第8話 距離感の近い女友達

 

 アンジュ、遅いなぁ。

 そういえば、この教会でのイベントって何があったんだっけ?


 確か、クローヴィスとのイベントがあったような……。

 殿下は戻ってきたってことは、もうそのイベントは済んだのかな?


 どんなイベントだったっけ……。


 と、思い出そうとしていると、アンジュが礼拝堂に入ってきた。



「アンジュ! おかえり」

「おう、シルヴィ。待たせたな」



 一緒に、というか後を追うように入ってきた中年のシスターが、

 ひどく焦った様子でへこへこと頭を下げまくっている。


「えと、アンジュ? どうしたの? シスターが……」


 アンジュはシスターをちらりと見やり、鼻で笑う。


「あ、ああ……どうかご慈悲を……」


 い、一体どうした?

 アンジュは、眼光鋭くクローヴィスに声をかける。


「クローヴィス。

 ここへは多額の資金援助をしているのだろう?」

「あ、ああ。聖女様の威光を高めるために、ある程度の援助はしている」

「それはさっさと打ちきるのだな」

「……何?」

「ああ、ああ……!」


 青い顔ですがり付くシスターと、

 ちょっと怒っている様子のアンジュを順に見て、

 訝しげに聞くクローヴィス。


「神父に身体をまさぐられた。

 私は聖女のはずなのに、あーだこーだと理由をつけてな。

 不愉快だったから殴り倒しておいたけど、

 どうも他の年若いシスターにもそういうことをしてたらしい。

 そこのシスターはそれを見て見ぬふりというか、むしろ助長させてたようだぞ」

「ち、違うのです!

  信じてください殿下!」


 アンジュが仁王立ちになって、シスターにビシィッ!と指を突きつける。


「おまえ、支援金を懐にいれてるだろ?

 他の若いシスターに聞いたぞ。

 まあそれの真偽は調べねばなるまいが。

 いやしくも少なくとも他のシスターが痩せ細っているのにおまえだけやたらと肥えているのはなにか理由があるように思えてならぬな」

「ぐ……」



 あ、思い出した。



 ここの神父はこのシスターと共謀して、

 横領と、他のシスターたちへのセクハラパワハラを繰り返してたんだよね。

 ゲームのアンジュが襲われかけたところを、

 聞き付けたクローヴィスが華麗に助けて、他の面々と横領の証拠やらを見つけるイベントだったっけ。


 アンジュ、一人で全部やっちゃったじゃん。


 ……。


 お?

  これはクローヴィスの好感度イベントがひとつつぶれたと言うことで、逆ハー失敗かも!?


 私はそこに思い至り、ついにやけてしまった。

 私が1人にやけている中、少し歪んでしまったらしいイベントは進んでいく。


「アンジュ、身体をさわられたのか!?

 大丈夫か!?」

「おう。問題ない。

 しかし兎に角不愉快だったな」


 ため息をつきながらも私に近づいてきたアンジュが、

 後ろから抱きついてきて私の胸を揉んだ。

 周りの目がみんな点になる。


 え? 何?


「ひゃ! な、なにするの!?」

「ふむ……。

 やる側は確かに、興奮するかもしれんな」


 耳元で吐息混じりにささやかれる。

 私は身をよじった。


「なに、バカなこといってんの!」


 私が怒ったので、アンジュが口を尖らせて離れる。


「私がやるのもダメなのか?

 てっきり、やる相手の問題なのかと思ったのだが。

 脂ぎった腹だけ詰まったおやじにやられたんだぞ、私は」

「そう言う問題じゃないっ!」

「むー。おやじが耳元で、興奮するぞふがふがとうるさいから、そんなに興奮するのかと……」

「自分がやられて嫌なことを人にするな!」

「……ごめん。

 でも私はシルヴィに抱きつかれるのは全然平気だぞ?」

「う、まあ私だってアンジュならまだ許せるけど……」


 アンジュが私の手を取り、自分の胸に持っていく。

 な、なんだ。


「そんなに怒ると思わなかった。悪かったな。

 私の胸も好きに揉むといい」

「は……?」

「というか、揉んでみてくれ。

 これで不愉快じゃなかったら、おやじが揉むのが不愉快だということがわかるだろう?」

「ま、またバカなことを……」


 と、言いはしたものの、アンジュの巨乳を揉むことに興味はある。

 女の子も巨乳は好きよ?


 ごくり。


 よし。遠慮なく揉むぞ。


 モミモミ。


 モミモミ。。


 柔らかい。けどハリがある。

 揉みごたえあるな。


「んー……」


 手を離すと、眉根を寄せ、考え込むアンジュ。


「悪くない。……けど、私は揉む方が好きだな~」


 そう言って、手を伸ばしてくるのをはたき落とした。

 ちぇ、とアンジュ。


「あの、そろそろよろしいですか?」


 リュカ先生が、なんとも言えない顔ですまなそうに声をかけてきた。

 赤くなり俯くクローヴィス、マルク。

 真っ赤になりながらも視線が剥がせないヴィクトル。

 横目でじっとり見つめるレイモンド。


 おっと、刺激が強すぎたか。


 土下座で許しを請うシスターは捨て置き、

 別室で顔がボコボコになってる神父をとりあえず捕縛。


 あとは任せて帰路の途についたのだった。




「後程、あの教会の金の流れやらシスターについての横暴については調べさせよう」

「よろしくな。しっかりあがなわせろ」


 頼りにしてるぞ、とアンジュがクローヴィスをベシベシと叩く。

 スキンシップというには勢いが強すぎるが、

 ちょっとほほを赤らめて嬉しそう。ドMか。



「なあ、シルヴィ嬢」

「な、何でしょう?」



 こしょこしょと、レイモンドが小声で話しかけてくる。

 私も小声で返答すると、彼はアンジュを見やって聞いてくる。


「さっきも聞いたが……あれが普通なのか?」

「あれ……とは?」

「いや、いくら女性同士とはいえ、

 いささか距離が近すぎるのではないかと……」


 私は考え込んだ。


 うーん。前世の記憶がハッキリあるわけではないが、

 割りとベタベタしたがるタイプの女友達は存在していたような気がする。

 いわゆる女の子が好きな女の子なのかどうかはわからないけど……。


「レイモンド様は、アンジュが女の子好きだと心配されているのですか?」


 ズバリ聞くと、珍しく視線を泳がせるレイモンド。


「いや、そこまでは考えてなかったが……

 そうか……そう言う可能性も……」


 なにやらぶつぶつ言い始める。

 確かに、私のこと好きと言ってるし、ベタベタしてくるし、これは……疑惑だなぁ。

 でも、今逆ハールートだし。

 そもそも、乙女ゲームをプレイするのにレズなんてあり得るのか?

 いや、両方いけるのかも。前にもそう思ったときあったな。


 ふと、思った。


 アンジュって仕草も男っぽいし、喋り口もなんか男っぽいし。

 実は男性プレイヤーなんじゃないか?

 それなら、ゲームとして逆ハールートをプレイしてるけど、女の子のシルヴィたんが好き、ということに違和感がなくなる。


 男性が乙女ゲームをやることにそもそもの違和感はあるけど……。

 まあ、ギャルゲーの派生としてネタ的に面白がるプレイヤーがいてもおかしくはない。

 私も美少女ゲーム、そんな嫌いじゃないし。


 でも、だよ?

 男性だとして、ムラムラがわかんないとかあるか?

 わざとわかんないふりしてシルヴィたんの反応を面白がっている、

 というようには見えなかった。

 ベタベタはしてくるけど、やらしい触り方と言うほどでもないし……。


 本当に、ただの好奇心だけで動いてる感じがする。


 お風呂一緒に入っても変な目でじっと見てると言うわけでもないし……。

 私と接していて、照れたりするのほとんど見たことないしなぁ。


 アンジュの中身……謎。

 もしかしたら、私と同じでシルヴィたん推しのプレイヤーなのかもしれないな。

 コンプのために逆ハーはやるけど、本当はシルヴィたんが大好きなのかも。 


 うん。そう思うことにしよう……考えてもわからないし……。



「まあ、距離が近い女友達っているので、そう言うタイプなだけかも知れませんよ?」

「そうか……」


 レイモンドは考えるそぶりを見せたが、そっと私に近寄り耳打ちしてきた。


「俺に協力してくれないか?」

「協力?」

「その……アンジュに俺を売り込んでくれ」


 耳をほんのり赤くして訴えるレイモンド。

 プライドが高いタイプだと思ってたけど、やだ~。

 なんか可愛いな。

 私にとっても願ったり叶ったりだ。

 頑張れ! アンジュを勝ち取るのだ!


 私は真摯な眼差しで頷いた。


「もちろんですよ! いくらでも協力します!」

「……恩に着る」


 レイモンドが視線を逸らしながら礼を述べた。

 思わずニマニマしていると、背後から声がかかる。



「何を話してるんだ?」


「!? あ、アンジュ……」



 アンジュがつかつかとやって来て、私とレイモンドの間に割って入る。


「レイモンド。シルヴィは私のものだ。

 おまえにはやらん」

「え? ちょ……」

「さあいくぞシルヴィ!」


 私の手を取って歩き出すアンジュ。

 レイモンド、ポカーン。


「あの、アンジュ?

 変な誤解してない?」

「む? 誤解?」

「私とレイモンド様、ただ話してただけだよ」

「そうなのか?

 レイモンドのやつ、照れてれだったじゃないか」

「……気のせいだよ」


 私に照れていたわけではない。断じて。

 アンジュは不機嫌そうに鼻を鳴らし、首を振った。


「シルヴィは可愛いからな。

 鼻の下を伸ばす……というか、そう。

 こうだ。思いなしか、ムラムラするのだろう」

「いやいや、しないだろ」

「そうなのか?」


 そんなことを話ながら歩いていく。

 ちらりと後ろを見ると、レイモンドがらしからぬしょぼくれた顔をして、みんなに遠巻きにされていた。


 心の中でレイモンドに合掌。

 機会があったらちゃんと売り込んであげるからね!


 と、歩を進めたところでふとアンジュが足を止める。


「ん? どしたのアンジュ?」

「何か……いる」



 アンジュが睨み付ける街道沿いの木立の間から、何者かが姿を表した。

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