第6話 アンジュとシルヴィ
その後しばらくはみんなから変な目で見られていたが、アンジュがとりなしてくれたお陰で、変に突っかかられたりすることはなかった。ほっ。
「ほんとごめん、アンジュ……」
「私ならつつがないから気にするな」
念のため、アンジュに治癒魔法をかけてもう一度謝る。
気にするな、と笑って手を上げるアンジュに、お礼を言いつつ、いつも通り預かったものを渡した。
「あ、そうだ。これ、また預かったよ。
はい」
「おお、手紙か。写真もあるな」
「写真? 道理で分厚いわけか……」
アンジュは手紙を預かり、読み進めていく。
読み終えた頃を見計らい、声をかける。
「どうする?」
「いつも通りぱたーんえーで頼む」
「りょーかい」
私はおしゃれな便箋を取りだし、さらさらと書いた。
「はい、書けたよ。パターンA、
〈手紙をありがとうございます。
ですが私は聖女としての使命を果たさねばなりません。ごめんなさい〉、
にしたけど、なにか付け足す?」
「んー、写真については、また撮った時は下さい、かな」
「ほう。かしこまり~」
言われたものを付け足し、アンジュに口紅と一緒に渡す。
アンジュがキスマークをサインの横に付けたら終了である。
「ほい」
「はいよ」
受け取り、アンジュの好きなサンダルウッドの香りをつけ、可憐な封筒に入れて封をすれば完成だ。
実はアンジュは字がまともに書けない。
文字はもちろん読めるのだが、字をまともに書いたことがなかったらしく。
ミミズがのたくった方がまだ読めるんじゃないかと思うくらいへたくそなのだ。
本人もそれを気にしているらしく、初めて手紙を貰ったとき、返事をどうするか悩みに悩んでいた。
そこへまだ記憶が私じゃない頃のシルヴィたんが代筆を申し出たのだ。
私は割りと字が綺麗と言われるので、アンジュもそれならと納得したのであった。
それからというもの、貰った手紙の返事は私が代筆することが常になっている。
ちなみにキスマークをサインにつけるのは、その最初の手紙の相手のリクエスト。
それがそのままアンジュのスタンダードとなってしまったからなのであった。
ついでに言えば、この世界の文字は日本語である。
日本のゲームの世界だからなのだろうか。片仮名やアルファベットも存在するし、訳のわからない略語とかもバッチリ存在している。
しかし背景やスチルでは謎の象形文字が使われていたせいか、誰も読めない看板などがそこかしこに存在する。
もはや斬新なアートとして地元住民には親しまれているが、誰もその作者やここに置かれている理由などは知らないという。
この謎は七不思議のひとつに数えられているほどである。
そんな訳だが、アンジュがプレイヤーだとすると日本語が読めて書けないのはいったいなぜなのか。
マジで字がへたくそなだけなのか、もしくは実はプレイヤーは幼稚園児なのか……。まさか。
日本語は小難しいことを言うほどだから、ネイティブ日本人なんだろうけど……。
謎が深まるばかりである。
「……。て言うかアンジュ、靴下穴空いてるよ?」
「む? ほんとだ」
「繕おうか?
……ああ、アンジュなら新しいやつすぐもらえるから繕わなくてもいっか」
「おう、まあそうだな。
にしても良くこんなものを繕えるなぁ」
アンジュが脱ぎ捨てた靴下の穴をメリメリと広げながら言う。
私は口を尖らせてブーブー言う。
「繕わないと無いんだから仕方ないじゃない」
「ああ、誤解するな。
繕い物なんてあんな細かい作業ができるなんて凄いなと感心してただけだ」
アンジュがぽいっとゴミ箱に靴下を投げ込む。
そしておもむろにテーブルの上のハンカチを広げ、刺繍に指を滑らせる。
私が縫ったやつだ。
貴族的な趣味ではあるけど、刺繍はわりと好きなので、たまに無心になってチクチクやりたくなるのだった。
シルヴィたんが刺繍が趣味だったから
「うちの使用人のベイルがこう言うの得意で、結構厳しく教えられたんだよね~」
ベイルはうちの服装に関してとり纏めていた使用人だ。
使用人自体が少ないから、他の仕事も兼任してるんだけどね。
シルヴィたんの記憶でははじめはあまり刺繍は好きじゃなかったようだが、少しずつ上手くなるにつれ趣味といっても良いくらいよくやるようになった。
まあ、今実家でチクチクしてたら兄嫁にチクチク嫌みを言われかねないけど。
「シルヴィは器用だよなぁ。
……私もやればできるかな?」
「アンジュが刺繍を……!?」
見た目はともかく言動からは全く似合わない……。
でもアンジュも、今後貴族方との絡みが増えるんだろうから、できた方が良いのかも。
刺繍までいかなくても、繕い物で補修とかできたら何かと役に立つかもしれないし。
「やる気があるなら教えるよ!」
「お、おう。ちょっとやってみようかな」
15分後、名前を綴る刺繍さえもガタガタになってしまう不器用さに業を煮やしたアンジュがボヤく。
「なんでうまく行かないんだ!」
「初めてなんだから仕方ないよ。
ほら、それならこれとこれを縫い合わせて針仕事の練習をしよう」
アンジュにガイド用の点線を描いた端切れを渡す。
アンジュが格闘している間、私は刺繍を施す。
今回はクッションカバーでそこそこの大物だ。
すでに8割方刺し終わっているので、あと少し。
これは売り物にする予定なので、かなり気を使って刺している。
「……」
「……」
二人して無言で針と格闘すること小一時間。
「シルヴィ……。できたぞ」
「ん、どれどれ……」
アンジュの線は、繰り返すうちに綺麗な線が描けるようになっていた。
直線、円、波線。
うん、ここまでできるなら、かんたんな図案も描けるだろう。
「いい感じだよ」
「疲れたな……」
アンジュがふあぁと伸びをする。
「腹減った……」
「集中してたみたいね」
「そうだな。無心になるとはこういうことか……」
「悪くないでしょ?」
「ああ、そうだな。たまには」
私はアンジュの新しい靴下を渡す。
クッションカバーは完成したので、ついでに刺してみたのだ。
柄はオーソドックスな花柄。
「はい、折角だからワンポイント入れてみたの。
これくらいならアンジュでもすぐできそうでしょ?」
「確かに! 今ならできそうだ」
「まあ、そろそろいい時間だしまた今度やろう。
お腹空いたんでしょ?」
「そうだな……。
あ、じゃあ今度は私がシルヴィに何か作る!」
やる気が出てくれたみたいで何よりだ。
私は笑顔で答える。
「楽しみにしてる!
そうだ、折角だから皆にも何か刺してプレゼントしてみたら? きっと喜ぶよ」
「それも良いな。今度やろう!」
後々考えてみたら、逆ハーを推進するような発言をしてしまったな。
アンジュが刺繍を楽しもうとしてくれるのが嬉しくて、つい……。
シルヴィたんもお兄さまにあれこれ刺して、それを喜んでもらったのが嬉しくて刺繍が好きになった経緯があるからな……。
前世では自分で楽しむことしかしてなかったんだけどね。
その後、アンジュが刺繍を刺す時間、放っておかれた攻略対象たちが悶々としたり、
私は理事長に嫌味を言われたものの、
無事に完成したワンポイントのハンカチをプレゼントされた攻略対象たちの反応は以下の通り。
「アンジュが、手ずから……!? なんと、尊い」
「く、使いたいけど、勿体なくて使えないぞ……!」
「こんなに素敵なものを頂けるなんて………。大事にします!」
「何か、お礼をしなくてはな。このモチーフのアクセサリーなんてどうだ?」
「このひと針ひと針に、貴女の思いを感じます。とても嬉しいですよ」
アンジュも楽しんだようだったが、結局、体を動かす方が性に合っている、とそれ以来、刺繍はしていないのであった……。
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