限界の果て

 クリードは、フローレンスの死体を担いでルーシアの元へ。

 ルーシアは、崖下の岩に身体を預け、ラスピルを膝枕していた。だが、ルーシアも重傷で顔色が悪い。呼吸数も脈拍も不安定……どこか、内臓を損傷している可能性があった。

 だが、クリードは無視。フローレンスの死体をルーシアの傍へ落とす。


「『慈悲』を始末した。殺らなきゃ殺されていた状況だったが……」

「ご、ふっ……まずい、わね……今は、演習中。生徒会、の……こいつが、消えれば……っは、問題に、なるか、も」

「ああ。っ……ッチ、血を流しすぎた」


 クリードはふらりと膝をつく。

 ルーシアと同じくらい重症だった。

 クリードは、まだ動けるうちにやるべきことを行う。


「傷を見せろ」

「っぐ……」


 そう言って、ルーシアの上半身を躊躇なく脱がし確認。全身を触診し、内臓の損傷を確認した。

 舌打ちし、懐から暗殺教団の支給する痛み止めを取り出す。

 即効性なのですぐに効く。血を失いすぎたクリードではなく、痛みさえ消せばまだ動けるルーシアに後片付けを任せることにした。

 死ぬのは、全て終わってからで問題ない。


「こいつの始末を。戦闘が始まって約七分。そろそろ、薪小屋に様子を見に行く生徒なり現れるかもしれない。まずは薪小屋───」


 ポトリと、丸薬を落とす。

 クリードも血を流しすぎた。視界がブレる。

 そして気付く。ルーシアはすでに気を失っていた。

 このままではまずい。

 死ぬのは問題ない。だが、任務が達成できない。暗殺教団『黄昏』の名に傷がつく。代わりの人員。後始末───と、クリードの思考がぐるぐる巡る。


「───……」

 

 そして、クリードは気を失った。


 ◇◇◇◇◇◇


「発見した」

「『慈悲』は死亡……あれは、アサシンか」

「第三王女ラスピルも確認。どうやら気を失っている」

「どうする」

「やるしかあるまい。チャンスは今だ」

「崖から落ちたことにすればいい。『慈悲』は……」

「回収だ」


 フローレンスが戻らないことを確認しにきた『閃光騎士団』の下位兵士たちは、崖下でフローレンスの死体を確認。さらに、アサシン二人とラスピルを発見した。

 下位兵士たちの数は五人。

 それぞれ、騎士団の礼服を着て剣を腰に下げている。

 下位兵士の一人は剣を抜き、ラスピルに突き付けた。


「まずは確実に殺害。その後、事故死の処理をする……意見はあるか?」

「「「「ない」」」」

「では、速やかな殺害をっ───っお?」


 コキン、と……軽い音がした。

 音がした瞬間、剣を向けていた下位騎士の首が回転。死亡した。

 ギョッとする四人。すると、二人が崩れ落ちた。


「なっ……」

「悪いな」


 首が熱くなったと思ったら、意識が消失した。

 暗殺武器『カティルブレード』が首に突き刺さり死亡したのだ。

 残りの一人は、ようやく気付いた。

 右手に暗器を装備した緑色のロングコートの人間が、いつの間にかいたのだ。

 その人間は一瞬で消えた。


「消え───」


 何かを感じる間もなく、最後の一人も息絶えた。

 その緑色の人間───アサシンは、静かにクリードとルーシア、そしてラスピルを見下ろす。

 少しだけ、ため息を吐いた。


「後始末、か……やれやれ」


 ◇◇◇◇◇◇


「む……」


 口に、何かが押し込まれた。

 どこか甘い味。クリードはそれを飲み込み、目を覚ます。

 目の前にいたのは、ルーシアだった。


「起きた。身体の調子は?」

「……問題ない。今のは痛み止めか?」

「ええ。口移しで飲ませたわ。即効性のある薬だから、すぐに動けるはず」

「……どのくらい寝ていた」

「恐らく、戦闘終了から十二分」

「……ッチ」


 クリードは舌打ちする。

 すると、ルーシアが困惑していた。


「傷の手当て、死体処理がされている。それと、第三王女ラスピルがいない……どうなってるの」

「まさか、騎士団」

「騎士団だったら、あたしたちは殺されてる。傷の手当てなんてするはずない」

「……確認するぞ」


 クリードとルーシアは互いに頷き、ほんの一分足らずで崖を登る。

 薪小屋に近づくと……そこには、誰もいなかった。

 先ほどまで生徒が監禁されていたはずなのに、誰もいない。痕跡もなかった。

 演習場に戻ると、すでに食事の支度が終わっていた。


「おっせぇぞ!! ったく……二人してどこ……おいまさかお前ら、か、かか、隠れてナニを!?」

「死ね。ルーシア、どこ行ってたのよ」

「え? あー……お、お花を摘みに」


 マルセイを黙らせたエミリーが心配そうにしていた。

 そして、二人は気付く。


「もう、二人とも早く座って! 私、お腹空いたー」


 第三王女ラスピルが、何事もなかったかのように座っていた。

 さらに、トウゴ。トウゴも鼻歌を歌っている。

 クリードは周囲を確認する。すると、入れ替わっていた生徒たちは、全員戻っていた。

 まるで、『慈悲』の痕跡が……戦いの痕跡全てが消えていた。

 だが、フローレンスだけがいない。


「…………」

「クリードくん、どうしたっスか?」

「……いや、なんでもない」

「じゃあ座れよ。メシにしようぜ~」


 マルセイの隣に座り、クリードはラスピルを見た。

 ラスピルは、ルーシアを隣に座らせて何やらおしゃべりの真っ最中。

 ルーシアも、切り替えて話を合わせていた。


「…………」


 とりあえず───『慈悲』の襲撃は、なんとか乗り越えた。


 ◇◇◇◇◇◇


 野外演習が終わり、学園へ戻ってきた。

 ラスピルのことはルーシアに任せ、クリードは学生寮の秘密部屋へ。

 部屋に入るなり───ナイフを抜いた。


「待った。敵じゃない……オレもアサシンだ」

「……! お前が、最後の一人か」

「ああ。お前が気にしている『後始末』をしたのはオレだ」


 そこにいたのは、レオンハルトだった。

 クリードのクラスで一番目立っている生徒だ。実力、頭脳、容姿、全てが高水準。

 ライオンハート公爵家のレオンハルト。彼が三人目のアサシンだ。


「エージェントコード06『英雄』だ。役目は『クラスで目立つ生徒ポジション。第三王女ラスピルの憧れの生徒になり、危険から守る』……つまり、お前が『裏』でオレが『表』の護衛だと思えばいい。目に見える危機は、これからはオレが守る」

「了解した」

「……気にならないのか? 第三王女ラスピルのこと」

「どうでもいい。それより、お前の持つ騎士団の情報を共有するぞ。コード09『親友』には俺から説明しておく」

「ああ。了解した」


 レオンハルトが持つ情報は、あまり大したものではなかった。

 騎士団の『十傑』のうち二人は倒した。残り八人がこの学園に潜入しているということ、第三王女ラスピルだけでなく、第二王女ラミエルも狙われているということだ。


「オレは第二王女の情報を集めていた。おかげで、ラスピルの護衛に回るのが遅れた。申し訳なかった」

「気にするな。よし、全ての情報を整理しておく必要がある。明日、俺はペシュメルガ男爵家に戻るから、お前とエージェントコード09は第三王女ラスピルの護衛を任せる」

「了解。と言いたいが……いいのか?」

「意味不明なことを言うな。何が言いたい?」

「第三王女ラスピル。お前に興味を持っているようだぞ」

「知るか。そういうのは『英雄』であるお前の役目だ」

「はいはい。ったく、エージェントコード04『死』は堅物って噂、本当だったんだな」

「話は終わりだ。今夜は俺が第三王女ラスピルの護衛を務める。明日以降、ローテーションを決めて護衛に回る。一度、アサシンを集めて話し合いが必要だな」


 クリードの考えに、レオンハルトは苦笑していた。

 こうして、三人のアサシンが揃い、本格的な護衛任務が始まった。

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