血濡れのアサシン

 最初から、勝ち目なんてなかった。

 クリードは、巨大な槌を軽々と振り回すリステル相手に、劣勢を強いられていた。

 そもそも、真正面からの戦いなんて、クリードのスタイルではない。

 レオンハルトのような、戦闘系アサシンならともかく……暗殺に特化したクリードでは勝ち目がない。

 それでも、引けない理由はあった。


「ぬぅぅぅぅぅぅんッ!!」

「───ッ!!」


 巨大な槌が地面に叩き付けられ、地割れが起こる。

 それだけじゃない。砕けた地面が意志を持ったように、クリードに襲い掛かったのだ。


「なっ───っぐ、っが」


 能力───そう感じた瞬間、クリードは地面に叩き付けられる。

 コートが裂け、血が出た。

 だが、クリードは奥歯に仕込んでいた鎮痛剤を噛み、痛みを抑える。

 立ち上がり、リステルに向けて走り出す。

 手には投擲用ナイフ。


「甘い」

「───……ッ」


 そうリステルが呟いた。だが、クリードはナイフを投げる。

 クリードはナイフの『影』に自身の『影』を付け、軌道を操作する。

 投げた本数は十本。全て急所狙い。

 だが───……リステルは巨大槌を軽く振り回して風を起こすと、ナイフは軽々と吹き飛ばされた。

 『影』が、槌を振り回しただけで払われた。

 

「小細工をする能力か……くだらん」

「…………」

「さて、このまま始末してもいいが……その前に、貴様の正体を見せてもらう!!」

「ッ!!」


 リステルは槌を振り、風を起こす。

 クリードはフードを押さえた。だが、この一瞬───リステルは一気に距離を詰め、クリードの顔を思いきり殴り飛ばした。


「ッがぁはっ!?」


 クリードは地面を転がる……そして、フードが脱げた。


 ◇◇◇◇◇◇


 リステルとクリードの戦いを、すぐ近くで見ている者がいた。

 生徒会用の、演習場観戦席に、似ていない姉妹がいた。

 

「あ、あ……」

「しっかり見ておきなさい。あれが……私たちの姉。そして、アサシンよ」


 第二王女ラミエル、そして……第三王女ラスピルだ。

 深夜。いきなりラミエルがラスピルの元へ。

 連れ出されたのが、ここ……修練場だった。

 そして、黒いコートにフードを被った人物が、リステルと戦っていたのである。

 ラミエルは、ラスピルに言う。


「ごめんなさい……どうしても、あなたに見せておきたかったの」

「え……」

「あれは、私が依頼したアサシン。リステル姉さんを暗殺するためにね」

「あ、暗殺……?」

「ラスピル。私はあなたをこの国の女王にしたい。だから、ちゃんと話しておく」


 そして、ラスピルは聞いた。

 閃光騎士団、アサシン。

 リステルが閃光騎士団の一員で、この国の女王になろうとしていたこと。そのために、何度もラスピルを暗殺しようとして、それら全てをアサシンが防いでいたことを。

 そして今。ラスピルを守るために、一人のアサシンがリステルと戦っている。


「そ、そんな……じゃあ、あの人は、私を……守るために?」

「違う」


 ふと、声が聞こえてきた。

 振り返ると、そこには二人。

 フードを被った人物が、ラスピルたちを守るように立っていた。まるで、初めからそこにいたような。

 二人は、フードを外す。


「え……る、ルーシア?」

「やっほー♪」

「れ、レオンハルトくん?」

「やぁ。こんな遅くに外出とはね」


 レオンハルトとルーシアは、いつのもように笑っていた。

 だが、今の話を聞いたラスピルには違和感しかない。

 

「ホントはルール違反だけどね。でも、あいつも頑張ってるし……」

「ああ。ったく、エージェントコード04『死』が、あんなに暑苦しいとはね」

「え……?」


 そして、視線を舞台に戻すと……リステルが、フードの人物を殴り飛ばした。

 フードが外れ、顔が見える。


「───うそ」


 それは、つい数時間前に別れた少年。クリードだった。

 ラスピルは、振り返ると……観戦席を出て走り出した。

 

 ◇◇◇◇◇◇


 血濡れのクリードは、自身の状態を確認する。

 数か所の骨折。出血多量。痛みは鎮痛剤で誤魔化している……だが、もう長くはもたない。

 自力が違った。

 第一王女リステルは、間違いなく騎士団最強だ。


「…………」

「諦めるか? というか、誰だ貴様?」

「…………はっ」


 どうやら、リステルはクリードの顔を知らないようだ。

 目立たない学生を演じることができたようだ。

 クリードは、だらりと腕を下ろす……もう、残された力は殆どない。


「圧死。これが貴様の結末だ、アサシン」

「…………」


 がくりと、クリードは膝をつく。

 巨大な槌が、クリードの頭上に。

 そのまま振り下ろせば、間違いなく死ぬ。

 能力も通じない。

 

「死ね。そして……地獄で後悔するんだな。この閃光騎士団最強の【勝利ネツァク】は、いつ、如何なる時も【勝利】をもたらす存在だとな!!」


 槌が振り下ろされる。

 

「……………………『絶影ぜつえい』」


 ここでクリードは───『切り札ジョーカー』を切った。

 クリードの『影』が凝縮され形を変える。

 全ての影をたった一本の『鎌』に変える。すると、影に影響を受けクリードの身体がゴキゴキと変形する。全身骨折寸前の状態だ。

 だが、痛みはない───これが、最後の技。


「───なっ」


 ズパン!!───と、リステルの両腕が肘から切断された。

 腕が付いたままの槌が、地面に転がる。


「ぐ、お、ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーッ!?」


 リステルは両腕を失い蹲る。

 クリードは、最後の力を振り絞り立ち上がり、右手のブレードを展開。

 

「これ、で……任務は、完了、だ」

「……ッ!!」


 狙いは、リステルの首。

 ここを斬れば、終わる。


「───待って!! やめて、お願い!!」

「…………」


 なぜか、ラスピルが飛び込んで来た。

 クリードとリステルの間に割り込んだ。

 

「お願い……クリードくん、やめて」

「…………」

「駄目だよ、こんなの。こんなの───」

「───どけ!!」

「ひっ」


 クリードは、ラスピルを突き飛ばした。

 そして───腰からナイフを抜くが……遅かった。


「ギャァァァァーーーーーッッハッハッハァァァ!!」

「ッ!!」


 突如、上空から現れた【峻巌】のゼオンが、クリードの胸にナイフを突き立てたのだ。

 クリードは血を吐く。だが、ブレードを展開しゼオンの腹を突き刺した。


「いっでぇ!? ああもう、なんだよなんだよ? オレ抜きでたのしいことおっぱじめやがってぇ!! オレも混ぜろよぉ~」

「っが……」

「く、クリードくん!?」

「に、逃げろ……」


 クリードは、ラスピルをかばう。

 ゼオンは、ニヤニヤしながらナイフをクリードへ。


「なんだ、そんな顔してたのかよ。アサシン」

「…………」

「まぁいい。さ、楽しもうぜ? クソやかましい【勝利】はもうクソ同然だしなぁ。邪魔はいねぇ」

「…………」


 ナイフを向けたゼオンが、クリードに迫ってきた。

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