乙女ゲームの最推しキャラ♀に転生したら、私が悪役令嬢になるルートをヒロインが突っ走ってきます
@eshoko
第1話 最推しに転生
パーティー仕様に飾り立てられたホール。
遠巻きにいくつかの視線を感じながら、私は目の前にいる彼女を見つめた。
『1人に絞ったほうがいいわ、アンジュ』
『…選べない』
『……もう1度聞くわ。1人にしておいたほうがいいと思うの。誰を選ぶの?』
『全員と踊る』
そう言って、アンジュを待つ5人の男性の元へ彼女は歩み去った。
止められない。やはりもう決まっていたのだ。
私は、彼女を見送るしかなかった。
そう、アンジュはこの先、全員を平等に選ぶ。
それがこのルートの肝なのだ。
私は知っている。
このルートの名前を。
このルートの名前は、通称、逆ハールート。
逆ハーレムを目指す欲張りな乙女のためのシビアなルートだ。
まさかあのアンジュがこれを狙ってたなんて…。
今この目に見ても信じがたいが、これが事実…。
私は優雅に踊りだすアンジュを眺めつつ、今朝蘇ったばかりの記憶から状況を整理する。
私は、シルヴィ。……の役。
この乙女ゲームのお助けキャラであり、ヒロインであるアンジュの親友という役どころだ。
ああ、この乙女ゲームは、[聖女の行進~浄化魔法に愛を込めて~]。
主人公のアンジュが、魔法学園に入り、5人のイケメンと恋愛をする乙女ゲームだ。
アンジュは平民なんだけど、聖女として認められ、この学園に特待生として入学した。
しかし、聖女なのに浄化魔法が使えない。
そのアンジュが、学園生活を通じて誰かしらと恋仲になって、浄化魔法に目覚めて、魔王を封印してハッピーエンドって言うのがだいたいのストーリー。
この世界は、たぶん間違いなくその乙女ゲームの世界。
時間は流れるけど、乙女ゲームのイベントに沿って出来事が起きていく。
たしかこのゲームはひと月が1ターンで、ターンごとにイベントがあって選択肢で好感度を上げたり、パラメータを上げたりできる。
入学から1年半、イベントで潰れる3ターンを除いて15ターンがパラメータアップに使える回数なわけなんだけど……。そのシステムはゲームの主人公アンジュじゃないからどうなっているかはわからない。
少なくとも私、シルヴィはターン制じゃなくて、1日24時間の時間軸で、ふつーに勉強と課題に追われて過ごしている。
アンジュも私と一緒に課題に同じように取り組んでたから、たぶん同じだとは思うんだけど……。
パラメータに関しても、現実世界と同じで数字で出てくるわけじゃない。
まあ、シルヴィはゲームでも落ちこぼれてる方だし、アンジュと違ってパラメータを上げなくても問題ないんだけど、アンジュが私ばかり誘うからそこそこに鍛えられた気がする。
そうそう、ゲームシステムはさっき言ったとおりなんだけど、このゲームはパラメータと、好感度、そして選択肢によって結果が変わるマルチエンディング。
まあ、乙女ゲームだから当たり前だよね。
プロローグから、共通ルートへ。そして共通ルートの結果でどのルートに入るかが決まる。
まあ普通は、それぞれ攻略対象の個別ルートに入っていく。
このゲームの特徴としては、エンディングがめっちゃ多いこと。
個別ルートでも、1人10つ位エンディングがある。細かい差異も含めればだけど。
1エンディングまで2~3時間だから、割とサクサクできるんだけど、狙ったエンドを出すには攻略サイトを見ないと結構難しい。
それで、それに輪をかけて難しいのが、この逆ハールート。
逆ハールートは、唯一つ。
失敗は許されない。
パラメータは満遍なく高い水準にあげなくてはいけないし、好感度も平均的に上げて、誰か1人でも高いと逆ハールートには行けない。
でも、共通ルートから逆ハールートに入ることができても、難しいのはここからだ。
逆ハールート、めっちゃシビア。
一つでも選択肢を間違えるとバッドエンド。
個別ルートにはバッドエンドがひとつもないくせに、このルートにはかなりの数バッドエンドが存在する。
あと最後に魔王を倒しに行くんだけど、それもパラメータが低いとバッドエンド。
1つも間違えられない綱渡りを超えて、漸く逆ハーエンドに到達できるのだ。
その、逆ハールートに入りましたよ、というのが冒頭のやり取り。
全員と踊る、というのは逆ハールートに行けるときしか出ない選択肢なのだ。
私は今朝、それを思い出した。
そして、記憶のとおりのこのイベントで、記憶に確信を持った。
この世界の元になったと思われるあのゲームの通りに進んでいることを。
そして、私はあくまでもシルヴィ"役"だと理解している。
なぜこんなにも詳しいのか、その理由は、私がこのゲームのプレイヤーだったからだ。
おそらく、前世でこのゲームをプレイしていた、のが私。
記憶が戻ったときは狂喜乱舞した。
だって私の最推し、シルヴィたんになってたんだよ!?
ああ、シルヴィたん、本当に可愛い……。
シルヴィたんについては1日語り尽くしても全く足りない。
正直、このゲームに関わること以外自分の名前すら思い出せないんだけど、前世の家にある必死で集めたシルヴィたんグッズのことは細部まで記憶してる。
特に、『抽選で1名様に当たる! シルヴィ原画セット』については家の近所の祠に一ヶ月通い詰めて掃除して供物を捧げお祈りして、当たったときは泣きながらお礼参りしたこともよく覚えている。
あの原画には、ゲームではバストアップ画像しか映らないシルヴィたんの夜会ドレス姿が脚先まで描いてあるんだよね! 見たときは感動のあまり泣いてしまったわ……。
で、今着てるドレスがまさにそれな訳で、私は喜びのあまり今朝ハラハラと涙をこぼし同室のアンジュにぎょっとされた。
ああ、もっと早く前世の記憶が甦れば、もっとシルヴィたんのゲーム外でのスチルを堪能できたのに。
自分だから、スルーしてたわ。
あ、そうそう。ゲームのオマケでスチルギャラリーを見ると、なぜかシルヴィたんがコメントしてくれるんだよね~。
それを見たいがために必死でスチル集めしたなぁ。
他のエンドを見てるとコメントが増えたりして、公式にも愛されてるシルヴィたん最高! マジ神! って友達に言ってドン引きされたっけか。その友達の顔も名前も思い出せないんだけど……ごめんよ友。
あー、さっき話したゲームのストーリー、実はこれにはウラがある。
浄化魔法は、愛を知ることで扱えるようになると知っている学園。
だから、聖女アンジュに恋愛をさせるために学園が手を回し、見目良く成績優秀な男子生徒を集める。
そして、アンジュの恋を応援する役目として私、シルヴィがサポートしているのだ。
これを知った私は半狂乱で喜んだ。
だって、知らなかったの。
シルヴィたんが、なんであんなに攻略対象のこと妙に詳しいんだろうって。
まあ、お助けキャラだからそんなもんかと思ってたらまさか公式設定としてこんな裏があったなんて!
シルヴィたんが、学園長から司令を受けてたなんてなぁ。
毎度指示書をもらってその情報をアンジュにアドバイスと称して教えていたのだ。
まあ、元々はもっと家柄がいいお嬢さんがたぶんその役目を担うはずだったと思う。
けどゲームのイベントと同じく入学前日に学園を見に来てたシルヴィとアンジュが出会って、何となく意気投合して、アンジュが不安だから一緒にいてほしいって言ったから、急遽シルヴィがお役目につくことになったのだ。
入学当時はゲームのことなんてさっぱり頭になかったからアレだけど、思い返してみればゲームの内容補完できるような出来事が色々あったなぁ。
まあ、ゲームのことを思い出したといっても、この先の流れが何となくわかる位で、ハッキリと思い出せることとそうではないことと分かれている。
この先の私の立ち振舞いをどうしていくか……。
そのときになれば思い出すかもしれないけど、あんまり悠長にできないんだよなぁ……。
そう。
逆ハールートには1つ、シルヴィたんである私にとってかなり重要な問題がある。
個別ルートには、いわゆる悪役令嬢というものはいない。
顔のまともに描かれないモブたちがちょいと出張るくらいである。
しかし、逆ハールートには居るのだ。
シルヴィたんと言う悪役令嬢が……!!
個別ルートでは、せっせと情報を提供して、ヒロインであるアンジュがうまく立ち回れるよう助言したりお助けキャラとして頑張っているシルヴィたん。
やれヴィクトル様は活発なタイプが好みよ、とか、マルク様は実はうさぎ好きなの、とか、リュカ先生はドジっ子が気になるらしいわとか、レイモンド様があなたのこと気にしてたわよとか、クローヴィス殿下はいつも屋上にいるわとか。
でも、逆ハールートでは、むやみに男性陣を侍らすなと注意する良識あるシルヴィたんが悪役としてヒロインアンジュに立ちふさがる。
結構、ケチ臭い嫌がらせしたり、やることは微妙だけど。
でもそこもかわいいの! 誰がなんと言おうと!
で、最終的に断罪されて、学園追放になる。
ヒロインアンジュが逆ハーエンドを迎える頃、シルヴィたんはたった一行だけ、娼館で働かされてる描写が出るだけ。
酷すぎるよ!
あんな可愛いシルヴィたんが娼館行きだなんて……。なんとしてもそこは阻止したい。
いや、シルヴィたん云々じゃなくても、私のことだからね。
すでにルートには入ってしまった。これは間違いないし覆らない。
私は、逆ハーエンドを何としても阻止するべく、考えを巡らせた。
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