学園祭の影
アサシンとなったクリードは、学園の屋根を音もなく移動していた。
非常に厄介だった。
夜間ならともかく、今は日中。しかも学園祭の真っ最中……生徒だけでなく、生徒の家族や住人、他国からも大勢の人間が学園祭を満喫している。
唯一の救いは、今日だけは制服ではなく私服でも大丈夫というところだ。
学園祭を屋根から眺めると、仮装している生徒や私服の生徒が多い。いや、羽目を外そうとしているのか、仮装している生徒のが多かった。
最悪の場合、クリードが目撃されても『仮装していた』で誤魔化せる。だが、アサシンとして活動する以上、見られるつもりは毛頭ない。
クリードは、第三王女ラスピルの元へ向かいつつ、学園内を───。
「…………───ッ!? ば、馬鹿な!?」
クリードは、出店で串焼きを買う男を見て驚愕した。
それは、何度も死闘を繰り広げている閃光騎士団の十傑、ゼオンだった。
ゼオンは、串焼きをガフッと噛み千切り咀嚼する……まるで、獲物を食い散らかすハイエナのように見えた。
「『十傑』……クソ、どうしてもアサシンを足止めしたいようだな」
アサシンならきっと、あのゼオンを見つけると踏んだのだろう。
ゼオンがいるとなれば、アサシンは放っておかないと考えたのだろう。
現に、クリードは動けない。ゼオンを見つけた以上、第三王女ラスピルに危害が加わる可能性を感じてしまったのだ。
「どうする……」
ゼオンの対処か、ラスピルの護衛か。
ゼオンがいきなり暴れ出す可能性も少なくない。なぜなら、あのゼオンだから。奴は頭がイカレている……放っておけば、学園祭は荒らされる。
ゼオンに対処すれば、クリードは動けない。ルーシアもいない以上、動けるのはレオンハルトのみ。だが、レオンハルトは劇の主役だ。どこにいるかわからない閃光騎士団を相手にするのは難しい。最後の手段として、アサシンということをラスピルだけに暴露して守る……そういう考えもなくはない。
だが、それは避けたい。あのラスピルだ。黙って守られるだけでは。
「……………………」
クリードは考える。
学園祭か、ラスピルか。大事なのは。
「…………ッチ」
クリードは、見た。
ゼオンとすれ違うセレーネ。一人で、どこかウキウキしている。
約束。
それは、クリードに出された依頼のようなもの。
果たさねばならない。
「…………任務、開始」
◇◇◇◇◇◇
第一クラスの劇。午前の部終盤……ラスピルのソロシーンが始まった。
舞台裏では、ハプニングに見舞われていた。
「早く、早く繕って!」
「待ってて、裁縫キット!」
レオンハルトの衣装が破れてしまったのだ。
レオンハルトは衣装を脱ぎ、シャツ一枚でその様子を見守る。
舞台袖では、ラスピルが一人で演技をしている。できれば視界に収まる場所で見たいが、衣装係の女子がそれを許さない。
「…………まずいな」
「大丈夫。すぐに終わるから」
「あ、ああ」
そうではない。
ラスピルが、無防備に演技をしているのだ。
クリードがいない。ルーシアは外に行ってしまった。
クリードがいないのは、ラスピルの傍にいるからなのか。
「早く頼む。急いで」
「うん!」
レオンハルトにできるのは、急かすことだけ。
◇◇◇◇◇◇
教室の観客席最後列に、【
片方は教師、もう片方は生徒だ。だが、薄暗い観客席では男女の区別もつきにくいし、今はラスピルの演技に観客が魅了されている。
ペイズリーは、聞こえるか聞こえないかくらいの声でロレンスに言った。
「首尾は」
「大丈夫。アサシンは外にいるゼオンを見つけたはず。あいつ、独特の雰囲気あるし、常に周囲を警戒しているアサシンが気付かないはずがない。その隙に、こっちを終わらせる」
ロレンスは、目を細める。
そして、口の中から極細の『糸』を吐きだす。
ペイズリーは、人差し指をピクピク動かした。すると、ロレンスの糸がふわりと浮き上がる。
『蜘蛛糸』と『念動』のスキルだ。あまり暗殺にはむかない能力で、対人戦でこそ真価を発揮する。
狙いは、ラスピルの頭上にあるシャンデリア。
小道具係が苦労して作ったハリボテだ。だが、『装飾』スキルを持つ生徒が加工し、本物のような質感、そして『重量』をもつ。
あれが落下し、頭に命中すれば……頭蓋は砕け、脳が飛び散るだろう。
「………シシシ」
ロレンスは口を歪める。
ロレンスの『蜘蛛糸』は、絡みつけば四肢くらい容易く切断できる。本来は罠のように設置して効力を発揮する。だが、ペイズリーの『念動』と組み合わせれば、シャンデリアまで浮かせて絡みつかせ、シャンデリアの根元を切断するなど容易い。
ペイズリーの『念動』も、本来は人間に使用して身体を硬直させたりする技だ。
周囲にアサシンの気配はない。
「騎士団に栄光を」
「栄光を」
ロレンスとペイズリーが勝利を確信した。
「っっおふ」
「っぷ」
ぶちゅり……と、えずいた。
そして気付いた。
胸から、刃が生えていた。
そして、口元に『影』が絡みつく。
「───!?」「───!?」
胸に生えた刃が抜けると同時に、血がこぼれないようにするため『影』で傷が覆われる。
そして、ようやく背後に気配がした。
「───ぁ」
「残念だったな。お前たちが放った【峻厳】は……出店を満喫してる」
「───……」
ペイズリーが事切れた。
ロレンスは、血走った眼でクリードを睨む。
「覚えておけ。隠密、暗殺で俺に勝とうだなんておこがましいんだよ。騎士団らしく真正面から戦えないから仕方ないだろうけどな」
「───……」
ロレンスが事切れた。
クリードは、「影」を操作して二人を立たせ、そのまま教室から出た。
そして、近くにあった【資材入れ】のワゴンに二人を乗せ、クリードはフードを脱いで素顔を晒す。そのままワゴンを運び、堂々と外へ出た。
そのまま、ゴミ捨て場にワゴンを運び込み、『執事』と部下数名が死体を運び出した。
「任務完了」
クリードは、何食わぬ顔で教室へと戻り、ラスピルの護衛をつづけた。
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