第2話 ゲームの登場人物


 ああ、何がどうなったの。


 何が起きた?

 ううん、わかってるけど……。信じたくない。

 だって……。


 どうして、どうして今日? なんで今なの?


 今日をどれだけ楽しみにしていたか。


 人にとってはたいしたことじゃないだろうけど、

 私にとってはすごくすごく大事な時間を、ただ楽しみに待っていただけなのに。


 **********


 さて、アンジュが逆ハールートに入ってしまったからには、ルートを失敗してもらわねばならない。

 逆ハールートの最後の方にシルヴィ断罪イベントがあるのだ。もはやエンディングの一部感すらある。

 それを回避するためには、そこに到達するのを防ぐしかない。


 ということは、バッドエンドに持っていくほかあるまい。

 でもなぁ……バッドエンド、胸糞展開とか鬱展開も結構あって、心が痛むよなぁ。

 一応、親友だし。

 学園側の差し金でアドバイスしてるけど、なんだかんだアンジュのことは好きだ。

 その気持ちは私というかシルヴィの気持ちだと思う。


 私とシルヴィは、たぶん、同じ。

 前世の記憶を思い出して、自分が変わってしまったような気にもなったけど、

 単に忘れてたことを思い出しただけなのだ。


 思い出す前の昨日の出来事も、シルヴィとしての人生のこともよく覚えてるし、

 思い出したことで私が私でなくなったとはけして思わない。


 昨日の自分ならシルヴィたんとか言ってたらさすがにキモいと思うけど。

 今は、それも含めて私なのだ。

 私の過去も含めて、シルヴィたんのゲームでの人格とは違う気はするけどね。


 まあ、よくわからなくなってきたけど、見た目はシルヴィたんなだけで、私は私。

 でもなぜかゲームの世界にいて、シルヴィたんの役をやってる感じ? ちょっとややこしい。



 アンジュはどうなんだろう、と思い、踊るアンジュを見つめる。

 周りの人もみんな彼女に見とれている。


 アンジュは、スーパーヒロインなのだ。


 ゲームではここまでモテモテなイメージはなかったんだけど、この世界のアンジュは男女問わず大人気。毎日誰かしらに告白されるかラブレターをもらうか、プレゼントもらうかしてる。

 頭脳明晰、眉目秀麗、容姿端麗、成績優秀、文武両道、才色兼備……

 とにかく、思いつく限りのあらゆる美辞麗句がてんこ盛りに似合う女の子。

 そう、聖女でもあるしね。属性過多にも程がある。

 プラチナブロンドのロングヘアに、サファイアの瞳。真っ白な肌、整いすぎた美貌……。

 スタイルも抜群で、モデルのようにいつも颯爽としている。

 ボンキュッボンだし、男子生徒たちが鼻の下を伸ばすのも致し方ないだろう。


 そして、平民なのに、この学園に特待生として入れるほど魔法の力も優秀。

 おまけに運動能力も高くて、剣技が得意と言う聖女なのに超攻撃的な戦闘スタイル。

 それを見た女子生徒たちがファンクラブを作る気持ちはよくわかる。



 魔法学園は魔法が使えれば貴族なら誰でも入れるから、私みたいな落ちこぼれでもなんとか入れたけど、平民で特待生になるには相当すごくないとなれないらしいからね。

 私とは住む世界が違うのだ。


 まあ、同室で同グループですけど!



 そんな私こと、シルヴィたんは黒髪を2つのお下げにしたアメジスト色の瞳がきゃわゆい美少女だ。

 このおさげが立ち絵でぴょこぴょこ動くのがもう超かわいいの!

 今日はそれを下ろしていてまた可愛いんだけどね〜!

 ちょっと吊り気味の大きな瞳、小柄で守ってあげたくなるタイプだけど、性格は明るくハキハキしてて表情豊か。

 どちらかといえばツッコミタイプ。

 貧乏伯爵家の令嬢で、珍しい治癒魔法の使い手なんだよね。

 ……すごい使い手というわけではないし、それ以外はからっきしなんだけど。



 アンジュとは、言った通り同じ部屋で攻略対象共々同じグループ。ここまでの共通ルートでは、割と頻繁にアンジュに課題に連れ出されてた。


 あ、課題というのは、パラメータを上げることね。ゲームだと、対応するダンジョンに潜ると上がるんだけどこの世界でもそうみたいで、アンジュは満遍なく潜ってた。

 ゲームだとミニゲームやらされるんだけどね。

 パラメータは、体力、知力、精神力、魔力、カリスマの5種類で、それぞれ攻略対象に対応してるんだよ。ゲームでは、パラメータ上げると、その対象と仲良くなりやすくなるらしいけど。こっちでも同じシステムなのかは私にはわからない。


 アンジュに視線を戻す。


 アンジュ、まじで全員と踊るつもりかなぁ。体力あるなぁ……。

 文章で描写されるだけのゲームと違ってガチで踊ってるから、全員相手は私には無理だなぁ……。踊りっぱなしだもんね。

 攻略対象は、アンジュのそばをうろつきつつ、他の女子からのお誘いを断りまくっている!

 さすがは乙女ゲームの攻略対象。ハイスペックでイケメンで一途なのよね。



 アンジュが次の人と踊りだす。


 次の人は、ああ、ヴィクトルか。

 ヴィクトルは、魔法より剣が得意な赤髪短髪の熱血少年枠だ。

 個別ルートでは、剣だけじゃ勝てない魔族に手こずって自信を失うんだけど、ヒロインに励まされて剣に魔法をまとわせる魔法剣を取得して勝利するっていうストーリーなんだよね。

 あんまりベタ甘にならない爽やかカップルで、このルートのアンジュは割と女の子らしい感じになるんだよ。


 ちなみに最初に踊ってたのはクローヴィス殿下。

 金髪碧眼の超美形。今も女の子たちに囲まれている。

 まあ、わかるかもしれないけどこの国の王子様で、能力も平均以上に高い。でも、突出したものがないことに逆に悩んでて、その悩みをヒロインに下らない、そんな悩み国民は聞きたくない、もっと堂々としろって檄を飛ばされるんだよ。

 でもその後に、たまの愚痴くらいなら話聞くよって言われてあっけなく恋に落ちちゃうの。その後はぐいぐいアプローチして、ベストエンドは砂糖を吐けそうなくらいクソ激甘。


 他の攻略対象は、っと……。


 あ、あの影でアンジュを見つめてる気弱そうな男の子がマルクだ。

 見た目通り気弱な性格。ふわふわの髪の可愛い男の子タイプ。

 彼は防御特化で、防壁魔法はかなりのものなんだけど、それに気づかないで自分を卑下してばかりいる。

 それにヒロインがキレるんだけど、それでも一緒に出かけた下町で魔族と交戦して、ヒロインの下町友達を守り抜いて感謝されることで自信を取り戻すっていうのが話の流れ。

 このルートの時はアンジュの方が恋愛に積極的なんだよね〜。


 あ、俺は興味ないしみたいな顔しながらレイモンドがチラチラアンジュを見てるな……。

 レイモンドは攻撃魔法全般が得意な、体力がないインテリ系。銀髪眼鏡キャラ。

 彼は、アンジュの浄化魔法の目覚めのため仕組まれて同じグループにされてるって知っているんだよ。

 だから最初は学園に踊らされるのを嫌ってヒロインに近づかないようにしてるんだよね。

 でも、アンジュのほうが逆に彼に興味が湧いて、行動をともにするようになるの。

 そのうちに愛情が芽生えるっていう感じだったかな。

 意外と、手が早いのも彼のルートの特徴、だよね……。ムッツリめ。

 

 それで、にこやかに見守ってる黒髪の優しげな男性がリュカ先生。

 彼だけは教師なんだよね。うちのグループの担当教師なの。闇属性が得意なサポートタイプね。

 常に柔和な微笑みを絶やさないし、実際優しい先生なんだけど、実は魔族の血を引いているんだよ。

 それを知ってもなおそばにいることを選んだヒロインのために、聖女を忌避する魔族の血に抗おうとするストーリー。

 彼のバッドエンドはヤンデレ化するやつがあってね、ヤンデレ好きの友達のイチオシだったんだよね。



 そんな面々を侍らせる、逆ハーレムルート。


 逆ハールートはバッドエンドも多いからなぁ。

 下手すると死人出る……。

 さすがにこの選択肢選ぶとこのエンドっていうところを全部きっちり覚えてる訳じゃないし、選択肢選ぶの、アンジュ本人だもんな……。

 もしくは、ノーマルエンドにどうにか持っていけないかなぁ……。今からって無理だっけ?


 うーん……。

 あ、断罪されなければ追放にならずに済むんでは?

 断罪されるようなことをしなければ良いんだ!

 幸い、言葉はともかく行動はそれほど制限されてる感じはしないんだよね。


 さっきのルート確定イベント中、逆ハーなんてやめろとか、バッドエンドばっかりだよとか言おうかと思ったけど、言えなかった。

 なんだかやばいことが起こりそうな気になって……言葉が止まるのだ。


 でも、確かあのイベントの時、ゲームのシルヴィたんはフルーツジュースを飲んでたけど、今日私はワインを飲みながらチータラを食べている。

 セリフは変えられなくても、行動は変えられるはず。


 今だって、本来ならさっさと部屋に引っ込んでたはずだけど、私はまだここにいてワインをがぶ飲みしている。



 よし、その作戦で行こう。



 確か、断罪イベントで言及されてたシルヴィたんの嫌がらせは、足を引っ掛けてアンジュを転ばせたこと、泥水をかけたこと、アンジュの悪口を言ったこと、だったかな。


 それをしなければ、断罪を避けられる可能性は上がるはずだ。


 いや、今考えても、たかがそれくらいで娼館に送り込むなんて、マジ鬼だよね!


 可憐なシルヴィたんの可愛い嫌がらせじゃない。私だったら喜んで嫌がらせされるよ!



 シルヴィたん……。

 絶対に、私があなたを幸せにしてあげるからね!

 ま、私なんだけどさ!

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