対象の話はイベント関係とか、【シルヴィに聞く】の時にしか話題に上がらないのだ。


 そこへ、クローヴィスが一人で戻ってきた。


「アンジュさんはまだ……?」

「はい。清めに時間がかかっていたようです」

「そうですか」


「なあ、クローヴィス」


 ヴィクトルがクローヴィスに声をかける。


「おまえ、アンジュのこと、どう思ってるんだ?」


 なんと直球!

 他の面々もはっとした顔でクローヴィスの回答を待っている。

 クローヴィスも急に言われて目をぱちくりとさせたものの、ゆったりと座り脚を組み、優雅に頷いた。


「とても素敵な女の子だと思っているよ」

「それ、好きってことか?」


 ヴィクトル、オブラートに少しは包もうよ!

 でも、私にとっても願ったりの展開だ。

 これで、殿下がアンジュを好きと言えば、俺も好きと言うことはすなわち王子が恋のライバルになるということ。

 さすがにこの面々はクローヴィスに近い臣下だから、遠慮してアプローチを控えるようになるだろう。


 よし、これで逆ハーは崩壊だ!

 ナイスヴィクトル!


 私が内心にやけを抑えて見守っていると、殿下はにっと笑い、頷いた。


「そうだね」


 よっしゃ!

 内心ガッツポーズをする私を尻目に、クローヴィスは言葉を続ける。


「でも、君たちも彼女が好きなんだろう?」


 まさかの意思確認。

 このイベント、こんなんじゃなかったような気がするけど、まあゲームはアンジュ目線だから、もしかしたらこんなことも話していたのかもしれないな。


 殿下の言葉に、ヴィクトルは大きくうなずく。


「そうだな。俺はアンジュが好きだ」

「レイモンドもだろう?」


 殿下に言われ、大袈裟にため息をつきながらやれやれと頷くレイモンド。


「全く、わざわざ言わされるとは思ってなかったな。……その通りだよ」

「ぼ、ぼくは……。ぼくも、好き、です!」


 マルクが顔を真っ赤にしながら小さく訴えた。


「……リュカ先生も気に入っているのではないですか? アンジュのこと」


 最後に皆の視線が集まったリュカ先生が、微笑む。


「先生と生徒ですから、気持ちを伝えようとは思っていませんが……ね」


 暗に肯定しているその答えに、殿下が満足げに頷いた。


「ふむ。彼女が誰を選ぶにせよ、その選択にケチをつける気はない。僕たちはお互い、正々堂々彼女に振り向いてもらえるよう努力しようじゃないか」


 そう言って笑顔を見せる。

 え、ちょっと待って?


「おまえがそういうなら、遠慮なくアプローチさせてもらうよ」

「オレ、負けないぞ!」

「お互い、頑張りましょう!」

「彼女が選ぶなら、恨みっこなし、ですね」


 えっ、なんでそうなるの?

 頑張ろーぜ! じゃないだろ!?

 良いのかよ! 誰も引かないのか!


 なぜだか、意気投合?

 正々堂々勝負だ!と男の友情が生まれてしまった。


 嘘だろ……。


 そして、なんで? 誰か一人くらいシルヴィたん推しがいても良いんじゃないの?

 シルヴィだって、結構美少女だぜ? アンジュと系統違うだけで、ファン人気も公式人気もそこそこ高いんだぜ? 今は、私がシルヴィだから説得力ないかもしれないけど、シルヴィたん、めっちゃんこ可愛いんだぜ?


 なのに……。解せぬ。


 まあ良いけどさぁ……。きっとゲーム仕様、強制力というやつなんだろうし。


 とにかく、逆ハー阻止作戦その2も、失敗と言う結果に至ったのであった……。


 え、てかめっちゃこの空気の中にいるの、気まずいんだけど……。

 私は、小さく縮こまり祈りを捧げる。

 早くアンジュ戻ってこーい!!

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