セレーネ

「再試合を申し込みます」

「断る」


 もう、何度繰り返したのか。

 クリード、ラスピルの買い出しに付いてきたセレーネは、何が何でもクリードと再試合したいようだ。ラスピルはクリードとセレーネの顔を交互に見ては苦笑している。

 話題を変えようと、ラスピルは言った。


「あ、あのさ。セレーネさんのクラスはどんな出し物を?」

「うちのクラスは『休憩室』ですわ。お茶とお菓子を準備して、校内を見回って疲れたお客様がお休みになられる場所を提供しますの」

「…………」


 クリードは羨ましかった。

 休憩所なら、特にやることもない。好きなだけ動けるのに。

 だが、今のクリードは小道具係。


「そんなことより! クリード・ペシュメルガ。あなたに再戦を」

「……はぁ」

「まぁまぁ、クリードくん。受けてあげたら?」

「…………」


 ラスピルの眼でわかった。

 どうも、『わざと負けた』部分に引っかかっている。

 あまり、ラスピルの前で目立ちたくなかった。だが、ここまで頑なに拒否を続けると、かえって怪しまれる可能性がある。

 クリードは、もう一度だけため息を吐いた。


「……わかった。買い出しが終わったら相手してやる」

「よし!! では、さっさと終わらせますわよ!!」

「あ、手伝ってくれるんだ。ありがとー!」


 クリード、ラスピル、セレーネの三人は、買い出しをつづけた。


 ◇◇◇◇◇◇


 買い出しが終わり、クリードとセレーネとラスピルは修練場へ。

 学園祭の間、修練場は閉鎖される。

 ラスピルが少しだけ権力行使(第三王女としての立場)して、特別に使用できた。

 クリードとセレーネは向かい合う。


「一本勝負。ですわ」

「わかった」


 セレーネは木剣、クリードは木製ナイフを構える。

 正規の試合ではないため、怪我をしても優秀な『治癒』スキルを持つ能力者に治療してもらえない。

 そして、審判役のラスピルが前へ。どうもウキウキしていた。


「スキルの使用はあり。でも、大怪我させちゃダメね?」

「ええ」

「了解」


 互いに武器を構える。

 そして、ラスピルが腕を上げ───……振り下ろした。


「始め!」

「先手必勝!!」


 バチバチと、セレーネの剣が紫電を帯びる。

 セレーネの能力は『帯電』で、物質に雷を帯びさせることができる。だが、木剣では耐えきれないのか、黒くブスブスと燃えていく。

 一撃に全てを賭けるようだ。


「───……」


 だが、クリードにとっては想定内。

 そもそも、学園の全生徒の個人情報は頭に叩き込んである。能力はもちろん、スリーサイズから病歴、好きな食べ物や家族構成もだ。

 セレーネのデータももちろん頭にあった。

 重度の負けず嫌いで、たとえ勝利しても自身が納得できなければとことんやる……敵に回すと非常に面倒くさい性格だ。

 だから、今度は上手く立ち回る。


「───ッ!」

「えっ!?」


 クリードは、セレーネの剣をしゃがんで躱す。横薙ぎに払われた木剣が空を切る。

 そして、ナイフを突くようにセレーネの腹へ向けた。


「───っっがぁ!! 負けるかぁぁぁぁーーーっ!!」


 だが───セレーネは左手で突きを掴んだ。

 木製ナイフだからこそできる技だ。クリードの動きが止まり、セレーネの木剣が軌道を変え、クリードの頭上に振り下ろされる。

 クリードは、頭を振って躱し───セレーネの剣が肩を叩く。

 叩かれた瞬間、木剣は砕け散った。

 


「っっ……!?」


 木剣のダメージはない。だが、『帯電』の影響は受けたのか痺れてしゃがみ込んだ。

 セレーネは、肩で息をしている。

 そして、クリードは片手を上げて言った。


「俺の負けだ」

「…………」


 セレーネは、クリードを見下ろしていた。

 目をじっと見て、歯を食いしばる。


「いえ……私の負けですわ」

「……なに?」

「実戦でしたら、あなたのナイフは私のお腹を裂いていた。内臓が零れ落ち、戦闘を続行するのは不可能……木製ナイフとわかっていたから、私は素手で止められた」

「……命が懸かっていれば、鉄製だろうと摑んだはずだ」

「いえ、私にそこまでの覚悟はありませんわ……なので、私の負けです」


 すると、唖然としていたラスピルが二人の間に。


「え、えっと……すごかったよ、二人とも。納得できないようならさ、引き分けってのはどう?」

「「…………」」

「駄目、かな?」

「それでいい。それと、終わったなら俺は帰る」

「お待ちを」


 セレーネがクリードを引き留める。

 そして、なぜかそっぽ向き、モジモジしながら言った。


「クリード・ペシュメルガ……その、また勝負してくださいな」

「…………」

「それと。勝負を受けてくれたお礼がしたいのです。学園祭……私に付き合って下さらない?」

「ことわ「じゃあ、三人で! いいかな?」……おい」

「か、構いませんわ……むぅ」


 セレーネは、少しだけムッとしていた。

 姿勢を正し、改めて言う。


「それでは、ラスピル様。クリード・ペシュメルガ。ごきげんよう」

「ごきげんよう」

「…………」


 セレーネは去って行った。

 そして、ラスピルはクリードに言う。


「じゃあ、当日は三人で遊ぼっか!」

「…………劇がある」

「休憩時間くらいあるよ。ふふ、楽しみだね」

「…………」


 どうやら、拒否権はなさそうだった。

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