第3話 不思議な変人聖女アンジュ


  膨れたお腹を抱えて部屋に帰ってくる。




 部屋は、アンジュのお陰でVIPなお部屋に住まわせてもらっている。


 最初はどうも落ち着かなかったけど、さすがに慣れてきた。






 うーん、食べたぞー飲んだぞー!






 この世界の成人は16歳なので、今のシルヴィたんでもお酒が飲めるのだ。


 ゲームでは一切飲んでなかったけどね。


 私は、前世は成人してたからお酒は飲み慣れている。


 酒を飲みつつ、乙女ゲーム。


 それが前世での生き甲斐であったのだ。






 とりあえず、夜会イベントの前は慌ただしくて堪能できなかったので、


 今一度シルヴィたんのドレス姿をじっくりと鑑賞する。




 推し本人になってしまったので、表情もポーズも自由自在である。




 備え付けの大きな姿見の前で、笑顔、怒り顔、流し目を送り、


 ちょっと挑発的な顔つきをしてみる。




 いや~かわいい! 可愛すぎるよ!




 モデルのようにポーズを決めて、キメ顔。




 いいねー!




 上目遣いでちょっとあざといポーズもいい感じだよー!!


 かわいいよー!




 くるりとターンして、スカートをふわり。


 んーかわいい!




 唇に指を当て、セクシーな感じで谷間を……






「何やってるんだ? シルヴィ」


「わあぁ!!? アンジュ!?」


「わあとは失礼だな。自分の部屋に戻ってきたらだめなのか」


「いや、びっくりしただけだよ……」






 アンジュはさっき私がやっていたポーズをしてみせる。




 く、谷間の圧がすごいぞ。


 色気というものが漂っているのが見えるぞ!






「これはなんの体操なのだ?」


「あー。うん。ポーズ取ってた」


「ぽーず?」


「ほら、せっかくドレス着てるからさ、なんというか、やりたくならない?」




 と言って、私はランウェイを歩くモデルのようにポーズを決めて見せる。






「ふむ……」






 アンジュも同じように歩いてはポーズを決める。


 彼女がニヤリと笑う。






「確かに、これは面白いな。私の美しさを堪能できる」


「そ、そうだね! アンジュ、超美しい!」


「ま、私だからね」




 アンジュはひとり、ポーズを決めて悦に入っている。


 さっきの私のように。




 やっぱり、アンジュもゲームのアンジュとは違う。


 ゲームのアンジュはあまり主張のないキャラだったはずだ(特定のルートは除くけど)。


 自分のこと美しいなんて間違っても言いはしないだろう。






 思い返してみても、アンジュはゲームのアンジュではあり得ないことばかりだ。


 ゲームのアンジュは冷静で控えめな、あまり感情を表さない性格だったけど、


 このアンジュは尊大でかなりの自信家。




 本来浄化魔法が使えなくて悩む役どころなのに、


 使えないと何が問題なのだ? とのたまってたし。




 イベントの時は比較的ゲームのとおりにセリフ回ししてる印象はあるけど。




 見た目は拝み倒したくなるほどの聖女様なのだが、口を開けばその印象は崩れ去る。


 しかし尊大な態度でもなんだか許されてしまうというか、妙なカリスマ性のある美少女なのであった。






 もしかして、このアンジュは今ゲームをしてるプレイヤーの人格が投影されてるんじゃないだろうか?


 それならアンジュの性格がおかしいのも納得がいく。




 じゃあなんでシルヴィたんは私なの?


 って感じだけれども。




 ついでに言えば、他のキャラクター攻略対象は特にゲームとの人格乖離は感じられなかった。




 鏡を見つめていたアンジュが鏡越しに私に目をやる。




「シルヴィ~、私はもう満足したぞ。


 衣を脱ぐのを手伝ってくれ」






 気になるのは、たまに古い言い回しをしたり、横文字が通じなかったりするところだ。


 一体どんなプレイヤーなんだか……。




「はいはい、手伝いますよっと」




 アンジュのドレスを脱がせていく。


 ん? そういえば、逆ハールート確定イベントの後って、


 アンジュとシルヴィが険悪になるんじゃなかったっけ?




 シルヴィたんがわたしに手伝えることはもうないわ、


 とか言って、部屋を出てくんだよね。


 どのタイミングで言えばいいんだろう?






 アンジュが首をコキコキさせながら伸びをする。


 下着姿でウロウロしないでほしいな……。




『ねえシルヴィ、これから私どうしたらいい?』




 アンジュが聞いてくる。


 あ、これはゲーム内の行動選択画面で、【シルヴィに聞く】を選択したときのアンジュのセリフだ。


 いつもなら、シルヴィが今のルートに必要なことを喋る訳だけど……。




『あなた、わたしの忠告を聞かなかったじゃない。


 わたしに手伝えることはもうないわ』




 おお、このタイミングか。


 口から勝手に言葉が出てくる。


 今までは無意識にゲームのセリフを喋っていたんだなぁと改めて気付かされた。


 あ、部屋、出ていったほうがいいかな?




「じゃあねアンジュ。わたし出ていくから」




 と言って、部屋を出ようとすると、アンジュが私の腕を掴む。




「何故出ていく?」


「いや、だって……」




 ゲームでは出ていくからさ、とは言えず、言葉を濁す。




「アンジュがいけないのよ」


「仕方あるまい。


 ……そういう流れになっているのだから」




 意味深に呟き、一度目を伏せたアンジュがすっと視線を合わせてくる。


 吸い込まれそうな深い蒼の瞳に、目が離せない。




「出ていかなくて良いだろう?」


「うん……。い、いやいや、だめだよ!」




 私は無理やりアンジュの腕を振り払って外に出た。




「待て、シルヴィ」




 アンジュが追いかけてくる。


 いやいや、ちょっと! あんた下着姿だってば!




 私は逆にアンジュを部屋に引っ張り戻す羽目になった……。






「あのねぇ、男子に見られたらどうするのよ!」


「何をだ?」




 ガックリと肩を落とし、アンジュに指を突きつける。




「あんたの下着姿なんて見たら、健全な男子生徒たちがムラムラするでしょうが!」


「? 私の下着姿と、男子生徒の村々になにか関連でもあるのか?」


「む、ムラムラ……違い……」




 この部屋は、アンジュの、というか聖女様のための少し特別な部屋(つまり豪華仕様)。


 女子寮はあるのだが、ここは女子寮ではなく管理棟内にあるので、


 そのあたりを男子生徒がうろついていることもザラにあるのだ。


 男子寮ほどウヨウヨはしてないけど。




 攻略対象も、この棟に住んでいる人が多い。


 クローヴィス殿下とかね。




 いくらセキュリティがしっかりしているとはいえ、


 部屋の外に下着姿で出ていって、


 変な気を起こす目撃者が出ないとも限らない。


 だから説教しているのだが……。のれんに腕押し、糠に釘……。




 私はため息をついて、アンジュの太ももをペチペチと叩く。




「あぐらかかないの。パンツ丸見えよ!」




 いや、まあ、下着姿だからあぐら以前に丸見えなのだが。 




「この体勢が楽なのだ」


「あんた、施設育ちなんでしょう?


 男みたいな座り方するなってシスターに怒られなかった?」


「うむ……どうだったかな。覚えておらぬ」




 アンジュはこともなげに言って、パジャマを着だした。




「ところで男子生徒の村々というのはどこにあるんだ?


 男子寮とは違うのか?」


「村々って、村じゃないの!


 ん~! つまり、あなたの下着姿で、変な気を起こすやつが出たらどうするのって言ったのよ!」


「変な木?」


「ちーがーうー!」




 アンジュが澄んだ瞳で私をじっと見つめる。やめろ。


 私は擦れた大人だったけど、シルヴィたんはピュアなんだからね!




「あーもう、そうだなぁ、


 いかがわしいことをしたくなる気持ちが沸き起こされるかもしれないってことよ」


「いかがわしいことってどんなことだ?」


「……」






 私は、アンジュを見やった。


 本当にわからないのか、不思議そうな顔をしていやがるぞ……。


 くそ、私に……シルヴィたんに説明させるつもりかっ!




「えーと……やらしい……エロい事だよ!」




 もはややけくそである。


 しかし、アンジュは憮然とした表情で、


 今度はどこか済まなそうに聞いてくるのであった。




「エロい……とは?」


「ええ……?」




 箱入り令嬢でもそれくらいわかりそうなものだけどな?


 横文字がだめなのか。




「性的興奮を引き起こすということです……」




 恥ずかしくて小声で言うが、アンジュは大きく頷く。


 しかし疑問は解消されないらしい。




「なるほど。性欲を満たしたくなるのだな、私の下着姿というのは。




 ……なんでだろうな?」




「ええ……?だってほら、ムラムラ……」


「……」




 振り出しに戻った。




「……。男は、女の下着姿に性的興奮を起こす可能性がありますので、むやみに見せてはいけません」


「うむ……なるほど。そういうことはあるかもしれんな。


 理解に努めよう」




 アンジュが頷き、やっとホッとする。


 たまに変に話が通じないんだよなぁ……。


 俗世に疎いってレベルかな? これ。








「さ、寝るぞ」




 アンジュがベッドに潜り込んで、明かりを消す。


 結局部屋に残ることになってしまった。




 大丈夫なのだろうか?


 まあ、ゲームのとおりに進まないことは、


 私にとってはある意味チャンスかもしれない。


 すうすう寝息を立てるアンジュを見つめ、改めて目標を確認する。




 逆ハールートの回避、もしくは断罪の回避である。




 バッドエンドは心配だけど、シルヴィたんのバッドエンド回避のためには誰かに犠牲になってもらうしかない気がする。


 万が一死にそうなら私が助けよう。


 もちろん、バッドエンドにならないことが一番なんだけどね。






 それにしてもだけど、ゲームでも同室だったのは知ってるけどゲーム内でも同じベッドで寝てたのか?


 シルヴィたんとアンジュって……。


 ま、いいか。


 アンジュの体温を感じつつ、目を閉じた。

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