死合、開始

 ゼオンとの戦いが始まった。

 ナイフ攻撃はすでに見切っているクリードは、ゼオンの攻撃を難なくかわす。

 さっさと始末して刺客を追わなければ。そう考えていた。


「はっ!! 【理解ビナー】が気になるみてぇだなぁ!?」

「───ッ」

「オレも以前とは違うぜ。例えば……こんなのはどうよっ!!」

「!?」


 ゼオンは、控室内にあった予備の武器である剣をコピーし、クリードに投げつける。

 クリードは躱す。だが、予想外の攻撃に驚く。


「チッ……」

「へへ。見ろよ……この控室、武器が豊富にあるぜ。オレの『模倣コピー』でいくらでも作れるってわけだ」


 ゼオンの手に、手斧と短槍が握られる。

 ゼオンは、半径三メートル以内にある物をコピー可能な『スキル』を持っている。正確に言えば、物でなくてもいい。血や皮膚、細胞……そして、命すらコピー可能だ。

 煮詰めれば、恐ろしい能力だ。

 今は、武器をコピーするくらい。もし、人間そのものをコピーできるとしたら。


「あぁん!? なんだアサシン、楽しもうぜぇ?」

「…………」


 クリードは、チラリと窓を見る。

 そして、ゼオンの攻撃をかわしながら集中───……外の声が聞こえてきた。


『さぁ始まります。優勝候補の一角にして、このジェノバ王国の第三王女ラスピル様!! おおっと、ここは贔屓なしということで呼び捨てさせてもらいます!! 第一学年のラスピル選手の登場だぁ!!』


 ラスピルの出番───クリードは、歯ぎしりをする。

 そして、クリードの考え、ラミエルの考えは正しかった。

 

『そして、ラスピル選手の相手はぁ~~~っ!! エキストラ選手である生徒会役員!! その名もオルバだぁ!! 三年生が一年生のトーナメントに出場とは何事だぁ!?』


 オルバ。

 野外演習の時にもいた。

 フローレンスと同じ生徒会役員。

 そう、気付くべきだった。生徒会長リステルが【勝利】、そして同じ生徒会のフローレンスが【慈悲】だ。生徒会に二人も『十傑』がいたのだ。

 残りの生徒会役員も、十傑の可能性がある。


『オルバ選手。巨大で長い槍を装備しています。さぁて、ラスピル選手はこの槍をどうにかしないと攻撃すらできないぞ? 果たして策はあるのかぁ!?』


 槍はブラフ。本命は槍を躱した後の暗器───。

 時間がない。

 目の前にいるゼオンは、短槍を連続で投擲してくる。室内を回るように躱しながら、クリードは決めた。


「邪魔を───するなっ!!」

「んぉぉ!?」


 『影』を伸ばし、飛んできた槍の影を掴む。

 影を動かすと、その本体である槍も動く。

 槍を回転させ飛んできた槍を弾き飛ばし、さらにクリードは隠し持っていたナイフをゼオンに投げた。

 ゼオンは槍とナイフを転がるように躱し───。


「おぉぉっ!?」

「どけ」

「ぼげぶっ!?」


 ゼオンが転がった先に移動したクリードに殴られ、壁に叩き付けられた。

 背中を強打したことで一瞬息が止まる。


「っが、あぁ!? あんの野郎……ッ!!」


 一瞬。ほんの一瞬だけ目を離してしまう。

 それだけで、クリードは消えていた。

 窓が開き、ドアも開いている……どちらから出たのかゼオンにはわからない。


「ちっくしょぉぉぉぉっ!! ははは、あのアサシンやるじゃねぇか!!」


 ゼオンは、痛む頬を押さえ歓喜していた。


 ◇◇◇◇◇◇


 クリードは、窓から飛び出し一瞬で壁を蹴り登る。

 向かうは試合会場。

 すでに、戦いは始まっていた。


「───ッ、間に合え……ッ!!」


 全力で、修練場の屋根を駆け抜ける。

 そして見た……ラスピルが、オルバの槍を躱し、懐に潜り込もうとしていた。

 オルバは、嗤っていた。

 右手に指輪がはめられていた。

 クリードは迷わなかった。


「『影殺しキルストリーク』」


 人差し指の『影』が高速で伸びる。

 糸のように細い影は、クリードのいる位置からオルバの位置まで数秒もかからない。

 オルバの指輪から小さな針が飛び出す。

 そして、ラスピルの首筋を狙った拳が放たれた。


「えっ」


 だが、間一髪。

 クリードの『影』が、オルバの指輪の『影』に絡みつき、砕いたのだ。

 影が砕かれると現実の物も砕かれる。

 一瞬のことに硬直したオルバ。その隙をラスピルは逃さなかった。


「『爆陣バースト』!!」

「ぬ、っがぁぁぁっ!?」


 剣が爆発し、衝撃でオルバが吹き飛ばされた。

 そのまま地面を転がり、オルバは気を失った。


『勝負あり!! 勝者、ラスピル選手!!』

「やったぁ!!」


 当然の如く、ラスピルは無事だった。


 ◇◇◇◇◇◇


 敗北したオルバは、一人控室へ向かって歩いていた。


「クソ、クソクソクソ、クッソガァァァァァァーーーーーーッ!!」


 ギリギリと歯を食いしばる。

 指輪が砕けた。これは偶然ではない。

 一瞬だけ感じた。何かが、指輪に絡みついた感覚。

 アサシン───オルバは確信した。


「ゼオン……あのクソ野郎、何してやがる。あんの野郎ッ!!」


 オルバは、壁を殴りつけた。

 確実な毒殺のはずだった。

 だが……アサシンのが上手だった。

 オルバは、歯を食いしばりながら控室へ。ゼオンがいたらブチのめし、鬱憤を晴らそうと考えていた。

 そして、控室へ到着───ドアノブに手をまわそうとした瞬間。


「───っこ」

「…………」


 呼吸ができなかった。

 首筋が、やけに熱かった。

 声が出ない。

 喉から、何か冷たい物が生えていた。

 触れようにも、手が動かなかった。


「…………暗殺完了。このまま死体を処理する」

「───……」


 背後にいたクリードの、冷たい声だけが聞こえ……オルバは永遠に意識を失った。

 控室の中では、ゼオンともう一人いた。


「おっせぇな、オルバのやつ」

『…………まさか』


 【栄光ホド】がドアノブを掴んで捻り、ドアを開ける。

 そこには……一滴の血も、死体もなかった。


『…………』

「あん? なんだよ」

『……次は、私が出る』

「は? オルバは?」

『殺られた。アサシンだ』

「あっははは。マジかよ?」


 血も死体も何もない……『死』の気配だけが、そこにはあった。

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