学園祭準備

 学園祭の準備が、本格的に始まった。

 クリードたちのクラスは舞台劇を行う。準備物は多い。

 役者の衣装、小道具は小道具係の仕事。役者は劇のセリフを覚えたり、振りつけなどを頭に叩き込む必要がある。

 クリードは小道具係。

 さっそく、クラスメイトに雑用を命じられた……未だに、ラスピルにカレーをぶっかけたことを根に持たれている。

 一人で買い出しはかなり大変だ。荷物を全て一人で運ばなければならないし、多くの店を回る必要がある。だが……アサシンとして鍛えられているクリードにとって、荷物運びなど苦にならない。それどころか、筋トレにすらならなかった。

 クリードは、買い物メモを見ながら町を歩く。


「まずは……釘、色付きテープ、花飾りか」


 雑貨屋は近い。国中の商店の位置は頭に入っている。

 買い物リストを眺め、効率的な経路を頭に浮かべる。護衛という立場から、あまり長く学園を離れるわけにはいかない。

 さりげなく早歩きで最初の雑貨屋へ向かうと……背後から声をかけられた。


「おーい! おーい!」

「……!」


 その声は……第三王女ラスピルだった。

 まさか、なぜこんなところに。

 クリードは周囲を確認。すると、近くの民家の屋根にルーシアがいた。クリードに向けて申し訳なさそうに頭を下げる。

 クリードは、自然に声をかけた。


「ラスピルさん……どうかしたの?」

「ふぅー! えっと……買い出しだよね? 私も付き合うよ!」

「……ラスピルさんは役者でしょ? セリフとか覚えないと」

「あ、もう覚えたから大丈夫! けっこう簡単なセリフばかりだしね」


 そんなはずはない。

 準主役といえるヒロインのセリフが少ないはずはない。というか、台本を渡されたのはほんの数時間前だ。嘘をついている様子はない。

 ラミエルは『自分を超える頭脳』と言っていた。まさに、その通りだった。

 クリードは、仕方なく了承……二人は並んで歩きだした。


「で、何買うの?」

「……これ」


 買い出しメモを見せる。

 ラスピルは、「ふむふむ」と唸っていた。

 そして、ぴーんと指を立てる。


「釘だったら、ライムさんの工務店が安いよ。この道をまっすぐ歩いてるってことは、ピンハウズ雑貨店へ向かってるんでしょ? だったら、ライムさんの工務店で釘を買って、そのまま三軒隣のボンズさんの雑貨屋で残りのを買おうよ!」

「…………」


 なんとなく、拒否してはいけない気がした。

 クリードは頷き、ラスピルと歩きだす。


「ふふ、なんだか初めて会った日を思い出すね」

「……そうだな」

「あ、串焼き! ねぇねぇ、今度は私が奢ってあげる!」

「いや、買い出し中だし……」

「じゃあ、お買い物してからね!」

「…………」


 ラスピルは、元気いっぱいだった。

 クリードと目が合うと、恥ずかしそうに言う。


「えっと……あはは。その、こうやってお買い物するの久しぶりで。いつも学園の購買で済ませてたから」

「へぇ……」

「それにしても、こうやって話すの久しぶりだね」

「ああ……まぁ、俺はラスピルさんに話しかけない方がいいみたいだし」

「あ、それってカレーのことでしょ」

「…………」

「あのさ、もしかしてだけど……何か理由があったんでしょ? 例えば、毒……」

「…………」


 クリードは、ラスピルが馬鹿ではないと知っていた。それに……勘がいい。

 当然だが、表情には出さない。


「あれは、本当に悪かった。わざとぶつかったわけじゃないんだ」

「ん、そうだね。でもさ、きみがあんな目立つようなことする理由がわからないんだよね……ねぇ、もしかして毒だった? 私、いちおう王族だし……お母様は『常に命を狙われている自覚をしろ』って言ってたから、なんか気になっちゃって」

「…………」


 ラスピルの評価を改めねば。クリードはそう考えた。

 さて、どういう切り返しをするか。

 そんな風に考えていた時だった。


「見つけましたわ!!」


 いきなり、クリードとラスピルの前に女生徒が現れた。

 女生徒は、クリードを指さして言う。


「クリード・ペシュメルガ!! ようやく見つけました!! あなたに言いたいことがあって探しましたの。少しお時間よろしいかしら!?」

「…………買い物中だ」

「え? あの、誰?」


 クリードは、見覚えがあった。

 それはそうだ。カーニバルの初戦、クリードは彼女と戦った。

 女生徒は、ラスピルに向かって頭を下げる。


「ごきげんよう。第三王女ラスピル様。私はセレーネ・マックベス・ランドヘイブン。ランドヘイブン侯爵家の次女です」


 セレーネ。

 クリードがわざと・・・敗北した、カーニバル初戦の相手だった。

 セレーネは、クリードに指を突き付ける。


「クリード・ペシュメルガ……あなた、カーニバルでどうしてわざと負けたのかしら!!」

「…………」

「え、どういう……?」


 クリードは、頭を押さえたくなった。

 ラスピルのいる前で、余計なことを叫ぶセレーネ。ある意味、『十傑』より厄介な相手だった。

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