戦いの果てに

 クリードはもう戦えない。

 ラスピルは、震える手でクリードのナイフを掴む。


「や、やめて……」

「に、逃げろ……早く」


 それを止める力も、クリードには残されていなかった。

 ゼオンは、ニマニマしながらナイフをクルクル回す。

 そして、ゲラゲラと笑いだした。


「ぎゃっはっは!! なんだアサシン、護衛対象に守られてんのかよ!? いやぁ傑作だぜ。よーし決めた。まずテメェの前でこの第二王女ラミエルを───ヲヲヲヲヲヲヲヲ?」


 ごとり。

 ゼオンの首が落ちた。

 ゼオンの背後に、剣を持ったレオンハルトとルーシアがいた。

 二人は、ほぼ同時に剣を振り、ゼオンの首と両腕を切り落としたのだ。


「隙だらけね」

「ったく、油断しすぎだ。なんだったんだ、コイツ?」

「───………あは」


 ゼオンは、狂気の笑みを貼りつけたまま死亡した。

 最後の最後まで、アサシンをアサシンと思わず、ただの遊び相手と思っていた。だからこそ油断。だからこそ、暗殺しやすい男だった。

 クリードは、最後の鎮痛剤を飲み、立ち上がる。


「……最後の仕事だ」

「…………」


 第一王女リステルだ。

 ナイフをラスピルから奪い、リステルの元へ。

 すると、現れたラミエルが止めた。


「待って」

「…………」

「依頼主は私。命令に従いなさい」

「…………」


 クリードは、ナイフを下ろす。

 そして、ラミエルがラスピルに言う。


「ラスピル。第一王女リステルは、何度もあなたの暗殺を試みた。王女暗殺未遂は立派な犯罪。このまま処刑するか、能力を封じて一生幽閉することもできる。あなたが決めなさい」

「…………」


 ラスピルは、リステルを見た。

 ルーシアが止血し、転がっていた両腕を丁寧に布で巻いている。

 そして、ラスピルは……リステルを抱きしめた。


「なっ……」

「お姉様……もう、こんなことはやめましょう」

「な、にを……」

「私。お姉様が女王に相応しいとか思いません。自分にも他人にも厳しいお姉さまは……きっと、誰にも寄り添えない。孤独な女王になる。だから……お姉さまは、その厳しさを持って、この国の将軍になってほしい。私、ずっと考えてました」

「…………」

「私、女王になります。ラミエルお姉さまが宰相として、リステルお姉さまは将軍として。そして私は女王として……三姉妹で、この国を支えたい」

「……まさか、三姉妹とはね」


 ラミエルは、頭を押さえた。

 こうなるとは、思ってもいなかったようだ。


「お姉さま。私には、お姉さまが必要です」

「…………」

「お願いします。お姉さま……まだ未熟な私を、遠慮なく叱り飛ばしてください。でも、叱られた分だけ私も頑張ります。今日よりも、明日よりも、この国のために成長しますから」

「…………っく」


 そして、リステルから全ての力が抜け……ラスピルにもたれかかるように気を失った。


 ◇◇◇◇◇◇


「終わったか……」


 と───いきなり別の声が聞こえた。

 まるで、初めからそこにいたかのように、学園長デミウルゴスが立っていた。

 クリードもレオンハルトとルーシアも、全く気付かなかった。


「そう身構えなくてもよい。この戦い……閃光騎士団の敗北だ」

「せ、閃光騎士団って……」


 ラミエルが後ずさる。

 デミウルゴスは、ルーシアが持っていたリステルの両腕を見る。


「閃光騎士団の医療技術なら接合できるだろう……貸したまえ」

「…………」


 ルーシアは、言われた通り渡す。

 そして、気絶したリステルを軽々と抱えた。

 クリードは、デミウルゴスに言う。


「待て。お前は……」

「…………大きくなった」

「え……」

「私は、閃光騎士団の指導者【王冠】だ。アサシン、もうお前たちと争う理由はない。帰って【創造主】に伝えよ……『古き時代は終わりだ。貴様の提案した和解案、前向きに検討する』と」

「「「!?」」」


 和解案。

 ずっと争いを続けてきたアサシンと騎士団が、和解。

 クリードたちアサシンは、驚きを隠せなかった。

 デミウルゴスは、もう一度クリードを見た。


「……強かったぞ、アサシン。本当に……」

「…………?」


 そして、デミウルゴスは立ち去った。

 その後姿を見送り……クリードは、気を失った。


 ◇◇◇◇◇◇

 

 クリードが目を覚ますと、そこはペシュメルガ男爵家だった。

 

「ここは……」

「お姉さまが秘密裏に運んだの。学園には手をまわしてるって」

「……なぜ、お前が」


 ベッドの傍に、ラスピルがいた。

 手が赤くなっていることから、何度もクリードのタオルを交換したのだろう。

 ラスピルは、これまでのことを話す。

 クリードは、七日ほど寝ていたようだ。その間、リステルも騎士団の医療施設で入院しているようだ。

 

「…………そうか」

「うん。もう、閃光騎士団の介入はなさそうだってルーシアが言ってた。『創造主?』って人に連絡したら、『もう安全だ』って……私、狙われてたの気付かなかったよ」

「…………」


 クリードは身体を起こす。

 

「あ、まだ動いちゃ……」

「もう、任務は終わりだ。あとは『親友』と『英雄』に任せて、俺は帰還する」

「え……」

「世話になった。それと……いろいろ、悪かったな」

「そ、そんなことないよ……あの、もう帰っちゃうの?」

「ああ。事後処理が済んだらな。学園を退学して、組織に戻る」

「……アサシン、だよね」

「そうだ」


 まずは寮に戻って荷造り。学園に退学届けを出すのは保護者役に任せ、自分は世話になった級友たちに挨拶をする。あくまで自然に、痕跡を残さないように。

 そう考えていると、ラスピルが言う。


「あの……また、会える?」

「…………」


 クリードは、答えなかった。

 現状を知るために、『執事』や『貴族』に話を聞く。

 そのために、部屋を出ようとした。

 すると、ラスピルが言う。


「あの!!───……守ってくれて、ありがとう」

「…………」


 クリードは、ラスピルの顔を見て……優しく微笑んだ。


「仕事だからな」


 そう呟き、クリードは部屋を出た。

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